第52話 英雄にはなれずとも

 今からちょうど一ヶ月後、と、僕は渚に言われ、その月日が経った。この場所に門は現れる、と言われ、僕はその場所に来た。あと少しか、と声は少し零しながら、年明けを待つように秒単位で僕はここに留まる。勿論、たかが年が明けるくらいでまるで人生のピークだ、なんて喜ぶような楽観さはないけれど。


 思えば、と僕は振り返る。周りには誰もいない、物音も何もしない中、一人で、僕は今までの人生を懐古する。寒空の中、若干の風吹かれながら、僕はこの一年と半年を振り返る。個人的には、何年も、何十年も経ったことのような気さえするが、実際には、赤子がまだ赤ちゃんと呼ばれるを卒業する年月すら経っていない。


 前の世界で親友を失い、そして、親友に殺された。別世界に転生してきても、親友を守れず、被害は世界へと拡大した。この一ヶ月で、世界の人口は半分にまで減ったという。僕の知人が一人も消えていないことが奇跡といっても良い。まったく、何も知らない人間にしてもれば、えらく迷惑な話だ。僕がこの世界にさえこなければ、少なくともまだ、消えることはなかっただろうに。


 この世界消滅の原因が僕だとは誰も言っていないし、僕であるという厳然な証拠もない。ただ、そうであろうと、そうに違いないと、意固地な子供のように僕が思っているだけなのだ。だとすれば、責任を取るのは全うで、自分が出した埃は自分で拭うべきだろう。


 僕はヒーローにはなれないし、なるつもりもないけれど、少しだけヒーローというものの気持ちを想像してみると、きっと彼らは、只管に孤独なのではないだろうか。自分のせいで起きたことを処理することは、ヒーローじゃない。みんなやっていることだ。でも、彼らは、自分がまったく関係のないことに対処し、自分がまったく関係のない人間を守る。そして、守ったところで、それはヒーローだから当然だ、と特に恩赦を貰うこともないだろうし、逆に守れなかったときは、ヒーロー失格だと蔑まれる。勝っても負けても、結局彼らは一人ではないのだろうか。


 そんな彼らが闘いに参じる前、一体どんな気持ちなんだろうか。自分が敵よりも遥かに格上ならば、朝飯前と言わんばかりに気楽だろうが、逆に、相手が自分よりも圧倒的だったならば、それでも立ち向かわなければならないのならば、闘いの前というのは、怖くて怖くてたまらないのではないか。震えて怯えて仕方がないのではないか。


 つまり、何が言いたいかと言うと、僕はヒーローじゃなくて良かった、ということだ。自分が元凶ならば、それを正すことに、どうして恐怖が生まれようか、と考えることができるから。今の僕は、一切の脅えも震えも恐れも、何もないから。ただ、自分がどれだけ愚かで、どれだけどうしようもないかを、知っているだけだから。


「・・・来るか」


 まぁ、恰好つけていろいろ思考しているけれど、結局はその場の思いつきだ。ただの、時間稼ぎの時間潰し。5、4、3、2、1・・・0。


 ずん・・・っ!!


「うぉ・・・」


 何もない空間、暗闇の中、おもむろに一点の光が現れる。その光は自ら動き、門の形を象る。無駄に装飾にこった門だな、と笑うが、そのおかげで扉は安っぽくなく、荘厳なものになっていた。大きさは僕の身長だと比べる物差しにならないほど高く、幅もどっしりと構えていた。何も知らない人間だと、宇宙人の襲来か、なんて驚くかもしれないが、この創作者を知っている僕でさえ、とんでもないものを作ったな、と驚きを隠せない。渚がもし悪に魂を売っていたならば、世界に悪の科学集団が侵攻していたのではないかと思うほどに。


 凄まじいエネルギーを発散し、また、吸収し、その門は発現した。それは、ここを超えると、もう元には戻れないといった雰囲気を孕み、お前に通る覚悟はあるか、と言われているようだった。

「あるさ」

僕は心ならずとも口にしていた。


健二、お前とはもっとゆっくり、煙草を吸いたかったな。


真紀、振ってしまってごめんな、でも、料理はとても美味かったよ。


渚、猫になっても別にいい、なんて言ってたけど、本当は辛いんだろ?待ってな、もう少しの辛抱だから。


楓、お前にもいろいろと迷惑をかけたな。絶対に死なせない、すぐに解放してやるから。


・・・琴音。

本当なら、お前もここにいるはずだったんだ。お前も、みんなといっしょに笑って過ごしているはずだったんだ。結局、俺はそれすら奪ってしまったけど。もし、お前がどこかで見ているのなら、安心しな。必ず、蘇らせるから。


 さぁ、行こう。このペースで消滅が進むのなら、きっと、世界はもう少しで終わる。その前に、世界が終わる前に、僕は門を潜ろう。


 そして願わくば、もう一度、君に会えるだろうか━。


千尋。

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