第11話「逆転の林間学校」

「なんだ、そのへんてこな名前の作戦は?」


「へんてこじゃないよ。これは起死回生の一手だよ」


 起死回生の一手と来ましたか。

 瀬川さんは香菜をメイドカフェで働かせるように仕向けたりしたからな。

 その悪ふざけの矛が自分に向けられるのは正直怖い。

 

「どんな作戦なんですかー?」


 ぽぽちゃんは無邪気に瀬川さんに質問する。

 もう黙るのはやめたのかよ。

 この喋りたがりめ。


「今週の木曜日と金曜日に林間学校があるよね。でもどうせ佐須駕野君は誰とも話せないと思うの」


 悪かったな。その通りだよ。

 よく人間観察ができているようで。


「だからと言って、同じクラスの私と香菜ちゃんと話しててもさらに状況は悪化するだけ」


「ぷぷぷ、サッスガーノ、ぼっち決定ですね」


「でもその林間学校で黙々と、いいところを見せたら評価は変わっていくんじゃないかな?」


「ど、どういうことだ」


 瀬川さんの作戦の詳細は以下の通りである。

 林間学校では班に別れて様々な行事を行う。

 そこで孤立しながらも、黙々と班のために貢献し続ける姿を見せつける。

 すると、段々「あれ? 佐須駕野って噂のような鬼畜な奴じゃないんじゃね?」となっていく。

 そこですかさず、香菜と瀬川さんが誤解を解く。


 簡単にまとめるとこんな感じだ。


「男なら後ろ姿で語るものだよ」


「いやいや、林間学校でいいところって、俺インドア人間だから無理なんだけど」


「大丈夫です。ご主人様! ぼくはこんなこともあろうと、林間学校に関して調査しておきました」

 

「さすがです香菜さん!」


 何を調べているんだこのメイドは。

 暇人なのか?


「例年、お昼にはオリエンテーリング、これは地図を元に山の各地にあるスタンプを押して、いち早くゴールを目指すそうです。

 そして、夜にはカレーライスを飯ごうを用いて作るみたいです」


「いや、そんなの調べたところでどうにもならないだろ」


 どうやって調べたのかは謎だが、健気に調査してくれたらしい。

 しかしそんなの知ってもどうしようもないぞ。


「何を言っているんですかご主人様。後三日もあるんですよ。練習です!」


「はあ? 練習?」


「そうです。まず、お昼のオリエンテーリング対策としてスタンプが設置されそうな場所を推定し、それぞれのパターンの最高率ルートを覚えてもらいます」


 え、正気かこいつ?

 林間学校に練習していく奴なんて日本中探しても誰もいないぞ。


「夜のカレー作りに関しては、飯ごうをつかったおいしいご飯作りの練習をするのがいいよ。地味な作業でとてもおいしいご飯を作るなんて渋いしね」


 瀬川さんもニヤニヤしながら便乗してきた。

 どんどん逃げ道を塞がれる。


「あのー、俺に拒否権は?」


「ありません」

「ないよ」


 二人に即答された。

 何が悲しくて山道の研究と米を炊く練習をしなければならないのだ。


「ぷぷぷ、がんばって下さいね、サッスガーノ」


 ぽぽちゃんめ。他人事だと思いやがって。



 こうして今週の放課後は全て山道の研究と飯ごうでご飯を炊く練習に充てられた。

 

「ご主人様! スタンプ推定ポイントを二か所、最高率ルートを三か所間違えています! しっかり覚えてください。もう本番は明日なんですよ!」


 「佐須駕野君、またご飯焦がしちゃってる。弱火で五分、中火五分、強火で五分、とろ火で十分だよ!」


 な、なんだこの地獄。

 部室で三時間山道研究。その後近くの河原で飯ごうを使ってご飯を炊く毎日。


「うう、もうご飯食べきれません……。後はサッスガーノに任せました」


「おい、ずるいぞぽぽちゃん。自分の分は自分で食べろや」


「サッスガーノが炊いたんだから、自分で食べて下さい」


「だめだよ、たんぽぽちゃん。皆で協力してこその足跡部だよ」


「うう、せめておかずがほしいです~」


 今日も夜九時まで足跡部の活動は続いた。

 活動時間だけは立派だが、内容はひどいものである。


「でもご主人様、結局文句を言いながらも山道を完璧に網羅し、美味しいご飯も炊けるようになったじゃないですか! よくがんばりました」


「まあ、さすがにいじめは嫌だからな。ここまできたら何とかしてみせるぜ」


 何だかんだ言ってこの三日間、三人は俺のために付き合ってくれたのに変わりはない。

 こうなったら乗り掛かった舟だ。いいところ、クラスの皆に見てもらうぜ!


