第36話 せめて今だけは無邪気に楽しんで
「デート、か・・・。そういえば千尋とはあまりしなかったな・・・」
琴音に手を引かれて、どこへいくかも聞かずに歩く道すがら、僕はついぼそっと言ってしまったが、もしこの世界の僕が千尋と何回もデートを重ねるような丁寧なタイプだったら、琴音と記憶に齟齬が生まれるかもしれないと、言ったそばからしまった、と思ったが、そうですよね~、と琴音の少し嫌味を含んだ言葉が帰ってきた。
「あなたたち二人は何かスマートというかスタイリッシュというか・・・。すんなり付き合ってすんなり結婚を決めちゃって・・・」
そうか、この世界の僕も変わらないか、と少し安心する。出来るなら、千尋と結婚できない、という事実も変わっていてほしかったが。また過去を振り返り寂しくなってはいけないと、僕はすぐに考えるのを止めた。
「ていうか!デート中に他の女の話はNGです!」
「お、おお・・・」
がっと勢い良く宣言され、反射的に身を引く。
「じゃ、じゃあ、今日はどういったプランで行くんだ?」
「え~、そういうのは普通男の方が考えているべきでしょ?」
今日の今日言われたデートのプランを構築しているなら、僕はただの予言者だろう。僕はそんな超能力じみたことは・・・っと、そういえば、次元を超えてきたんだっけか・・・。はは、予言もいつかできるようになりそうだな・・・。
「仕方ないですね、じゃあ私がリードしますよ」
「当たり前だろ・・・」
僕が若干呆れているのも意に介さず、ちょっと損なんですよね、と、琴音は脈略もなく話し出す。
「ほら、私たちって元からお互いのことを下の名前で呼び合う仲じゃないですか」
確かに。いつの間にか自然とそうなっていた。せっかくのデートなのに、呼び方も何も変わらないのは、何だか物足りませんよね~。琴音はう~ん、と頭を抱える。
「苗字で呼んでいるか、あだ名で呼んでいれば、真名の下の名前呼びはぐっとくるんですけど・・・」
真名、って。僕たちはそんな名を複数持っているような人間じゃない。
「そこはしょうがないだろう。名前呼びで」
他にどうしようもできないし、何せ、呼び方だけがデートじゃない。
「あ!」
僕が話題を変えようとすると、ピーンと何か閃いたように、頭の上に電球があるように、琴音は甲高い声を出した。
「おにいちゃんっ!」
「・・・」
思わず黙ってしまった、というより、多少なりとも引いてしまう。
「あれ?ときめきませんか?」
そんなに心底不思議そうな顔をするなよ・・・。
「僕は妹いないしな・・・」
「いや、だからこそですよ!耐性がないでしょ、この呼び方に」
う~ん。確かに新鮮ではあるが、ぐらっと心が揺れるほどでもない。というより、名前呼びを諦めた結果がこれか。もっと無かったのか、と思わざるを得ないが、ここは少し、僕も乗ってみるか。
ぽんぽん、と僕は彼女の柔らかい髪の上に手を乗せる。わしゃわしゃと手を動かしたらせっかくの髪型が崩れてしまうから、できるだけ優しく。
「ふぇっ」
な、なんですか・・・?琴音がびっくりして声を裏返しながら、僕の顔を不思議そうに眺める。困ったような、照れくさいような、そんな顔。
「あ・・・」
うん、僕も僕で何だか返事に困る。人の頭なんて、そういえば撫でたことなかった。単純そうに見えて、あれって実は技術がいるものではないのだろうか、と撫でながら思う。
「悪い、急に」
