第15話「打ち抜け! 勝利を掴むために!」
まあ、冗談な訳がないよね。
瀬川さんの作戦は気持ちだけは本気だもんね。ほとんどうまくいかないけど。
「いい? 今、二宮君と私にマークがしっかりついているのが問題なの。
それを打開するために佐須駕野くん。最初の一度だけでいいからスパイクを決めてほしいの」
そして一発決めて、「おい、あいつもスパイクできるのか」と思わせる。
後はトスに合わせて飛ぶことにより瀬川さん達のマークを分散させる。
これが今回の瀬川さんの作戦らしい。
「ずばり、‘‘さすがの囮だ佐須駕野くん作戦’’だよ」
早口言葉みたいな作戦だな。
三回言ったら絶対かんじゃうぜ。
「って言ってもなあ。二回戦じゃ一回もうまくいかなかったし……」
「大丈夫ですよ一正さん。ほら、中学生のときドラムの練習したんでしょ?
その感覚です。たん、たん、タン! でスパイクですよ」
「おい香菜、その話はやめてくれ」
それは俺の黒歴史だ。
「とにかく、勝つためにはこれしかない。頼んだぞ佐須駕野」
二宮君はそう言う。俺に頼るなんて絶対に勝ちたいのだろう。
まあ、頼られるのは悪い気分ではない。
どうせ瀬川さんを説得するなんて無理だしやるだけやってみるしかない。
「それでは最終セット開始します」
泣いても笑ってもこれが最後。このセットを取った方が勝ち。
ただでさえ緊張する状況で大層な仕事を押し付けられてしまったものだ。
「よーし、いくよ」
まあ、全然緊張していない人もいるみたいだ。
瀬川さんは元気な掛け声と共に強烈なジャンプサーブをお見舞いする。
その精神力と運動神経を少し俺に分けてくれよ。
「相変わらず、すごいですね。ぼくにはあんな力強いサーブ打てないです」
いや、確かに力は強くないけど、十分香菜もすごいから。
「……でもさっそく俺は仕事の時間みたいだな」
強烈なサーブのお陰でこちらのチャンスボールとなった。
すなわち、俺がスパイクを決めなければならない時である。
瀬川さんは確実にレシーブする。
そして香菜はセッターとしてトスする位置に入る前に俺にそっと耳打ちする。
「信じていますよ。ご主人様」
「…………!」
そのまま香菜はトスしようとする。
その動きに合わせて俺も飛ぶ。当然、俺にはノーマークだ。
「決めてください! 一正さん!」
即席セッターのくせに、香菜は完璧なボールを俺によこした。
(信じていますよ……か。ここで決めないと男じゃないな)
「たん、たん、タン!」
香菜の教えにのっとったリズムで、我武者羅にスパイクした。
そのスパイクは——完璧だった。
完璧といっても俺なりにだが、相手の地面にボールを叩きこむことに成功した。
一瞬、本当にうまくいったのか自分でも分からなかったが、段々と喜びがこみ上げてくる。
「よっしゃあああ! どうだあああ!」と叫ぼうとしたその瞬間。
「やりました! 一正さん!」
香菜が学年の注目の元、抱き着いてきた。
ああ、相変わらずいい匂いがするなあ。
……じゃない。
「おい、さすがに大げさすぎる。周りの目をもう少し気にしろ!」
俺からやってないことでも、何故か俺が鬼畜扱いされるからな。
気を付けてくれ。
「ふざけんなー! 香菜さんから離れろー!」
ほらな。ていうかこの声はぽぽちゃんだな。
人が多すぎてどこにいるのかは分からんが鼻血から復活したようでなによりだ。
「おっと、これは失礼しました。でも本当に決めるなんて思っていなかったので少し舞い上がってしまいました」
おい、信じてくれていたんじゃないのか。
その言葉を胸にがんばったのに。
「佐須駕野くん。ナイスだけど、決めて当たり前のふりをして。この後が大事だよ」
おっとそうだった。
これはあくまでもこの後囮として活躍するための布石。
あまり大げさに喜んでいる場合ではない。
「よし、任せとけ」
そして俺は飛びに飛んだ。
もう二度とこないボールを、いつでも打ってやるぞという演技をして何度も飛び続けた。
一回目を決めたこともあり、相手も一応俺をマークする。
そして作戦通りマークの薄くなった瀬川さんと二宮くんの活躍で俺たちは優勢に試合を進めた。
「いい調子ですね。現在が二十対十五だから後五点でぼく達の勝ちです。一正さんも囮お疲れ様です」
「なあ、香菜。俺、今ならスパイクできる気がするんだよな。ボールくれよ」
一発目を完璧に決めたことからの高揚感。
囮としてチームに貢献しているという実感。
これらから俺は完全にイケイケであった。今なら何でもできる気がする。
「え、本当ですか? 一正さんがそこまで言うなら……」
「任せておけ。囮ばっかりでうんざりしてきたからな」
そう言っている内に相手のサーブが飛んでくる。
双子の兄、右京がレシーブ。そして香菜がトスに向かう。
今なら成功できる。良い所をもっと皆に見てもらうのだ。
心が乗っているのを感じる。高揚感を勢いに、大きく助走して宙へと飛びあがる。
そして宣言通り香菜は俺のジャンプに合わせてボールを送って来た。
(いくぜ。たん、たん、ターン!)