 


 そうして翌日、決戦の日。

 前日は眠れないくらい少し楽しみになっていた林間学校だったが、開始早々から俺の心は雨模様である。

 これは、学校から林間学校までのバスの間に隣になったクラスメイトと一言も会話ができなかったからではない。いや、少しはそれもあるけど。

 ……それ以上に、心と同様に天気も雨模様であったからだ。


「残念ながら今年は例年やっているオリエンテーリングはなしだ。

 その代わりに、レインコートを借りて登山をするぞ。

 しかしレインコートの数に限界があるから半分はパン作り体験だ」


 なんだその二択は。

 普段だったら雨の中の登山なんて絶対お断りだが、悲しみの放課後特訓を活かせるのはもうそれしかない。


「クラスごとにくじ引きで決めるから代表者を出してくれー」


 頼む、我が一年五組の代表者、登山を引き当ててくれ。


「香菜ちゃん頼んだ」「赤姫さんならパン作りを引けるよ!」「がんばってー」


 って代表者、香菜かよ。クラスの皆が推薦している。これが人望か。


「「「パン作り! パン作り! パン作り!」」」


 クラスの皆は香菜にエールを送っている。

 そんなに雨の中の登山が嫌か? ……嫌だよね。

 しかし、俺は香菜にアイコンタクトを送る。


 (絶対、登山引けよ。俺たちの努力を無駄にするな)


 香菜もアイコンタクトを返してくる。「任せてください。ご主人様」と言わんばかりの目だ。

  


「四組まででパン作りが三クラス、登山が一クラスか。次パン作りを引いたら決定だな。それじゃあ五組、引いてくれ」


 よっしゃあ! いい流れだ。さすが香菜、持っていやがる。

 確率は四分の三。後はお前が登山に決めるだけだ。いっけー!!!


「では、引かせて頂きます! これです!」


 そう香菜が宣言し、簡易のくじ箱から一枚の紙きれを取り出す。

 その紙に書かれていた内容は……




「ナイス、香菜ちゃん!」「さすがだよ。あの状況から四分の一を引けるなんて」「やっぱりかわいいは正義!」


 香菜はクラスの皆から祝福を受けている。

 さすがだよ、香菜。お前は人に好かれる星の元に生まれてきたんだ。

 そして俺はその逆さ。

 はは、パンなんて作ったことねえや。ご飯は炊けるがな、しかも飯ごうで。

 



「うう、すみませんご主人様……」


「仕方ないよ、香菜ちゃん。くじなんてどうしようもないもん」


 俺と香菜と瀬川さんはパン作りの前の休憩時間にこっそり落ち合い、緊急会議を開始した。ちなみに四組のぽぽちゃんはレインコートを着て山へ向かった。


「とにかく、どうしよう。香菜と瀬川さんと同じ班にもなれなかったし」

 

 先生が適当に分けた班で俺は孤立させられてしまった。

 香菜と瀬川さんは一緒の班である。

 このままだと班内で俺と俺以外でパン作りが行われることが濃厚である。


「佐須駕野君がここで突然周りと和んで一緒に作業ができるなんて思ってないよ」


「おっしゃる通りだ」


「威張らないでくださいよ、ご主人様!」


「こうなったら、佐須駕野君は黙々と一人でパンを完成させるしかないね。

 でも、そのパンがとても美味しくて、それを分け与えたら評価も変わってくるんじゃない?」


「なるほど、飯ごう作戦の改良版ですね。さすがです夏芽さん!」


「その通りだよ香菜ちゃん。ありがとう」


「いやいや、待て待て、俺は飯ごうで飯を炊く練習はしたが、パンを焼く練習なんてしてないぞ。たぶん、先生が教えてくれるんだろうがうまくできる自信がない」


 それとも、何だったらやけくそで飯ごうを使ってパンを作ってやろうか?


「ふふふ、そこで『三分クッキング作戦』だよ」


 なんだそのださい作戦名の作戦は。


「実は私の家はパン屋さんなの。そして私はパンを焼くのがとても得意。

 これを活かして私がパンをつくる。そして香菜ちゃんがこっそり佐須駕野君にそれを渡す。要するにゴーストパン屋さんだね」


 ゴーストパン屋さんって……。

 なんだか憎めない名前のグレー行為だな。


「夏芽さんの家、パン屋さんだったんですか! 素晴らしい作戦です!」


「当然、突然完成品を渡しても不自然だから、逐一、途中途中の材料を渡すよ。

 佐須駕野君はそれっぽい演技をしていて」


「大丈夫か? この作戦、ばれたらめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。それに瀬川さんも同時に何人分ものパンを作らなきゃいけないじゃんか」


「どうせ佐須駕野君のことなんて誰も見てないって。この作戦なら絶対ばれないよ。

 あと、私をなめないでね? パン屋さんの娘の力、見せてあげるよ」


 瀬川さんは自信満々である。

 本当にこんな急造の作戦で大丈夫かな……。

 いや、ここは瀬川さんを信じるしかない。何としてもいじめを回避するんだ。


「よし、いくよ、足跡部! 円陣を組もう」


「はい、夏芽さん!」


「え、まじ?」


「ほら、時間がないよ。早く」


 そう急かされ俺たち三人は円陣を組む。

 かなり照れくさい。


「いくよ足跡部、ファイ、オー!」


「オー!」

「お、おー……」


 そして、狂気のパン作り体験の幕が上がった。


 













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