お兄ちゃんって言われたものだから、兄らしいことをしたほうがいいのかな、って。僕は説明した。条件反射みたいなものだった。まぁ、世の中の兄という生き物が妹の頭をなでることが責務なのかなんて知らないけれど。
「も、もう、やめてください、不意打ち・・・」
僕はそっと手を外す。琴音は顔をうつむかせ、見えないようにした。まったく、これくらいで恥ずかしがるタマじゃないだろうに。なんて思っていると、あ、と僕は閃く。もしかして、これは琴音の作戦か?だとしたら、割と効果はあるように思う。照れ屋な彼女、なかなか悪くない。
「上手いな」
「あ、バレました?」
てへ、琴音はあざとく舌を出す。
「理想のデート場所ってどこだと思います?」
結局いつもどおりお互い下の名前で呼ぶことになり、琴音が別の話題をふる。女の子らしい心理テスト、といったら少し違うが、はっきりとした答えが出ない類の問題だ。
「そう言われてもな・・・」
「ほら、答えてくださいよ!じゃないと始まりませんから」
こういった話題にはめっぽう疎い僕なので、何とか知恵を絞り、ありきたりの答えを出す。
「・・・映画館、とかか?」
「ぶー」
おっきな×印、琴音は腕を使って作る。
「違いますよ~、映画館なんて行っちゃダメですって」
「駄目って・・・。結構な数のカップルが行くんじゃないか?」
「いいですか?映画館に行くんでしたら、当然見るのは同じ映画ですよね。趣味が一緒ということで付き合ったのならまだしも、完全に波長の合う映画なんてありませんよ。一人が面白くても一人がイマイチ、みたいな、そんな結果の方が断然に多いに決まってます」
何か嫌な思い出でもあったのかよ、と感じながら、だとしても、と僕は反論する。
「あれが良かった悪かった、で見終わった後語り合えるじゃないか」
「ほら、そこです。ポイントはそこ。映画って2時間くらいですよね。つまり貴重な2時間が一言も喋ることなく浪費してしまうんですよ?」
浪費って・・・、好きで見てるなら無駄じゃないと思うが。
「デートだとしたら致命的です。もっといっぱい話すべきです。そうでしょ?」
まぁ、考えてみれば映画が面白くなかったときは、琴音の言う浪費状態とも言えなくもないか。
「だったら遊園地は?」
僕は第2の案を出す。
「はぁ」
「・・・いや、ため息をつくなよ」
そんなに素っ頓狂な解答だったか?
「あんなところ、もっと駄目ですよ」
「何でだ?」
「人が多いです」
「・・・人が多いって・・・」
そりゃあ人くらいどこでもいるって。
「乗りたいアトラクションに乗ろうとして長い間待つなんて、それこそ時間の無駄ですよ」
「だったらどこがいいんだよ?」
女心は難しいなぁ、と、知恵の輪を解くよりも難解だと感じる。僕は自分で答えを出すのは諦めて、素直に手助けを求める。
「デートなんですから、お互いのことをもっと知れる場所がいいです」
「つまり?」
「買い物に行きましょう!」
ありきたりだな・・・。もっと奇抜な提案をされるかと思った。それに、人の多さでは遊園地とあまり変わらない気がするな・・・。
「ちょっとこじゃれた言い方をすると、ショッピングですね」
そこまでこじゃれていないが・・・。なんて言うのは、全部野暮なことだろうか。
「ほら、買い物って誰がどんなものを好んでいるかわかるじゃないですか。つまり、その人の知らない一面とかが見えていいんですよ?」
「・・・確かに、それはそうだが・・・」
それって男が荷物持ちになるという未来が見えていないか?
