第43話 親として、子として

「計器の数値は!?」

「オーバー300!駄目です、どれも規格外です!」

「一体何が・・・?ここ何年も、異常は見られなかったのに・・・」

「おやおや、相変わらず慌ただしいねぇ」

「・・・なに!?」

「アンタも大きくなって。久しぶりだねぇ、真奈美」

「・・・え・・・?あ、あなたは・・・!」


 驚く顔が見える。アタシは有名人のように、いや、この研究所では一応有名人ってことになってるのか、皆から驚かれた。

「・・・お、おねぇちゃん・・・」

「ん、何だい。アタシのこと、まだそんな風に呼んでくれるのかい?」

ま、実の姉妹じゃないんだけどね。人懐っこい性格に起因してか、真奈美はずっとアタシのことをおねえちゃんと呼んでいた。最初の方は照れくささもあったもんだけど、いつの間にか慣れていた。


「どうやってここに・・・」

「おいおい、アタシを誰だと思ってんだい。一応、昔は、ここの研究所で力を持っていた身さね。侵入するくらい、容易なことだ」

「・・・おねぇ・・・」

あ、と真奈美はアタシを呼ぶのを止める。思い出したように、真奈美の顔は険しくなって、一つ、咳払いをした。

「・・・何しに来たの、裏切り者」

「おっと、辛辣だねぇ・・・」

今の真奈美は昔のままとは違う。いつまでも、アタシに甘えていた真奈美はいない。分かっていることではあっても、実際に面と向かって言われると何気にショックだった。

「ま、アンタの言うとおり、今のアタシは敵だ。だから、アタシの目的をアンタに話すいわれはないねぇ」

「・・・そう、ならいい。悪いけど、私は容赦しない。本当ならすぐさま処罰するところだけど、貴方は例のチップも持っている。その居場所と、目的、力づくでも吐かせる」

真奈美がアタシを鋭く睨む。おっと、やんのかい?アタシが応戦しようとしたときだった。


「それは、私が聞こう」


「・・・出たね」

声だけで、皆の緊張が一気に高まる。アタシも含めて。間違いない、この空気がぴりぴりとする雰囲気。

「・・・柳、元就・・・」

アタシたちは、十数年ぶりに、再会した。


「・・・久しぶりだな、結衣」

柳は、今のアタシの名とは違うものを言った。

「結衣?誰だい、それは。今のアタシは灯火渚。悪いけど、その名はもう捨てたんだよ」

「・・・そうか」


「にしても、流石は人外の柳ってところかい?アタシがここを出て、十数年は経つっていうのにさ」

目の前にいた、かつてアタシが父と呼んだ男、その人は一切昔と変わっていなかった。容姿が昔のまま、歳をとっていなかった。

「お前は綺麗になったな、見違えるほどに」

「よしとくれよ、女が容姿の変化を褒められて喜ぶのは、好きな男性に褒められたときだけだ。アンタじゃ物足りない」


「それで?今更、裏切ったお前がここに何用だ」

「決まってるだろ?ここを潰しに来たんだよ」

アタシは懐から、黒い塊を取り出す。

「アンタを殺せば、ここもおしまいだろ?」

「な・・・」

周囲がざわつく。そりゃそうだ。ここのマスターたる柳が、銃口を向けられているんだから。ま、当の本人は、眉一つ動かさないけど。

「貴様!それ以上動くな!」

真奈美を含んだ研究員が、アタシにピストルを向けて取り囲む。それでも、アタシはアタシで、一切身の危険とは思わなかった。

「やめときなよ。もしアタシを撃ったら、その拍子に柳を撃っちゃうかもよ?流れ弾が当たる、って可能性もあるし。柳が死ぬことは、アンタらにとっては相当な痛手だろ?」

認めたかないけど、この人が天才、だってのは、間違いない事実だから。


「銃を下げろ」

「し、しかし・・・」

「『下げろ』と言った」

「・・・っ!」

激さない。柳は声を荒らげない。それでも、周囲を威圧し、黙らせるには十分な雰囲気を孕んでいた。皆、怯えつつ銃を下ろす。

「心配するな。これはどこにでもある、ただの親子喧嘩だ」

・・・親子・・・。

「・・・はっ、何だい?まだアタシのことを娘だと思ってんのかい?アタシはとっくにアンタなんて、親ともなんとも思っちゃいない」

「お前が何を思おうとも、お前は私の娘だ」

・・・娘・・・。あれ、なんでかな、さっきから、心が・・・。

「な、何だい・・・。楽観的にも程があるねぇ、まったく・・・」

揺れている?アタシの心が・・・。もしかして、アタシ、まだ娘だってみなされていたことが、嬉し・・・。


いやっ!!


そんなわけない、そんなわけ・・・。

「アタシはアンタを、絶対に許さない」

「あの日のことか・・・」

そう、この人はアタシの目の前で・・・。こんな人間に、アタシがまだ親子の情を持ち合わせているはずなんてない!

「あれは仕方がなかったのだ。進化には、科学には、犠牲がつきもの。賢いお前に分からない筈がないだろう?」

「ああ、そうさね・・・。分かったさ、分かったからこそ、アタシはここを出た・・・。アンタらが間違ってるって分かったから、アタシはここを出たんだ!!」

「そうか、大人になっても、まだまだ頑固者か」

頑固なのはアンタもでしょ、と言いかけたアタシの口は止まる。認めたくなかった。これを言ったら、アタシが娘として、親の性格を受け継いだみたいだから。


「・・・そ、それで?最後の言葉はそれでいいわけ?」

「・・・仕方ないな」

と言って、柳も懐に手を入れる。アタシは内心にやりと笑った。こうなることは予想の範疇だった。アタシはまったくこの人のことを慮っていないとしても、今までの話を聞く限り、どの道柳にアタシは撃てない。時間稼ぎにはもってこいだった。


「なに?アタシを撃つ気?アンタにアタシが━」

ごとっ。地面に物が落ちる音がした。

「え・・・?」

「どうした?何か予想外のことでもあったのか?」

柳は懐から取り出した拳銃の銃口を、ほんの少しさえアタシに向けることなく、そのまま捨てるようにして床に落とした。

「な、なんで・・・」

「撃てないさ。子に銃を向ける親がどこにいる」

「・・・ま、まだ、そんなこと言ってるの・・・?言ったでしょ、アタシはもうアンタとは他人だって!アタシはアンタを撃つことに、何の躊躇いも・・・」

「撃ちなさい」

「え・・・?」


「ならば、撃ちなさい。躊躇なく、迷いなく、撃ち抜きなさい」


 柳は両腕を横に広げ、無抵抗の姿勢を見せながら、言った。銃を握り、イニシアチブを握っている筈のアタシの手は震え、顔に汗をかいていた。対して、柳に一切の動揺は見られなかった。

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