第16話「ぽぽちゃんとデート?」

「それではご主人様、そろそろぼくはバイトに行きますね」


「ういー。気をつけてな」


「休日だからってあんまりだらだらし過ぎないようにして下さいね」


「分かったから早くいけよ」


 林間学校が終わり、至福の休日。

 せっかくの休日なのに俺は香菜から朝八時に叩き起こされた。

 その香菜も朝飯だけ作ってバイトに出かけて行った。


「よっしゃあ。今日こそは一日ダラダラしてやるぜ」


 さーて、ゲームか? 映画か? 漫画か? ……いや、やはりこれしかない。


「惰眠を尽くす! 香菜がいない今こそ、この究極のだらけっぷりをかますぜ」


 林間学校で散々消耗した精神力を回復してやる。

 ということでお休みなさい。




 ……五分後。

 聞きなれない音が部屋に鳴り響く。

 その音源の主は俺のスマートフォンである。


「あああ、うるせえええ! 目覚ましなんてかけた覚えないぞ。ってこれは電話……?」


 飛び起きてスマートフォンを見るとそこにはSNSを通じてぽぽちゃんから通話が来ていた。

 SNSを通じた電話の音楽ってこんな感じなのか。

 電話を通じて友達と話したことなんてないので少し緊張してまう。

 いっそのことブチ切りしてやろうかと思ったが、一応出る。


「はい、もしもし、佐須駕野ですけど……?」


『……どうしたんですか? そんなよそよそしくして。もしかして緊張してます?』


「うるさい。切るぞ」


 いちいちしゃくに障る言い方しやがって。こいつ、俺をバカにするためにかけてきたのか?


『いやいや切らないで下さいよ。ちゃんと用事があってかけたんです。どうせサッスガーノ暇ですよね?』


「暇じゃない。俺は香菜のいない貴重な一日を惰眠するという任務がある」


『ようするに超暇ってことですね。じゃあ十時にサッスガーノの最寄り駅で集合です。絶対来てくださいよ。来なかったら許しません』


「ふざけんな。一方的に決めるんじゃねえ。せめてどんな用事か……」


 って切れてやがる。なんて自己中心的なんだ。

 ……まてよ。これは要するにデートのお誘いってやつじゃないのか?

 恥ずかしくてこんな勢い任せな誘い方しかできなかったと考察できる。

 ははは、ぽぽちゃんも可愛いとこあるじゃないか。

 それならばこちらは深くは追求しまい。それが“漢”というものだろう。

 



 そう思ってできる限りマシな服を選び、待ち合わせ場所に向かった。

 しっかり十分遅れての登場だ。

 「ごめん。待った?」「いや、今着いたところですよ」という常套句もさせてあげるサービスである。

 