「それに、街に出てぶらぶらとか、あんまりしてないでしょ?いいものですよ、時間に追われずに、ただ、まったりゆっくり過ごすっていうのも」
「・・・そうだな」
ま、何を言われようと、今日は琴音主催のデートだ。僕は従うつもりだったがな。
人ごみの雑踏。僕はあまり好きじゃなかった。カラスがごみに群れるように、といったら少し辛辣すぎるが、結局自己を満足させているという点では相違ない。そんな渦中に混ざることにストレスを感じないわけではない。しかし、僕のそんな後ろ向きの思考とは反対に、琴音の目は爛々とさせて、360度、まるで田舎から出てきた純朴の少女のように、何度も見たことがあるであろう景色を楽しんでいた。
カラオケにも、ボウリングにも行かない。恐らくはランキングを集計したら上位に食い込むであろう定番スポットを、琴音は提案しない。私、“琴音”ですけど、琴を弾いたことはないですし、音楽を志してもいませんしね。そんな言葉が返ってくる。カラオケに行かない理由にはまるでなっていないが、歌唱力の有無に関わらず、単純に恥ずかしいらしい。
あ、これはどうですか?デパートに入って、数々並ぶ洋服屋を一緒に回る。そうか、と僕は納得した感じで琴音を見る。ここで十分なんだと、彼女にとって、いや、おおかたの女子にとって、ここはテーマパークなのかと。スタイルも顔もいい琴音が、試着室で様々な服を着て僕に見せる。さながらファッションショーのようだった。どれも良く似合っている。これは感想が面倒だ、ということではなく、単なる事実だったのだが、やはり、というか、琴音にとってはお気に召さなかったらしい。一つ選んで、というから、僕は直感的に綺麗だ、と思った白のワンピースを指さす。
「へぇ~、やっぱりこれですか。千尋さんも好きでしたもんね、白」
・・・う。琴音が横目に文句・・・?かどうかは分からないが、苦言を言う。いや、そんなつもりはなかったんだが・・・。
結局、琴音は何も買わなかった。結構な時間試着して、結構な数の洋服を着こなしていたが、彼女は店員の圧にも屈せず、すっぱりといらないと断った。よかったのか、と聞くと、だって、荷物になるじゃないですか、と言うので、別に僕が持ってもよかったのに、とつぶやいた。
「駄目ですよ。荷物を持っていたら、手、繋げませんもん・・・」
と、顔を赤らめながら、小さな声で言う。ん・・・、と、僕も少し照れる。
折角買い物に来たのに、ウィンドウショッピングだけで終わらせるのも少しさみしいものがあったので、琴音がトイレに行っている間、近くの雑貨屋さんに立ち寄った。まぁ、雑貨という言い方も、今となっては古いのかもしれないが。
「どこ行っていたんですか!」
ご立腹な琴音に、悪い悪いと言って、さっき買ったばかりのものをはい、と手渡した。
「・・・これは?」
開けてみな、僕が促すと、琴音は小さな袋をぴりぴりと破り、ぷらんと中からキーホルダーを取り出す。
「可愛いだろ?」
三毛猫の小さなキーホルダー。僕自身、自分がセンスがある方だとはお世辞にも思わないが、ぱっと目に入った咄嗟の買い物にしては、悪くないと思った、のだが・・・。
「えー、猫ですかぁ」
琴音は不満そうな声を出してぷくーと軽く頬を膨らませる。あれ、失敗?
「私、犬派なんですよ?わんわんって、可愛いですし」
「そう言うなよ・・・」
確かにリサーチ不足プラス、僕が猫の方が好みだったから、という理由で猫をチョイスしたが・・・。
「それにしても、どうしてこれを・・・」
「まぁ、一応名目上はデートってことだからな。何か思い出ぐらい欲しいと思って、一応お揃いのキーホルダーにしてみた」
これだったら荷物にもならないしな。
「ま、気に入らなかったにしても、ここは彼氏のわがままとして受け取ってくれよ」
「はぁ、まぁいいです。さて、そろそろいい時間ですね。お昼ご飯でも買いに行きましょうか」
・・・まったく。
僕はズボンのポケットに手をいれて、やれやれと心の中で思う。僕より少し先んじて琴音は前へと歩く。るん、といった音が聞こえてきそうな感じで、まざまざとではないが、軽くスキップをして、手にもった猫のストラップを、後ろから眺めても分かるくらい、満面の笑みで喜びながら見て。ほら、早く行きますよ!心なしか、声のトーンも高くて軽くて弾けていて。そんな、心の中では嬉しくてたまらないみたいな、表面では悪態ついても、実は感情の裏返しみたいな、いわゆるツンデレ、みたいな振る舞いをこうも自然にできるものだ。
まったく、惚れてしまいそうだよ。
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