第42話 ノアの方舟

「ここは・・・」

ウチは地下に入り、隠し部屋へと案内される。

「ここに来たのは、アンタが初めてだよ」

なんだこりゃ。

「・・・でけぇ・・・」

「超越装置」

「こんなの、どうやって・・・」

「・・・アタシは、孤児だった」

「え?」

アタシは一呼吸おいて、語り始める。


「両親の顔も、自分の名前も知らなくてねぇ。本来ならアタシは、とっくに野垂れ死んでいるはずだったんだよ。そんな折、3つの頃だったか・・・、アタシはある人間に拾われた」


「・・・柳 元就」


「・・・やなぎ、もとなり・・・?」


「知らないだろ?表の人間じゃないしね」


「裏の世界じゃ知らない人間はいないほどの有名人さ。

マッドサイエンティスト、人外の柳」


「あの時、あの人がアタシを拾ったのが、ただの気まぐれか、それとも明確な理由があったのか、それは分からないけどね・・・。まぁ、今のアタシっていうのが、その時から形成されたのは事実だ。研究者肌になったのも、もろあの人の影響だしね」


「アタシが連れて行かれたのは、あの人が居座る研究所・・・

通称・背徳者の坩堝るつぼ


「各界で禁忌ばかり研究してきて、業界を追放されたヤバイ連中ばかりが集まる場所。あの人はそこの所長だった」


「人外、なんて言うから、アタシは理不尽な実験でもされたのか、って思うかもしれないけど、意外とそんなことはなくてね。何せ、ずぅっと研究所から出なかったから、周囲の言わば一般の子供の成長ってのが分からないけど、外に出たときに割とすぐ順応できたことからも、あの人にしては、普通に育ててくれたんじゃないかねぇ・・・」


「周りの人間も優しくてね、アタシを家族のように扱ってくれた。たくさん褒めてくれたし時には叱ってくれた。楽しかった思い出だって、いっぱいあるのさ・・・」


・・・ったく、今でも鮮明に残ってるよ・・・。


「とはいえ、マッドはマッド。あそこでやっていたのは、人類の禁忌を犯すものばかり・・・。人間のクローン、不老不死、時の操作・・・。その為にはえげつない実験も日常茶飯事だった。我ながら、よく壊れなかったと思うくらいのね」


「そして・・・」


そして、あの事件が起きた。


「・・・そして、ある日、アタシはそこを出た。見限った、っていえば、ちょっとは恰好いいけど、実際は絶望したのさ、人間の底知れぬ欲望に」


「・・・一体、何が・・・」


「・・・」


父親のように慕っていた。いや、あの人は私にとって、父そのものだった。

・・・それなのに。


「っと、これ以上はやめとこうかね。こんな話しても、誰も得しやしない・・・」

「あ、悪い・・・。嫌なこと、思い出させちまって・・・」

「いんや、アンタのせいじゃない・・・。誰が悪いと言えば、あの人が悪いのさ。あの、狂気のバカ親父がね、ははっ・・・」

あ、つい、親父とか言っちゃった・・・。痛々しかったかな・・・。


「おっと、だいぶ脱線しちゃったね。話を元に戻そうか。アタシは昔、その研究所から逃げ出す際、一つのメモリーチップを盗んでいる。それは、当時、世界の30年先を行ったプログラムと呼ばれ、復元不可能とされた完全にオンリーワンな代物だった」


「それを盗んだんだ、これで馬鹿げた研究の抑止力にでもなれば、と思ってね。当然、研究所は血眼になってアタシを探した。まぁ、その時はアタシはすでに灯火渚として戸籍も改竄していて、別人として生きていたから、結局探すことに難儀して、諦めたみたいだけど」


「これはその技術を総動員して作ったものでね、アタシの最高傑作だよ。アタシが専門として研究していたのは、次元の超越、簡単に言えば、パラレルワールドへの進展研究だ。元々は、アタシの親がどんな顔してたのか、とか、もしアタシが親と一緒に過ごせたらどうなっていたのか、っていうのが知りたくて始めた研究でね」


