二章 過ちに気付く前に

第35話 試練のデート

「デートをしましょう!」

1年がたった。僕がこの世界で第二の人生を歩むようになったあの日から、約1年。その間、僕は前の世界と同じアパートに住んで、フリーターとしてほそぼそと生計をたてていた。前の世界では途中渚に世話になったときもあったが、さすがに今回も、というわけにはいかない。僕がパイプとなったかは微妙なところだが、この世界では繋がりのなかったみんなが互いに認識しあった。真紀のことを考えれば、本当は知らないままにしていたほうが良かったのではないか、そんな考えがなかったわけではないが、この1年、真紀は何も行動を起こさなかった。


 まぁ、犯罪は起こさずとも、すんなりと流れた1年でもなかったか、と僕は思い返す。良く耳にする言葉ではあるが、実際にその現場に居座ることは少ない気がする修羅場というやつが起こったのも、今となってはいい思い出・・・か?そんな平和な日常のある日、ぴんぽーんと呼び鈴がなる。扉を開けると、ある種トラブルメーカー、いや、からかい上手か、そんな位置づけの琴音が、心なしかいつもよりもおめかしをした格好で立っていた。


「・・・」

「あ、ちょっと待ってくださいよ!」

僕は無言でゆっくりと玄関の扉閉める。慌てて琴音は足をがっと扉の隙間に入れた。探偵みたいなことをする。

「話くらい聞いてくださいよ!」

「・・・唐突すぎるだろ」

本気で追い返したいのならば、足が挟まっていることを気にせずに、そのまま扉を閉め続ければ痛みに耐えかねて足は自然とどくだろうが、女の子相手にそこまではしない。それにしても、鬼ごっこの途中で子供が急に発動させるバリア宣言くらい、いきさつも何もない。

「何だ?」

僕たちは付き合っていたのか?記憶喪失者みたいなセリフを吐いた。ほぼ違うとわかっていながら、この世界の僕のことは完全に把握していないので、わずかながら可能性はある。

「いえ、そんなことは皆無ですけれど」

・・・こうも平然と言われると、なんだかいらだつものがあるな・・・。

「とりあえず、家にあがっていいですか?」


 琴音を家にあげる。初めてというわけではないので、僕も琴音も緊張しない。僕はあぐらをかいて、琴音は正座で床に座る。いつも楽にすればいいだろうと言っても、これでいいですから、と琴音は聞かない。

「・・・で、何だ?今日は日曜日で休みとはいえ、僕は僕でやることが・・・」

「ないです!」

女の子のデート以上に大事なコトなんて無いでしょ!と、琴音は自信満々に言う。いや、そりゃ前もってそう言う話になっていたら分かるが・・・。

「さっきも言ったが急すぎるだろ・・・。どういう風の吹き回しだ?」

「ほら、先日千尋さんの命日だったじゃないですか」

そう、先週の日曜日は命日だった。僕は忘れずに墓参りにいった。だから正確に言うと、僕がこの世界へきて、365日と7日たった。

「そして、あなたは千尋さんを愛しているじゃないですか」

「う、うん、まぁ・・・」

愛という単語をまっすぐ目を見て言われると、何だかむずがゆいものがある。僕が照れながら返事をすると、はぁ、と琴音はやれやれみたいに溜息をついた。

「何だよ?」

そして、今からの宣言、いや、宣戦布告は、僕が理解するには少し時間がかかるものだった。


「いいですか?今から私とあなたはデートをして、私は様々な手を使ってあなたを私に惚れさせます。私に惚れたらあなたの負け、なびかなけれなあなたの勝ちです!」


「意味が分からない」

何を言っているんだ、この子は・・・。前の世界の結婚式のスピーチといい、何も変わらないよ、この勝手さ。

「え~、どこがですか?」

全部だよ、僕は説明を求める。はぁ、何で僕が物分りが悪いみたいな顔をしているんだか。

「ほら、歴史上の偉人、まぁ実際は本当に偉大かどうかなんてわかりませんが、そういった歴史人って、妻が亡くなった後、その人への純愛のために、生涯独身をつらぬいた、っていう話あるじゃないですか」

うん・・・?僕は琴音の意図をおぼろげながら察しようと努める。つまりは、僕が他の女になびかないようにしろと、釘をさしたいわけか?

