第20話「第一回メイド監査のお知らせ⁉」
「全然、状況が改善してないじゃないですか! 何とかしようとする気あるんですか!?」
「仕方ないだろ! 今まで友達すら作れなかったんだぞ。
いきなり全校生徒の誤解を解くコミュ力なんて持ち合わせてねえよ!」
「そこをがんばるのが、今回のご主人様の試練なんですよ!」
「がんばるっていったって、どうすればいいか、俺には分からん!」
現在、今日も元気に香菜と朝食中。
学校中に『キッチクーノ五大鬼畜伝説』が轟いて、もう二週間が経過した。
しかし、誤解が解ける気配は一切なし。
ていうより、むしろ悪化している気がする。
「でもほっとくと影で悪口言われるだけじゃなく、段々エスカレートして直接なにかされたりしますよ」
「確かに昨日、誰だか知らん奴に、「お前いい加減にしろよ! かわいそうだろ!」とか言われた……」
本当にかわいそうなのは俺だというのに。
「ほら、ぼくの予想通りです! 早く行動しましょう。例えば放送室をジャックして演説するとか」
おいおい。
なんだよその映画のワンシーンにありそうな奇想天外な作戦は。
お前、頭の中でそんな恐ろしい作戦を考案していたのかよ。
「俺にそんな作戦を実行する行動力も胆力もないっつの……」
「もう、なさけないですね~。ほらさっさと学校いきましょう。
今日こそちょっとしたことでもいいので誤解解いてくださいよ」
「できるかなぁ……?」
「何とかしてください! いい加減、ぼくも哀れみの目で見られるのに嫌気がさしてきたんです!」
うーん……。
まあ、昨日みたいに直接文句を言ってくる人とかいれば、説明してみるか。
……できるかな?
このように、あれから二週間が経過して現在六月初旬。
夏に入り、制服が夏服に移行しても、俺の鬼畜という噂はまだまだ滞在している。
それでも、今日も香菜と学校に向かわなければならない。
朝食を食べ終え、制服に身を包み(ちなみに、俺が着替えている最中、香菜は律儀にリビングから出る)憂鬱な気分で玄関の扉を開く。
「まあ、人の噂も七十五日ってなー。そのうち平穏な日々が俺たちにもやってくるさ」
こんなことを言ってみても、香菜のことだから「そんなんじゃリア充になんてなれませんよ!」なんて言うんだろうな……。
そんな予想をしつつ、前方にいる香菜の返事を待っていた。
しかし、全然返事が返ってこない。
どうした? ついに愛想をつかせて無視し始めたか?
「そ、そんな。やばすぎます……」
と、思ったら何やら郵便物をチェックしていたようだ。
そして、一枚の封筒を見て固まっている。
何やら海外からの手紙のようだ。
「どうしたんだ? なんか、すごい青ざめているぞ」
香菜の顔は封筒の中身を見てさらに青ざめている。
どうした? 香菜も昔の黒歴史を晒すぞという強迫でも受けているのか?
それだったら「ざまあみろ!」と言ってやるが。
「ご主人様、とても大変なことになりました……」
「どうした? 黒歴史で脅されてるのか?」
「違います!!!」
「あ、すみません……」
茶々を入れてみたら、凄い剣幕で否定されてしまった。
十四歳の女の子にビビって謝ってしまうのが情けない。
「いいですか? 落ち着いて聞いてください」
「まず香菜が落ち着いたらどうだ?」
顔が青ざめて、とても正気とは思えないのだが。
「ぼくは大丈夫です。とにかく聞いてください」
大丈夫とは思えなかったが、どうやらとにかく伝えたいらしいので黙って聞くことにした。
そうしたら、香菜の口から衝撃的な言葉が放たれた。
「このままだとぼく、メイドを――やめることになっちゃいます」
時間は飛んで放課後。
最近は集まって各々、本を読んだり、漫画を描いたり、ボードゲームをやったりと完全に遊んでただけの足跡部。
しかし、どうやら今日はそんなほのぼのとした活動とはいかないようだ。
「いいか、瀬川さんと、特にぽぽちゃん。落ち着いて聞いてくれ」
「どうしたんですかサッスガーノ。どうせ大したこと言わないんですから、昨日の将棋三本勝負、リベンジさせてくださいよ!」
「たんぽぽちゃん、どうやらちゃんと聞いたほうがいいようだよ」
ぽぽちゃんは相変わらずアホだが、察しのいい瀬川さんはどうやら香菜の様子がおかしいのに気が付いたようだ。
香菜は明らかに元気がない。
瀬川さんの言葉でさすがにぽぽちゃんもその様子に気づいたらしく、俺の言葉を聞く気になったらしい。
「そういうことでしたら聞きましょう……。一体どうしたんですか?」
「いや、俺が口で説明するより、これを見てもらった方が早いだろう……」
そう言って、俺は今朝香菜に届いた手紙を瀬川さんとぽぽちゃんに渡した。
それを瀬川さんとぽぽちゃんは読み上げる。
「「第一回メイド監査のお知らせ。平素より主人を導くメイドとして実習を行っているでしょうが、仕え始め一ヶ月が経過した今、第一回目の監査を行います……」」
「って、なにこれ?」「なんですかこれ!?」
二人とも途中まで読み上げたところで、同じタイミングで質問してきた。
さぞ、驚いているご様子だ。
「どうやら、ぼくの大学の先生が実習がうまく進んでいるかチェックしにくるそうです……」
香菜は弱々しくその質問に答えた。
しかし、疑問は当然それで終わるわけもなく。
「はるばるイギリスから? 監査って何をチェックするの? いつから?」
「監査対象はもちろんサッスガーノも含まれるんですよね? やばくないですか?」
瀬川さんとぽぽちゃんからマシンガンのように質問が乱射される。
分かる。いろいろ気になることは多いだろう。
しかし、今一番重要なこと、それは――。
「ここで一番重要なことは、この監査で落第と認定されると、香菜は強制帰国になるということだ」
俺は二人の質問を遮って、一番の問題を惜しげもなく発表した。
一瞬その場の時間が止まったかのような静寂が訪れた。
「……それって、やばくない?」
瀬川さんが何とか状況を飲み込み、ぽつりと言葉を漏らす。
「はい、かなり……」
「香菜さん、それって香菜さんの仕事ぶりの監査なんですか? それともサッスガーノの現状とかも監査対象なんですか?」
「当然、ご主人様の現状も監査対象です……」
ここで今の俺の現状を確認しよう!