愚かである。
せっかくうまくいっていたのに、人はすぐに調子にのってしまう。
もっと活躍したいと、欲がでてしまうのだ。
「おい、あいつさっきのまぐれだぞ! マークはずせ!」
「畜生。まぐれに騙されていた。しかしこっからは容赦なくいくぜ!」
相手チームは大盛り上がり。
それもそのはず、俺は盛大にボールをすかぶっただけでなく、勢い余りすぎてネットに体ごと突撃してしまったのだ。
会場は唖然。クスクス笑う声も聞こえる。死にたい。
「ちょっと佐須駕野くん、大丈夫? びっくりしたよ」
横にいた瀬川さんが心配してくれる。
だが残念。俺は恥ずかしすぎてどんな励ましも無駄だ。
「ごめん……調子にのっちゃったよ。香菜を責めないでくれ。俺が言い出したことなんだ……」
「落ち込まないの。まだ、負けた訳じゃないんだから。やる気があるのはいいことだよ!」
そのやる気は完全に消失したがな。
そして囮を失った俺達は苦戦した。どんどんリードを詰められてしまう。
「何とかマッチポイントまで辿り着きましたが、一点差です。流れ的にここで決めたいですね」
香菜は冷静に状況を分析する。
だが、羞恥と自分の愚かさに心が折れた俺は完全に集中が切れていた。
いつの間にか誰かがサーブを打っていることにも気づかなかったし、相手のエースくんがスパイクをしている所なんてもう目に入っていなかった。
ただただ、自分を脳内で責め続る作業を繰り返していた。
「危ない、一正さ——」
香菜の声が最後まで聞こえることなく、相手のエースくんが打ち下ろしたスパイクが俺の顔面にヒット。
鼻血を吹き出しながら後ろへ倒れる。だが、奇跡的にボールは真上に大きく上がった。
「香菜ちゃん、佐須駕野くんの心配は後! 命をかけて上げてくれたこのボールを無駄にしないためにも!」
「——! 分かりました。いきます夏芽さん」
いや、命なんてかけてないぞ。勝手に殺すな。
しかし、香菜と瀬川さんは俺の珍プレイを打ち消すような華麗なプレイをした。
どうしてそこまで乱れないのかと問いたくなる香菜のトス。
対して相手は三人もブロックを形成してきた。
——にも拘わらず瀬川さんは体を大きく反らし反動をつけてそのブロックの隙間を打ち抜いた。
「いいじゃん。勝ったんだし、もっと喜びなよー」
瀬川さんはファミレスで俺にそう言う。
あの後、奇跡の優勝にクラスは大盛り上がりとなったらしい。
バレー出場メンバーはクラスの皆に囲まれ祝福と賛辞を大いに受けたそうだ。
……何故、お前も出場メンバーなのに人伝えの様に語るのかだって?
簡単である。ずばり人伝えだからだ。
人伝えというより香菜伝えだが。
俺はあの後医務室直行。鼻血や後頭部を打ったことの治療を受けている内にレクリエーションの表彰どころか、林間学校が終わった。
今は学校からの下校中に足跡部でお疲れ会をしようと、ファミレスに来ている。
「馬鹿言えよ。確かにチームは勝った。だけど俺は負けたようなもんだぞ」
ぽぽちゃんにボールをぶつけたり、ネットに突撃したり、終いにはボール顔面直撃で退場したり。
些細な活躍で取り返せることじゃないだろう。
「力を合わせて勝つことができた。その事実が大事なんですよご主人様」
「さすが香菜さん。いい事いいますねー。そして試合でも大活躍……! まるで私も勝ったかのように嬉しかったです」
いや、ぽぽちゃんのクラスは俺たちに負けたんだが……。
まあこいつの場合、香菜の勝利が自分の勝利みたいなもんか。
「それにしても、林間学校楽しかったですね。いい思い出になりました」
「でも香菜ちゃん、佐須駕野くんにパンの材料ぶちまけられたりしてたじゃん」
「あはは……。確かにあれはビックリしましたね」
ばか、瀬川さん。それをぽぽちゃんの前で言うなよ。
あいつは山を登ってたからせっかくばれていなかったのに。
「は? サッスガーノ、そんなことしたんですか?」
「まて、これには深い訳があるんだ……。なあ香菜からも何か言ってくれ」
助けを乞うように香菜の方を見る。助けてくれ、ぽぽちゃんに殺される。
香菜は少し考えた素振りをして、最終的にペロっと舌をだして何も言わなかった。
ははは、仕草が可愛いやつめ。メイドカフェであざとさでも覚えたか。
「遺言を残すことだけは許しましょう」
「勘弁してくれ~」
ぽぽちゃんに必死に許しを乞う内に、いつの間にか落ち込んでいた気分はどこかへいってしまったのだった。
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