「私、ああいう話大嫌いなんです」

違った。僕の予想は空を切る。というか、大嫌いって。結構美談として後世に語り継がれるものだろうに。

「好きなもの、っていっぱいあるじゃないですか。例えば音楽でも、好きな曲が何曲あろうが誰も咎めないでしょ?だったら人も同じですよ。好きな人が何人できたところで、本来咎められることじゃない。って考えると、浮気ってごくごく自然なことだと思うんですよね」

本当にすごいことを言うな・・・。前の世界のお前は、健司にぞっこんだったがな、と僕は思う。ただ、この世界の二人は知り合った後も、特にそう言う関係にはなっていないみたいだけれど。

「風潮的に、不倫はよくない、ってなってますから、それは仕方ないとしても、もう妻がいないのに、それでも女にうつつをぬかさないのは違いますよ」

「何が言いたいんだよ・・・」

「ですから、今後あなたを目当てに女が寄ってくる、もしくは、あなた自身が心を奪われる女性が出てくる可能性のほうが高いってことです」

「そうか?」

「でも、この一年見ていて思いましたけど、あなたは千尋さん以外の方は恋愛対象としてみれないみたいですから、このまま独り身なのかな、って思ったんですよ」

「・・・まぁ」

そう言われると、反論できない。少なくとも今の僕に、恋心に没頭する気はさらさらない。

「本当は気づいているんじゃないですか?あなたの周りの女の子に、あなたに心を寄せる人がいる、って」

・・・真紀のことだろうか。前の世界の彼女は、僕に恋心、いやそれを超えた狂気の愛を抱いていた。もっとも、僕は微塵も気づけなかったわけだが。それを参考にすると、この世界の真紀も僕のことを・・・?だが、正直その可能性があると分かっているにも関わらず、僕の見立てでは、真紀は僕のことを何も思っていないと思うんだが・・・。

「・・・そうなのか?」

それを踏まえて、僕は返事をした。

「はぁ・・・。唐変木か朴念仁か鈍感か・・・」

「全部聞こえてるぞ・・・」

そんな自覚ないんだがな。

「それで?その結果、デートか?」

「そうです!この一日で、私はあなたを惚れさせます。あなたは絶対に私に心を奪われないでください」

「お前は僕の一途さを改善しようとしているんだろ?だったら、惚れてしまったほうがお前の策通りじゃないか」

「ですから、それじゃ勝負にならないでしょ?」

「大体勝負って何だよ・・・」

「もしあなたが勝ったのなら、どうぞ一人を貫いてください。もし私があったら今後起こるかもしれない自分の欲情には素直になってください」

「・・・お前と付き合う、とかじゃないのか?」

「違いますよ、なんで私とあなたが付き合わないといけないんですか」

・・・こうも断られ続けたら、僕がしつこい男みたいだな・・・。

「多分出てきますよ?結婚を前提に付き合ってください、みたいなことを言う人が」

やけに確信を持った口調で、琴音は言った。


「さぁ、行きましょう!」

僕は琴音の話に納得、はしていない、当然。不可解というか、不明瞭な部分は多いが、今日一日あまりやることがないのは事実だし、頑固な琴音を僕が説得できそうもないので、しぶしぶ話をのむ。デートだというのに、その格好は何ですか!なんて理不尽に怒られたので、琴音にコーディネートしてもらった服に着替えて、玄関へと向かった。


引かれる。

「お、ちょっ・・・」

僕がきちんと靴を履いた途端、待ってましたと言わんばかりに琴音は僕の手を掴む。

「えへへっ」

琴音は無邪気な子供のように、それでいて、心を躍らせる純粋な女の子として、楽しそうに、嬉しそうに笑いながら、僕の手を引いた。

「行きましょう!今日は楽しい一日になりますよっ!」

丁寧に考えると、急に僕の前に現れて、勝手に予定を取り決めて、半ば強引に外へ連れ出した彼女は、傍若無人というレッテルを貼ってもいいかもしれない。

「・・・!」

でも、手を引かれながら見るその横顔は、ただデートを楽しみたいだけのどこにでもいる子で、何よりも、可愛かった。


 まずいな、まだ始まったばかりなのに。

僕は心でそう思う。このままじゃ、簡単におとされそうだ。僕は彼女に引かれ、魅かれつつ、気持ちを入れなおす。


 運命は悪戯好きで、そして、残酷だ。このデートが、これから先、一生忘れられないものになることを、僕はまだ知らなかった─。


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