第26話 拳語り
躊躇がないな。
そりゃそうだよ。あなたを殺せば、私の悲願達成なんだから。
ウチを殺した後、どうするんだ?
彼を殺す!
・・・で?
・・・?で、って?
その後はどうするんだ?全員、お前が心から愛していた奴すらも殺して、一人になったお前は、その後どうする、いや、どうなるんだ?
あー、そういえば、そうだね、あんまり考えてなかったや。
・・・。
ん~、ま、殺してから考えるよ!
真紀はその振りかざしに一切の配慮や遠慮ってもんを感じさせず、一直線にウチの命を狙いに来ていた。
「死んで死んで死んで死んでよ!」
右手に包丁を持ちながら、何も考えずに一心不乱に振り回す。一流の軍師のような練られた戦略なんて感じられない、ただ無鉄砲な攻撃だった。
「くっ・・・」
だが、その無謀さ、がむしゃらさは、往々にして功をなす。ウチも偉そうに語れるほど人生経験はないが、迷わないこと、これがどんなに力を発揮させるか、ぐらいは知っている。真紀は迷わず、ウチを殺りに来ていた、狩りに勤しむ獅子のように━。
彼、手を出してこないね。
ああ、ウチが頼んだから。任せてくれ、って。
ふ~ん。
本当は見ていられないだろうがな、ウチと真紀が、つまりは殺しあっているんだから。赤の他人じゃねぇ、友が、大切な親友が、殺しあっているんだから。
殺し合ってるんじゃないよ。これは一方的な私の殺戮。
ふん、本当は今すぐにでも止めてぇだろう。あいつはそういう奴だ、自分の命なんて二の次で、お前に刺されようが構わずに、ウチとお前の間に割り込めるだろう。
まぁそうだよね、彼ってそういう優しいところあるし!だからね、私怒ってるんだよ?楓ちゃん。
怒ってる?何にだ?
だって、彼って私の愛を真正面から受け止めようとしてくれていたんだよ!
お前の刃か。
私の為にそこまでしてくれるなんて!って惚れ直しちゃったよ!それなのに・・・。
それなのに?
もう!何で邪魔したの!?あとちょっとで彼は永遠に私の中で生き続けたのに!
・・・狂ってんな。
「あははははは!」
笑ってやがる。真紀の表情は、もう溺れていた。おそらくは、殺しという快感にもはや、魅入られていた。ウチは真紀に背を向けずに、後ろ歩きで何とか包丁を躱す。もしウチが忍者が何かなら、バック転か何かをしながら華麗に躱すんだろうが、勿論そんなわけにはいかねぇ。不格好に必死に避けてるさ。とはいえ、我ながらよく動けている。そして、よく視えている。真紀の顔も、動作も━。
もう、止めにしないか。
止め、って?何を?
今お前がやっていることに決まってんだろ。その刃を引っ込めろ。
嫌だよ、楓ちゃんも死んでもらわないと。
あいつが悲しむぞ。
うわー、自意識過剰って奴?自分が死ねば悲しんでくれるって思ってるんだ。
違う。お前が人を殺したら、だ。
え?
分かっているんだろう、本当は。あいつの心がもう、ボロボロだって。
・・・。
もうあいつには、ウチとお前しかいない。そんなウチたちがこうして殺し合っている。その意味が分からないお前じゃないだろ。
・・・分からないよ。
なに・・・?
楓ちゃんに、私の気持ちは分からない。私、幼馴染なんだよ。彼との付き合いは一番長いんだよ!?それなのに、後から出てきたのに、あの女に、すべて奪われた。
千尋、か・・・。
そう!あの女さえ現れなければ、すべてが上手くいってたんだ!それなのに、それなのに・・・!
「かはっ・・・!」
「隙が出来たな・・・」
ウチは一発、思いっきり真紀の腹に拳をいれた。真紀が腹を抑える、それでも、包丁は握り締めたまま離さない。
「いった・・・」
「・・・かなりいいのが入ったと思ったんだがな・・・」
倒れ込んでもおかしくないぐらいの勢いだった。だが、真紀は膝をつくことすらせず、すぐにまた刃を振り回す━。
世の中、そう思い通りにいくもんじゃねぇよ。
なに?私を説得でもするつもり?
ああ、そうだ。お前の為じゃねぇ、あいつの為に。
どういう・・・。
言ったろ、もうあいつは疲れはててる。もう嫌なんだよ。あいつの辛い顔、見るの。もういいだろう・・・?あいつが何をしたっていうんだ・・・。
それで?私が刃を引っ込めれば、彼は救われるってこと?
ああ。きっと泣いてくれるぜ?良かった、って。二人とも死なずにすんで、良かったって。
どうかな。私は琴音と渚の命を奪ったんだよ?許してくれるはずないよ。
心にもないことを言うな。
・・・。
あいつは、すべてを包んでくれる。お前の過ちもすべて。それも分かってるだろ。
・・・。
真紀、お前はまだ戻れる。お前の狂気はウチが止めてやる。だから、あいつを殺すなんて、史上最高に馬鹿げたマネするなよ!
「どうした?息があがってるぜ?」
真紀の動きは、明らかにキレがなくなっている。もともと体力がある奴じゃない。考えもなしにあれだけ腕をぶん回せば、限界がくるのは当然だ。
「はぁ、はぁ・・・。うぁあ!」
真紀は気合を入れ直すためか、ただの悪あがきか、大声を一つ出し、しかし、やはりただの力押しで迫ってきた。悪いな、もう目が慣れた、お前の動きはもう・・・。
「あがぁ!」
な・・・。
「油断大敵、ってね・・・」
噴射した、血が。右腕を、切断とまではいかずとも、かなり深く、えぐられた。
てめぇ・・・。
もう遅いよ、やっぱりなんにもわかってない。
なにが・・・。
今彼が苦しんでいるのは、私のせいじゃない。あなたのせいでしょ、楓。
ウチ・・・?
あなたが大人しく死んでおけば、傷心した彼は私が介抱して、ゆっくりではあっても、徐々に心の傷を癒しながら、未来へと歩をすすめられた。
なんだぁ・・・。ウチのせいで、お前はあいつを殺さないといけなくなったってか・・・?
そうだよ、私のことなんて放っておけばよかったのに。黙って死んでおけばよかったのに。私が犯人だってばれなければ、私は彼を殺すことはなかったから。
「あがっ・・・」
やべぇ、いてぇ・・・。体が熱い・・・。
「・・・ふふ・・・」
「っ!?」
ウチが痛みで動きが止まったところを、真紀は容赦なく責め立てる。体の急所、中心はかろうじて左腕で守るも、まるで無機物を相手どるかのように、真紀はなんどもなんどもウチの体を切り刻んだ。
「あ、あぁっ、あが、いやっ・・・」
いたい。いたいいたいいたい。いたいいたいいたい・・・!
「はっ、はっ、はっ・・・」
「やーっと大人しくなった・・・」
・・・ざまぁ、ねぇや・・・。調子のって息巻いて、これかよ・・・。
「・・・あはっ」
真紀は銀色に煌めく、紅い血で装飾された鋭利な先端をウチに向ける。もう真紀の姿に、いや最初からか、一切の躊躇いは見られなかった。
・・・死ぬな、これ。
はぁ、そういやウチ言ってねぇや。
最後に一言、伝えておきたかったなぁ・・・。
ウチの気持ちを、あいつに。
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