第44話 裏切り者には制裁を

「どうした?撃たないのか?」

覚悟、したはずだった。いや、そんな重く考えずとも、あっさりと撃てる、とすら思っていた。それなのに、指はまるで凍ったかのように動かず、体は夏場でもないのに発汗する。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

息が荒くなるアタシを見て、柳は心配そうに言った。

「何故、戻ってきた」

「行ったでしょ、ここを潰す為に・・・!」

「私に会いに来たのか」

「・・・!」

核心をつかれた気がした。


 もう、途切れたと思っていた。縁なんて、絆なんて、アタシがここを出たときから、すっかり途切れてしまって、もう二度と戻らないものなんだって、思っていた。それなのに。

「・・・なに・・・?アンタは、アタシのことを娘だって、本気で思っているわけ・・・?」


 ああ、柳は、何の迷いもなく言った。まっすぐな目で、即答した。何だよ、やめとくれよ。アタシはアンタを裏切ったんだよ?あんなに手塩にかけて育てくれたのに、アタシは裏切った。恩を仇で返した。だったら、すっぱりと、ばっさりと、アタシのことを見捨てればいいじゃないか。実際、血も繋がっていないんだ。実際、他人なんだ。そうだろう?


「・・・はっ・・・。ばか、みたい・・・。とんだ、お笑い種だね・・・」

何回も自分の中で繰り返す。いざとなれば。そう思っていたって。いざとなれば、アタシは非情に、何の思い入れもなく、引き金を引ける、って。ところがどうだい。丸腰の相手にいいようにあしらわれて、何もできやしない。


「もうお前も銃を下げろ。お前みたいな子には、銃なんて物騒なものは似合わない、結衣」

「言ったろ、結衣じゃない、って・・・。アタシは渚。アンタを・・・っ!」

ぐるぐると心の中がかき回される。どうしたらいいのか、どうすれば上手く行くのか。思えば、昔からそうだった。どうにかして、この人に一泡吹かせたいと思っても、いつもいつも、こちらが手玉に取られるだけだった。


「侵入者です!」

膠着状態が続く中、大きな声での報告が入る。楓・・・!

「・・・成程。お前が単身、何のメリットもない私怨のみでここに来ることは妙だと思っていたが、合点がいった。お前は囮。陽動として私たちを引きつけている間に、もう一人が真に目的を果たすという算段か」

たった一言の侵入者というワードだけで、いや、もしかしたらアタシがそのワードを聞いたときに、過剰に反応してしまったかもしれない顔を見たのか、ともかく、すぐに目的がばれた。

「一体何をするつもりかまでは分からないが・・・」

と言いながら、さしずめ、ノアにでも用があるのか、と柳は簡単に言い当てる。何だよ、分かってるじゃない・・・。


 どうする、なんて、考慮する時間すらない。それに必要もない。楓の存在がバレた以上、最早、楓を救う手立ては一つしか・・・!

「どうする?お前が仲間にしてやれることは、すでに、私を殺すこと以外、残っていないのではないのか?」

「・・・!」

何で。どうして、アンタが、それを言えるの・・・?柳は、透けたアタシの心なんていとも簡単に読みきった。


「分かってんの!?」

はからずも、声が大きくなる。

「アンタ、死ぬかもしれないんだよ?アンタが言う娘に、殺されるかもしれないんだよ!?」

もう、確認した筈だった。時間がないことは、猶予がないことは。それなのに、アタシはまだ、柳に話しかける。いつでも殺せる手段を有しているのに、まだ、声を荒らげる。

「・・・お前に殺されるのなら、それもまた、悪くない死に方だ」

「・・・そんなこと、言わないでよ・・・」

やめてよ、弟子に超えられて満足みたいな、悔いはないみたいな、そんなどこかの師匠みたいなこと、言わないでよ・・・。


「・・・うぅ・・・。あぁ・・・」

殺す、撃つ、撃ち抜く!心臓を、この、拳銃で、ピストルで!じゃないと、アタシがやらないと、楓が・・・。分かってるだろ、十分、分かってるだろ、アタシ!アタシがやらないと、やらないと・・・!


━結衣。

━なに?ぱぱ!

━お前が来てくれて、良かった。


・・・!何で今、こんなこと、思い出すの・・・?

ダメ!関係ない、何も、関係ない!震えるなよ、手!照準が定まらないだろ!アタシは、みんなの、みんなの為に・・・!

「・・・無理をするな・・・、結衣」

その声は、とても、優しかった。それは、どうしようもない、出来の悪い子供でも、自分だけはあなたのことを思っているからね、という、親の優しさそのものだった。


「・・・だめ、だよ・・・」

ごめんね、楓・・・。

「・・・できないや、悔しいけど・・・」

頑張って、逃げて・・・。


「・・・アタシにあなたは殺せないよ、お父さん・・・」

アタシの手から、銃が落ちる。

「そうか」

父さんは一言だけ言った。心なしか、嬉しそうな顔をしていた。

「ねぇ・・・」

自分勝手なんだけど、見逃してくれないかな・・・。アタシは甘えるように言った。

「娘の頼みだ。聞いてやりたいのはやまやまだが」

それはできない、と言われた。あの日、お前がここからいなくなって、どれ程落ち込んだか、お前には想像できまい?と付け加えられた。嘘ばっかり。アタシの前どころか、人前じゃ、一切隙を見せないくせに。

「もうお前を、逃がすわけにはいかない」

「・・・そう」

どうやら、本気ってわけね・・・。アタシは周囲を包囲される。アタシが捕まっても、今回の計画はご破算になる。


「ねぇ、お父さん・・・」

会えて嬉しかった、といいそうになった口を必死に抑え、アタシはごめんね、と謝った。

「結衣、っていう名前、嫌っていうわけじゃないんだ。でもさ、何ていうか、結衣って女の子、って感じの名前だろ?アタシみたいな奴には何か、身の丈知らず、って感じで歯がゆいんだよ」

だからさ、渚っていう名前の方が、アタシらしいと思わない?結構気に入っているんだよ?父さんは、何も言わなかった。

「バイバイ」

ぼんっ、っと研究室一体が爆発する。とはいっても、人を死傷することのない、煙幕だった。アタシが隙をついて地面に落とした。煙幕なんて、今更誰も思いつかないだろう?


 ごほっ、ごほっ、と皆が咳き込み、視界を失っている間、アタシはその場から消える。いろいろと誤算だらけだったけど、少しは時間を稼げたかねぇ・・・。悪いね、楓。無責任だけど、何とか逃げてくれよ・・・。


 アタシは歩きながら回想する。楓に話していたことを。心配しなさんなよ、アタシはあの人のことは何とも思ってないから。もしもどうしようもなくなって、他に手が無くなったら、あの人を殺すことくらい、何ともないから、って。ったく、大言壮語にも程があるよ、ホントに。殺すどころか、傷一つ、付けられや━。


ぱぁんっ。


「・・・え」

甲高い音がした。火薬の臭いもする。脇腹に激痛が走り、足がもつれ地面に倒れる。・・・血が溢れた、そして何より、痛い。


そっか。

裏切り者には、・・・制裁か。

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