第23話 一途な愛
「な~んだ、知らなかったんだ」
真紀は片手に包丁を持ちながら、それでも平然と声を出す。誰しもが料理の時に、当たり前に使う殺傷物。見慣れているはずなのに、その刃物が帯びている雰囲気はまるで違っていた。
「はぁ、やられたよ、楓に」
真紀は悔しそうな声を出した。
「楓が言ってたんだ。もうあなたはすべて知っている、って。あなたが私を呼びだしたのは、すべてに決着をつけるつもりだから、って」
・・・そうだったのか。僕が真紀を呼び出したのは、楓の指示だった。そして僕は、楓から一言言われていた。真紀には気をつけろ、と。
「嘘だったんだ、一本とられちゃったな。私も甘いな、楓を敵、って見定めているのに、どうしてすぐにあの子の言葉を信じちゃったんだろ」
「友達、だからだろ」
僕は即答した。
「今までいっしょに過ごしてきた仲間だったから、その言葉は疑えないんだろ」
僕がそうだったように。
「ああ、そうかもね」
真紀は興味なさげに生返事をした。
「・・・楓は・・・」
僕は楓の名前を出しただけだった。すると、条件反射か、その単語にすぐさま真紀は反応した。
「あ、死んでるよ、今頃」
「・・・は・・・?」
今の真紀は、言葉を平然と語りすぎる。
「本当はね、身を引くつもりだったんだよ?だって、あなたは千尋のことしか見えていなかったから。あなたが幸せになれるのならば、私は陰ながら応援するつもりだった。でもね、気づいちゃったんだ。あの時」
あの時。
僕はその言葉からすぐに察する。いや、そんな不確かなものじゃない。確信する、はっきりと自分の目で見るかのように。
「千尋が死んでくれた、あの時に!」
真紀は嬉しそうに笑いながら、声の調子をあげながら、言った。
「私の全身を瞬時に駆け巡ったのは、千尋が死んだ悲しみじゃなく、友を失った切なさじゃなく、言いようもない、得も言えない、どうしようもない喜びだった!」
「気づいちゃったの。ああ、そうかって。私はやっぱり、一番じゃなきゃ嫌なんだって。あなたにとって、メインヒロインは千尋で、私は報われないサブヒロイン。それがどうしても、許せなかったんだって。私が千尋に抱いていたのは、女同士の友情なんかじゃなくて、ただの、憎しみだったんだって。愛する人を奪った、卑怯者だったんだって」
「だからね、千尋が死んだあの日、気づいたんだ。そうだ、いなくなればいいんだ。あなたの周りの女が全員、消えればいいんだ。他のみんながいなくなって、あなたの周りに私しかいなくなれば、あなたは私を愛さざるを得ないって、気づいたんだ」
「ちょ、ちょっと待て・・・」
僕は冷や汗をかく。脳に一瞬で、最悪のシナリオがよぎった。
「周りの女、全員って、まさか・・・!」
会っていない。
「え、知らなかったの?」
僕は昨日も、一昨日も、その前も、会っていない。
「何だ、てっきり把握しているかと思ったのに」
あの化学者に、博士に─。
「・・・うん、死んだよ?あのエセ研究者」
渚に、会っていない・・・!
「・・・う、嘘だ・・・!」
「嘘じゃないよ~、だって止めを刺したの私だもん」
・・・まずい、頭が追いつかない。それでも構わずに、真紀は続ける。
「琴音を殺した男を利用してね。まぁ、あの男には私が入れ知恵してたから。わざとしっぽをつかませて、のこのこやってきたところを殺せば、って。まぁあの男はあなたがやってくる、って思っていたみたいだけど、私は楓を誘うつもりだったんだよ?あの子の性格上、絶対あなたを危険な目には合わせないって知ってたから」
「そうしたら驚いたことに、楓じゃなくて渚って女が来て。まぁ、どの道消すつもりだったから、私としてはどっちでも良かったんだけど。あの男、面くらってたね、目の前に来たのが女だったから。何で知ってるのかって?だって見てたもん、ちょっと離れたところからね」
「そもそも、あの男って、殺しとか向いてないんだよ。私がどうにかけしかけて、根底に抱いていたあなたへの恨みを掘り起こしたけど、本性はただの小心者。だから楓だろうが渚だろうが、あいつには殺せないだろうな、って期待してなかったんだ。だって、琴音を殺したくらいで精神ぼろぼろになっちゃうくらいの臆病者だったし」
「琴音の性格は知ってたからね。もしあなたと二人でいるときに、あなたに不都合な何かが起こる、今回の場合はあなたが刺されそうになるなんてことが起きたら、間違いなくかばうって。そういう女だから、あいつは」
「計算通りにあなたをかばって死んだのは良かったんだけど、そのせいであの男が壊れちゃったのは予想外でね。これじゃあ二人目以降は役に立たないな、って思ったから、別の方法を考えたんだ。私、できるだけ自分の手は汚したくないから他人を操って殺させようと思ってたんだけど、仕方ないな、ってことで、その傀儡の男ごと、爆殺しようと決めたわけ」
「何も知らずにやってきた渚を、案の定あの男は殺せない。爆弾は目立つからできれば使いたくなかったんだけどね、男ごと家をドカン!そしたら執念か幸運かは分からないけど、あの女即死してなくてね。まぁ、放っておいても死んだだろうけど、万が一があるから。私がちゃんと顔を踏みつぶしてきたんだ。ほんっと、あの絶望にゆがめる顔と来たら・・・。ふふっ♡」
「あ、でもね、私の基本的なポリシーは自分の手は汚さないってことなんだ。だから、楓に関しては私は直接手は下していないよ?ただ、もう時間的に天国に行ってるな、っていうこと」
・・・声は聞こえていた。ただ、内容は入ってこなかった。もう、何も分からなかった。優しい真紀が、幼馴染の真紀が、楽しそうに、嬉しそうに、嬉々と、人を殺したことについて、語っていたのだから。
「むぅ、だけど失敗だね。バレちゃったもん、私の計画。こうなった以上、あなたは私のことは愛してくれないでしょ?だったら、死んで。あなたが死ねば、あなたは永遠に私のもの・・・!はは、そう考えると、考えただけで・・・」
「濡れる・・・っ」
「こういうのを、一途な愛、って言うと思わない?」
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