第一、学校中で鬼畜と噂されてるよ!
第二、友達三人!(香菜も含めて)
第三、学業、部活動、共に特筆すべき点なし!
「なあ、ちなみに、俺の今の状況で挑んだら監査って通る……?」
「装備が木の棒のみで異世界に飛ばされ、いきなり超強いドラゴンと戦うみたいなもんです……」
なんだその例えは。
なんだか某小説家サイトにありそうな初期設定だな!
「つまり、このままでは香菜ちゃんは百パーセント、強制帰国ということ?」
「うわあああああああ! そんなの絶対嫌です! 香菜さんいなくならないでくださーーい!」
ぽぽちゃんは早くも泣き出して香菜に抱き着いた。
だから最初にぽぽちゃんには落ち着てくれと言っておいたのに。
……まあ、ぽぽちゃんは香菜が大好きだから無理もないか。
「まだ決まった訳じゃないですよ。ぼくもみなさんと離れたくなんてないです!」
ぽぽちゃんをなでなでしてあげながら香菜はそういう。
しかし、しかしだな……。
「ちなみに、どんな感じだったら監査って通るの?」
瀬川さんは冷静に香菜に質問する。
そうだ、その条件がとても重要である。
当然俺は既に聞いている。だからこそ、ここまで焦っているのだ。
「最初のご主人様の状態から、どのように導いていくか目標を決めます。その目標の達成度合いで判断されるんです」
「ちなみに、佐須駕野くんに設定した香菜ちゃんの目標は……?」
「……沢山のご友人に囲まれ、素敵な恋人がいて、健康で文武両道、そんな『リア充』のような生活を送ること、です……」
「…………」
香菜の言葉を最後に、足跡部に長い沈黙が訪れた。
「これは、やっちまったな……」そんな言葉がどことなく聞こえてくるようだ。
「"健康で"って部分だけはクリアしてなくもないですよね……」
ぽぽちゃんの悲しいフォローが胸に刺さる。
「しかもその監査、手紙に三日後からって書いてあるね……」
「ああー!!! 三日後にサッスガーノが『リア充』だんて、絶対無理ですー!!!」
悲しいフォローから一転、ぽぽちゃんは俺を遠回しにバカにしてくる。
しかし、無念。その通りだ。
「『リア充』どころか、佐須駕野くん、現状学校では『鬼畜』だからね」
「やめてくれ瀬川さん! 現実を見たくない!」
「現実逃避してる場合じゃないよね!? 香菜ちゃんのピンチなんだよ!」
「はい、すみません……」
とはいっても、どうするんだよ。
ここで香菜とおさらばなのか……?
そう頭によぎった瞬間、やはりこういう時に指針を示してくれるのが我らが部長であった。
「香菜ちゃん、"第一回"ということは、目標を完璧にこなしてなくてもいいはずだよね!?」
「そうです。本来は進捗状況のチェックが主な目的なので。でも、あまりにひどいと帰国って感じです」
そして、今の俺の現状はその"あまりにもひどい"に含まれると。
悲しい話である。
「じゃあ、なんとかなるかもしれないね……」
「部長! なにか、妙案があるのでしょうか……!? 香菜さんと私が離れ離れにならない、そんな起死回生の一手が!」
なんか、ぽぽちゃんは瀬川さんの家来みたいな口調になっている。
「みんな、これは今までの足跡部史上、最大のミッションだよ。力を合わせて絶対に香菜ちゃんを守るの!」
足跡部史上って、まだこの部活できて三週間くらいだけどな。
なんて野暮なつっこみはせず、ここは瀬川さん、いや部長の頼りがいある台詞に乗っかっていくのである。
俺が情け過ぎて、香菜が帰国。
さすがの一正でも、もとい、佐須駕野一正でも、それでは格好悪すぎるのでお断りなのである。
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