第3話「天才メイド、彼女は手段を選ばない」

 新しい高校生活が始まって一ヶ月と少しが経ち、

 どことなく新鮮な毎日が日常に変わりつつあったであろう我がクラス。


 そこに注がれた二つの新しいスパイスに、クラスは浮き足立っていた。


「赤姫さん。イギリスから来たって本当?」


「それにしては日本語めちゃくちゃ上手だね!」


「父が日本人でして、日本語は普段から使っていましたので」


「へー。ハーフなんだ!赤姫さんすごく綺麗だもんね」


「学校のこととか分からないこと有ったらなんでも聞いてよ」


 二つのスパイスは語弊があったな。

 一つの大きなケーキに皆は群がっているだけである。これが現実。

 どちらもほとんど未知という点では一緒なのに香菜の周りには歓迎の手が。


 一方俺はさながら爆発物かのように一切誰も寄り付きはしない。


 (もう帰りたい……。寝た振りもう限界……)


「そうですね。確かに学校のこと全然知りません。

 佐須駕野さん。ぼくよりかはちょっとは詳しいでしょ?

 寝た振りしてないで学校案内してください」


 こっちを見ながら香菜はニコニコしている。

 クラスの方々はまさかのご指名に唖然。


 ……そんな中俺はというと

 (なんで寝た振りばらすの! 恥ずかしすぎる。これ以上貶めないでええ!)

 と寝た振りがばれないように一生懸命動揺を隠すことに必死であった。


「あーもう。何しているんですか。

 さっきからこっちのことチラチラ見てたの知っていますよ。ほら行きましょう」


 そういって香菜は俺のことを手で揺さぶってくる。


「ほら、クラスの皆さんも誘って学校案内してもらいましょうよ。

 きっと友達をつくるきっかけにもなりますって」


 あああもう、そういうこと言わないで!

 まるで俺がクラスに馴染みたいのに方法が分からなくて寝た振りしている痛い奴だと思われちゃうだろうが!


 (もう……だめ……)


「ああ、一正さんどこいくんですか! 置いていかないで下さい!」


 さすがの一正でも、もとい佐須駕野一正でもこれには恥ずかしさの限界に達し、学校から逃亡した。

 一ヶ月と少しぶりの、人生二回目の高校生活は遅刻兼早退という形で幕を下ろした。





「なんで帰っちゃったんですか! しかも荷物置いていくし。

 二人分持って帰るの大変だったんですからね!」


「うるせえよ! 人に生き恥かかせやがって。

 最初に引き続き、またやらかしちゃっただろうが! 俺の高校生活完全に終了だよ!」


「はー、もういいですよ。反省会は夕食の後に致しましょう。

 お腹空きました。キッチンお借りしますね」


「え、作ってくれるの?」


「そりゃ、メイドですので。少し待っていてくださいね」

 



「めちゃくちゃ美味いな……。イギリスって飯まずいんじゃなかったの」


 何か肉を燻製したようなものや味わったことのないスープなど名前も分からない料理が並んでいたが味は格別だった。


「初めてお前のことちょっと有能だなって思えたよ」


「何言っているんですか。ぼくは天才なんですよ。そう思うのが遅すぎます!」


「ふざけんな、そう思えるタイミングなんてなかったよ!

 もうちょっと考えてから行動してくれよ! 

 俺があんなキラーパス受けきれるわけないだろ!」


「ああもう、うるさいですね、メンタル弱すぎなんですよ。

 皆さんそんなに気にしてないですって。その証拠に良いことを教えてあげます」


「……絶対ろくな事じゃないだろ」


「……いいですか? ご主人様がクラスから去った後、

 ご主人様について皆さん興味津々だったんですよ」


 は? 俺に興味津々だと。それは絶対、香菜の勘違いだろう。

 決して“佐須駕野 一正"に興味を持っているのではない。


「どういう人なの? とか、どこに住んでるの? とか、

 色々聞かれましたが全部本人に聞いてみてくださいと返しておきました。

 さすが、ぼくはできるメイド! 

 明日、ご主人様はクラスの皆さんから質問責めに合うこと請け合いですよ!」


 それは俺に興味があるんじゃない。香菜に興味があるんだ。

 新しくイギリスから転校してきた美少女で、

 しかもどう見ても中学生にしか見えない香菜に興味津々だからこそ、

 その香菜が突然話しかけたので、俺のことを聞いたにすぎない。


 (分かっているけれど、このメイドがさらに調子に乗るから絶対言わない)

 ……いやまあ、学校に来るたびやらかしている俺にも香菜とは違うベクトルの興味はあるのかも……。


「……とにかく俺はもう学校には絶対行かないからな。

 もうメンタル雑魚で結構ですよー。もう耐えられませんー」


「ああ、開き直りましたね!そっちがその気ならばこっちにも秘策があります!」


「はいはい、どんな秘策があろうとも俺の心を揺さぶることはできませーん。

 残念だったな、駄メイドよ!」


 すまんな。

 お前にはお前の事情があって俺を導かなくては困るんだろうが俺はもうだめだ。

 俺のために一生懸命なのは本当に感謝する。


 しかしそれとこれとは話は別なのだ。


「ふふ……これを見てもそれが言えますか……?」


「何を見せる気だ?もはや金銀財宝ですら俺の心は揺るがないぜ? 

 無駄なことはよし……な……」


 ……ってそれは、嘘だろ。何故、どうして、どうやってそれを……。


「ははーん、これはこれは、中学生の間はこんなものを作って引きこもりの時間を潰していたんですね~

 やっぱり、ご主人様も心では皆の中心にいたいと思って色々考えていたんですね~」


「お、おい、返せ! ていうかそれは捨てたはずだろ。何故お前がそれを……!」


「いやいや、人には誰にも黒歴史というものはありますが、ご主人様は常人のそれを超越していますね。

 ダンボール一杯になるほどの自作漫画、自作小説、自作歌詞の楽曲はもちろん、それを利用して文化祭で活躍する企画書まであるなんて。

 これはすごい努力です。泣いちゃいそうです」


「あああー!!! やめてくれー!!! 俺の中の大事な何かが崩れ落ちていく音がするー!!」


「お父様が貴方の中学生活の財産だからと捨てるところから守ったそうです。

 ご主人様のことを知るために預かってきましたが、こんな形で役に立つなんて」


「お、おいお前それを何に使う気だ……!」


「ぼくも本当はこんな事したくはないんです。

 ですがぼくは時には手段を選ばない非情なメイド……!

 ご主人様を立派な人格者へ導けないくらいなら、

 せめてこのパンドラボックスを世の中へ放ち、

 ご主人様の今までの努力を世の中の皆さまに知ってもらいます!」


「う、うそだろ……。なんてやつだ……こいつメイドなんかじゃねえ。悪魔だ」


 さっき一瞬でも感謝した気持ちを返してほしい。

 こいつ人質を用意してやがった。


 誰だ? 十四歳の女の子にこんな手段を教えた奴は。

 世の中か? 世の中が間違っているのか? 

 どうして俺はこんな目に合っているんだ?


 ちょっとかわいいとか、

 もしかしたらめちゃくちゃいいやつなんじゃないかとか思っていたのに、

 こんなメイドなら俺は絶対にいらない。解雇だ!


 スカーレッド・プランセス・香菜とかいう怪しい名前の、

 突然現れた嵐のような女の子は出会って一番の笑顔でまた、俺に地獄の宣告を告げるのであった。



「明日も元気に登校しましょうね。ご主人様?」

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