第24話 願うは一思いに

「例えば」

真紀はほっぺに人差し指をあてながら、うーん、と言って考え事をする。

「例えば今からあなたが死ぬのが怖い、と言って、私に命乞いをしてきたとしよっか」

成程、確かに例えば、だ。僕は、友に手をかけた人間のことを、どう頑張ったところで、今まで通りに接せない。

「私と結婚するから、許してくれ、かなんか言って」

そんなこと、口が裂けても、僕は言わない。

「う~ん、それはそれで魅力的なんだけどね。実際、私はそのために行動してきたんだし」

無論、真紀にもそのつもりはないみたいだけれど。

「でもね、もしそうなったとしても、どの道将来はあなたに言い寄ってくる女が出てくるから。ほら、浮気とか不倫って駄目、ってされてるけど、あれ裏を返せば、その人にそれだけ人としても魅力があるってことだからね」

何を言っているのだろうか。僕は理解ができなかった。千尋を死に追い込み、琴音を目の前でおめおめと死なせて、健二を・・・。

「・・・健二は・・・」

僕は考え事の途中、新たな疑問が横割りしてきた。

「健二もお前が殺したのか・・・?」

「ああ、忘れてた!そういえば健二くんも死んでたね」

・・・怒りじゃない。真紀の心無い言葉を聞くたび、ただただ悲しくなってくる。

「違うよ、あれは偶然。本当に交通事故だよ、少なくとも私は関与してない。別に私、健二くんは殺しの対象に入ってなかったから、どうでもよかったんだけど」

・・・もう、返す言葉も見つからない。ほら、こんな僕に、友のことをけなされている僕に、渚も、楓も、そして真紀、お前を護ることができなかった僕に、どんな魅力があるっていうんだ。

「えっと、何の話だっけ。あ、そうそう、つまりね、今の私は、あなたを殺したい気持ちでいっぱいだっていうことなんだよ!」

・・・吐息が漏れる。

「あなただけは、絶対に他の人に殺させない・・・。あなただけは、私がこの手で殺してあげるぅ・・・。ははっ・・・」

だいぶ、息が荒くなってきた、犬みたいだ。

「はぁ、はぁ・・・」

目ももうピントがあっていない感じだ。いや、逆に合いすぎているのか、僕の命に焦点が寸分の狂いもなく。

「・・・い、いい・・・?もう、いい・・・?」

恍惚な笑み、凄惨ともとれる。只管に興奮している。真紀はよだれをこぼしながら、汗で顔を紅潮させながら、ぺろりと手に持っている包丁を舐めた。

「私、もう、ダメ・・・。もう、ガマン、できない・・・っ」


落ち着いていた。

体中を快楽に支配されたように見える真紀とは対照的に、僕はすこぶる落ち着いていた。今まで生きてきた人生で、一番、といってもいいかもしれない。


僕は男だ。真紀は女。

僕は特に体を鍛えていた、なんてことはないが、それでも生得的に、僕の方が力は上だろう。僕もパニックに陥って、正気の沙汰じゃないのなら話は別だが、こうも心頭滅却できている状態なら、真紀のアプローチにも対処できるだろう。死なないか、ということは定かではないが。


真紀は刃物の達人ではない。当然だ、その方が圧倒的に当たり前だ。

だから僕ががむしゃらでもいいから足掻けば、怪我、例えば目が一つ潰れるような怪我を負ったとしても、少なくとも即死はしないだろう。痛みに耐えて、真紀の体を制することもできるだろう。


生きるべきだ。

ありとあらゆる方から可能性を考えても、生きるべきだ。

生きれば、今まで僕の所為で死んでいったみんなへの、償いになる。

生きれば、真紀に人殺しという罪を背負わせずに済む。

生きれば、この狂った人生もどこかで方向転換できるかもしれない。

生きたいと思っても生きられない人間がいる。

死にたくないのに死ぬ人間がいる。

そして、今、僕は、ここで、この場で、生きている。

だったら、生きるべきなんだ。


が。

でも。

だが。

しかし。

それでも。

だけれども。

僕に、生きる価値は、ない。


「あ、そうだ・・・、最後に、一つ・・・」

生きていれば償いになる?

だったら、死刑という制度は存在しない。

死こそ償い、その考えの結果生じたのが、死刑なのだから。

もし、今の僕のこと状況をすべて把握している人間がいるのなら、彼らはきっと言うだろう、お前はもう、死ぬべき人間だと。


「愛してるよ」

真紀は僕の名を呼ぶ。

そしてゆっくりと僕との距離をつめてくる。

鈍足な動き。ますます、制すには簡単だろう。

ただ。

僕の足は一歩も、動かない、動かさない。


「あは」

知ってるか?

「あはは」

刃物っていうのは、すぐ死ねないんだ。

「あははは」

だからこそ、僕は琴音と話すことができたんだから。

「あはははは」

それにさ、僕、痛いの嫌いなんだよ。

「あははははは」

そう考えたら、包丁より、拳銃の方が良かったな。

「あはははははは」

撃たれたことないし、言ったら、刺されたこともないから、分からないけれど。

「あははははははは」

きっと、包丁よりは、苦しまずに死ねるだろうから。

「あはははははははは」

あ、でも、心配いらないか。

「あははははははははは」

真紀。きっと君は、躊躇してくれないだろう。

「あはははははははははは」

一思いに、心臓を貫いてくれるだろう─。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る