「お、ぽぽちゃん発見。律義に待ち合わせ場所で待ってやがる」


 かわいいパーカーとスカートに身を包んで、完全に気合が入っていると見える。

 俺をデートに誘うだなんて、いつの間に俺の事を好きになったんだろう。 


「ようぽぽちゃん。ごめん、待った?」


「あ、サッスガーノ! 遅い、遅すぎます。死んで詫びてください」


「はあ!? そこは「今着いたところですよ」だろ!」


「遅れてきて何言ってるんですか? 早くしないと香菜さんのバイト姿を見る時間が減ってしまうじゃないですか」


 男の子がすぐに抱いてしまう妄想。

 『あれ? もしかしてこいつ、俺の事好きなんじゃね?』というものは、ほとんどがまやかしなのである。

 その例に漏れず、どうやら俺も勘違いしていたようだ。


「……ぽぽちゃん、香菜のバイト姿が見たいだけなの?」


「そうですよ。あ、もしかしてサッスガーノ、私がデートに誘ったと勘違いしました? どことなく服装も決めていますし」


「そそそ、そんなことないやい!」


「ぷぷぷ、動揺を隠せてないですよー。かわいいですね。でも私がサッスガーノを好きになるなんてありえないです」


 畜生! こいつ俺を弄びやがって。

 許せねえ。もうお家帰る。


「ああ、待ってください。冗談です。帰らないでください」


 プルプル肩を震わせながら帰路に就こうとするとぽぽちゃんは必至で食い止めてきた 


「なんだよ。一人で行けばいいだろ」


「だって、メイドカフェって一人じゃ入りずらいじゃないですか……」


 なんで変なところで人見知りかなー。こいつ……。


「瀬川さん誘えよ。俺と二人は嫌なんじゃないの?」


「誘いましたよ。でも家のパン屋の手伝いで行けないって。苦肉の策でサッスガーノです」


「苦肉の策って……。ついてきてほしいならもうちょい言葉選べよ」


「お願いですよー。かわいい香菜さんの姿、サッスガーノも見たいでしょ?」


 まあ、確かに香菜のメイドカフェで働いているところは是非見てみたい。

 まだ二、三回しかバイトに行ってないはずなのにどんどんあざとくなってきてるし。


「仕方がないな。その代わり今日はサッスガーノではなく、一正くんと呼べ!」


「うげー。まあ、そのくらいならいいですけど……。でも、要求がきもくないですか? サッスガーノ」


「一正くん!」


「はいはい……。一正くん」


 言わせただけなのに、結構キュンとしつつ、俺達は電車に乗り込んだ。

 そして向かう先は香菜のバイト先である秋葉原……ではなく、まずは渋谷。


「ってなんで渋谷なんだよ」


「だって、ばれたくないじゃないですか。香菜さんメイドカフェで働く姿見られたくなさそうですし。だから変装です!」


「ぽぽちゃんって意外と小心者だよな」


「うるさい、一正くん!」


 怒りながらも、約束を守るぽぽちゃんかわいい。

 ……じゃなくて、変装ってまた、アホなことを考えるなこいつ。


「で? どんな姿になればいいんだよ」


「任せて下さい。絶対に私達ってばれない様なファッションを考えて来ました」


 そう言って、ぽぽちゃんはファッション誌の写真を見せてきた。

 そこに載っていたいたのはラッパーのようなダボダボのシャツと帽子を被った服装の男と段々熱くなってきた気候を無視するかの様なゴスロリ衣装の女だった。


「え、これを目指すの? 何だよこのファッション誌」


「ふふふ、これだったら香菜さんも私達と気づかないはずです」


「気づくとか気づかないとかそんな事よりもさ、恥ずかしくないの?」


「確かに言われてみれば、この服装はすごく恥ずかしいです……」


 ぽぽちゃんってばかなのか?

 香菜の事になると視野がめちゃくちゃ狭くなっちゃっているぞ。


「何ですか、その可愛そうな人を見る目は!」


「だって、可愛そうなんだもん」


「一正くんにだけは言われたくなかったです! 学年の皆に鬼畜認定されてるくせに!」


「あああ、休日くらいそのことは忘れさせてくれええ」


 渋谷駅前でそんな風にいがみ合っていたのが悪かったのだろうか。

 大人しくしていれば目立つような二人じゃないので、見つからなかったかもしれないのに。


「お、サッスガーノじゃん。もう鼻血と後頭部は大丈夫か?」


「兄さん、こんなやつ無視しようよ!」


 うげ、バレーボールトーナメントのチームメイトだった右京、左京兄弟じゃねえか。

 というより、クラスの連中がいっぱいいるぞ。


「あ、右京くんと左京くん。昨日ぶり。皆で買い物か何か?」


 愛想笑いを浮かべながら挨拶をしてしまう。

 なんて情けないんだ俺。


「バカだな。林間学校のクラスでの打ち上げだよ。はぁ、香菜ちゃんと夏芽ちゃんがこれないの残念だなあ」


 あの、俺それ誘われてないんだけど。

 誘ってないやつ見つけたらそっとしておいてくれないかな。

 香菜と瀬川さんは敢えて俺にそのことを伝えないでくれたのだろう。

 でも、こんな形で知ってしまい大ダメージだ。


「ぷぷぷ、一正くん、クラス会にも呼ばれないなんてさすがです」


 ばか、こんな時にも言いつけを守って名前で呼ぶんじゃない。


「ん? サッスガーノの連れ、昨日お前がボールぶつけてた女の子じゃん。付き合ってるの? 昨日のは好きな子に意地悪したくなるやつ?」


「兄さん、この子、サッスガーノのことを名前で呼んでいたから付き合っているに違いないよ」


 ほら! 変な勘違いされちゃうだろ。

 ぽぽちゃんの自業自得だからな。


「な、なに言っているんですか! 私が一正くんと付き合うわけないじゃないですか!」


「いや、じゃあなんで名前で呼んでるの?」


「それは、一正くんが一正くんって呼ばないとお願いを聞いてくれないって言うから……」


 バカ野郎! なんてことを言うんだ。

 これではさらに俺の鬼畜度指数が上がってしまうだろ。

 クラスの皆は俺を白い目で見ている。「あいつ誘わなくて正解だったな」ときっと思っているに違いない。


「ま、まて弁解させてくれ。これには深い訳が。そもそもこいつが香菜のバイト先に行こうって言いだして……」


「え、お前ら香菜ちゃんのバイト先いくの!?」


「あっ」


 やってしまった。そういえば右京くんは香菜の事が好きだったんだ。

 どうしよう。どうしよう。

 そんな風にてんぱっていたらどんどん話が進んでしまう。


「丁度、今から人数を分けて自由に遊ぶ予定だったんだよ。

 香菜ちゃんのバイト先に遊びに行くグループを結集するぜ」


「ど、どうするんですか一正くん。こいつら付いてきちゃいそうですよ」


「とりあえず、ぽぽちゃんは名前で呼ぶのやめようぜ……」


 悲しきかな。

 俺のコミュ力じゃこの津波のように、ぐいぐいくる連中を止めることはできない。

 俺の説得なんて無意味であった。 

 すまん香菜。お前の恥ずかしいところをクラスの連中に見せることになる。

 それでも鬼畜扱いの俺よりかはマシだろう?

 ……という言い訳を心に、クラスの有志十人ほどを連れて秋葉原へ向かうのであった。

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