「この装置を使えば・・・」

「掻い摘んで頼むぜ?」

「ああ、そうさね。ま、こいつを使えば、門が開けるんだよ」

「門・・・?」

「この世界ならざる場所へと導く門だ」

「それと、この消滅現象と、何の関係がある?」

「・・・あいつの前じゃ、原因は限らない、とか言ったけど、アタシも原因はあいつが関係してると思ってる。つまり、別世界からの干渉によって、この世界の均衡が崩れたんだよ。だとしたら、今度はこちらから別世界に干渉することで、バランスを取るって算段さ」

「根拠は?」

「女の勘さね」

「・・・はぁ、何だよそれ」

「言ったろ?うまくいくとは限らない、って」

「けっ」

楓は呆れつつも、馬鹿にはせずに、まっすぐな目をしてくれた。


「んで?こいつを起動させるためにどうすればいいんだよ?」

「・・・この装置で門は完成できる、それは理論上、間違いない。でも、そのためには、通常のやり方では多分、何百年はかかる」

「はぁ!?百年!?んなもん、無理じゃねぇか!」

「落ち着きなさいよ。言ったでしょ、通常のやり方で、って。今回はそうはいってられないしね、危ない橋も渡らないと」

「つまり・・・?」


「ノアの方舟、って知ってるかい?」

「あ?急に何だよ・・・。あれだろ?神が、悪いが名前なんてのは知らねぇが、人類にキレて洪水を起こす。でも、ノアって一族だけは救おうとして、方舟を作らせて、ノアは助かる、みたいな話だろ?」

「大雑把だねぇ・・・」

「いいだろ、今は・・・。で?それがなんなんだよ?」

「背徳者の坩堝にあるんだよ、『ノアの方舟』が」

「は?」

「さっき行ったように、坩堝ではタブーばかり研究していた。その研究の為には、莫大なエネルギー資源が必要だ。そのエネルギーすべてを賄っていたのが、ノアの方舟って名付けられた、小さな石盤だ」

「莫大、って・・・」

「アタシも全容は知らないけど・・・。全世界、総発電量の1万倍とか、10万倍とか・・・」

「・・・は?」

「もし、人類が滅んだとしても、あらゆる資源が枯渇したとしても、それさえあれば自分たちは生き残れる、っていう期待を込めたってことで、『ノアの方舟』って名付けたんだとさ」

「・・・正直、全容がデカすぎてわかりゃしないが・・・。つまりは何だ?そいつを盗んでくる、ってことか?」

「流石、理解が早いねぇ!それさえ使えれば、この装置の起動を、何億倍にも早められる」

「とはいえ、そのハナシからすると、そのノアってのは、坩堝のキモなんだろ?簡単に盗めるもんじゃねぇだろ」

「ん」

アタシはポケットから小さなチップを取り出して、楓に見せる。

「そいつは・・・」

「さっき言ってたプログラムよ。こいつがあれば、時間は稼げる」

「成程な・・・」

「これを餌に、アタシが囮になる。裏切り者、しかも、例のチップを持っているとなれば、あいつらもすぐにはアタシを殺せないはずだしね。要は、その隙に・・・」

アタシは今更になって言い淀む。方舟を盗むなんて、大統領を暗殺するようなものだ。殆ど、不可能に近い、って、アタシも分かってるのに。

「・・・ったく、はっきり言いやがれ。その隙に、ウチに盗んで来い、って言ってるんだろ?」

「・・・ああ」

「・・・言ったろ。ウチは、死なねェ。一回、アタシを巻き込んだんだ、ここで信じないのは侮辱ってもんだぜ?」

もう、自分から巻き込まれたくせに・・・。でもま、楓の言うとおりね、どの道、他にやりようはないんだし。

「分かったよ、任せるからね、相棒?」

「へっ、調子がいい奴だ」


 アタシたちは綿密な計画を立てる。二度はない、一度しか、チャンスはない。そんなギリギリな状況なのに、アタシも、楓も、まるで、苦難を楽しむように、笑った。

「ったく、急転直下でSFチックになりやがって・・・」

「嫌いかい?」

「いや、悪くねぇ」

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