第34話 訓練は良いものだ

 声のした方に行ってみると、どこかで見たことあるような……金髪ツンツンヘアーの引き締まった瘦せ型の青年が俺と目が合うと嬉しそうに手を振る。

 青年はノースリーブの革鎧に青っぽいアンダーウェア、腰を護る革の段ビラにひざ下までのブーツ。ブーツと被る様に革の脛当てをつけている。背には大きな剣を背負っていた。

 

 こいつは……どこかで会った記憶が……

 

「やあ」


「師匠、俺に稽古をつけてもらえないでしょうか?」


 金髪ツンツンヘアーの青年は俺に体育会系的な礼をする。「おっす!」とか言いそうだよ……

 

「ええと……」


 戸惑う俺に、青年は白い歯をキラーンとさせながら口を開く。

 

「師匠。ハルトです! 怪我が完治したら稽古してくれるとお約束した……」


「お、おう。怪我はもうすっかり良くなったの?」


「ええ!」


 思い出した。思い出したよ! 金髪ツンツンヘアーの青年――ハルトとはラビリンスで会ったんだ。たしかハゲ頭が肩に担いで階段を降りて来たんだったな。あの時怪我をしていた青年はこの前集団で俺のダンジョンに来てくれた時に他の冒険者と同じように修行をつけてくれと頼まれた。

 でも、その時ハルトはまだ傷が痛むようだったから、治ったら稽古しようと言っておいたんだ。

 稽古がきっかけでもダンジョンに来てくれればポイントが入るからな。

 

「どうしよう。今は彼ら冒険者とのことがあるからなあ」


 俺はマミたち冒険者を見渡し、肩を竦めるがハルトはそんなこと全く問題ないと言う風にハキハキと白い歯を見せながら、俺に答える。

 

「大丈夫っす! 師匠! 俺、二週間くらいここに寝泊まりしようと思ってますので。お手すきの時に稽古つけてください!」


「お、おう。気合が入ってるな。手が開いた時に相手するよ」


「ありがとうございます!」


 ハルトはまた暑苦しい礼をして、自身の荷物を置くと他の冒険者の手伝いを始めてしまった。

 「ありがとう」と言いたいのは俺の方だよ。彼が居てくれるだけでずっとポイントが入るんだぞ! 三食食事つきで彼にずっと住んでもらってもいいくらいだぜ。

 ちらっと聞いてみようかなあ。彼は人当たりもよさそうだし、少し暑苦しいところはあるけど好青年だ。冒険者でもあるから、冒険者事情について都度彼の意見を聞くことだってできる。

 よし……滞在予定の二週間で上手くこっちに引き込んでやろうじゃないか……ククク……

 

 俺がニヤニヤと悪そうな目つきでハルトを追っていると、ユキの手の平に視界を遮られる。

 彼女は眉をしかめ、背伸びをすると俺の耳元に口を近づけて囁く。

 

「まさか、夜叉くん……どっちもいけるの?」


 いけるって何がいけるんだ?

 

「いけるって何のこと?」


 俺が聞き返すと、ユキは少し頬を染めて耳に引っ付くくらい口を俺に近づける。

 

「何って、男同士でもってことよ……」


「え、ええ!」


 つい大きな声をあげてしまい、何人かの冒険者にこっちを見られてしまった。

 

「わ、私は別に構わないわよ……でも少しだけ見せて欲しいな……」


「待て待て、俺にそんな趣味は無いから……彼に稽古をつける話をしていたんだって」


「へえ」


 まだ信じていないな……ユキの顔がそう物語っている。

 

「いや、ここに二週間住み込みで、俺の手が開いた時に修行をつけてくれって言われたんだけどさ、ずっといるってことはさ……」


「なるほど。夜叉くんらしいわ。それで嫌らしい顔をしていたのね」


「嫌らしい顔とは失礼な……二週間以上留めるのにどうしようかと考えていただけだよ」


「居れば居てくれるだけポイントが入るんだものね。まあ、夜叉くんの気持ちは分からないでもないけど……」


 とりあえずユキは納得してくれた様子だから良かったよ。まさか俺の男色を疑うとは斜め上過ぎるだろ!

 

 ユキと話をしていたら、冒険者たちの荷下ろしは終わったみたいで夕食の準備にさっそく取り掛かっている。

 俺とユキは彼らを手伝っていると夕食に今回も同席させてくれることになった。

 

 俺はユキ、ハルト、マミと同じテーブルで缶ビールを口にしながら、焼きあがった肉や野菜を食べている。今回の夕食は豪快にバーベキューで網を四つ並べて次から次に肉を焼いていっている。

 前回のキャンプは練習を兼ねてってことだったんだけど、今回のキャンプは完全に休暇で来ているらしくアルコール類も多数用意されているから俺も缶ビールを開けているってわけなんだ。

 猫は……肉が大好きで普段余り食べさせていないから網に張り付いてよだれを垂らしているんだけど、止めても無駄だから放置することにした。

 

「夜叉さん、聞いたよお。実は強いんだってね」


 マミが缶ビールを口に運びながら、俺を肘でコノコノーといった風に突ついてくる。

 

「いや、そんなわけでは……」


 俺が曖昧に答えようとすると、ハルトがキラーンと歯を輝かせて割り込んできた。

 

「師匠はもうありえないくらい強いんすよ! モンスターパニックを一人でかつ短時間で全て倒してしまったんですから!」


「えええ!」


 マミは心底驚いたという顔で目を見開き俺を見てくるが、缶ビールが彼女の手から落ちて転がった……勿体ないじゃないか。

 

「そうよ! 夜叉くんはまあまあ強いんだから。魔法は使えないけど格闘ができるのよ」


 ユキもハルトに同意するようにうんうんと頷いて、アップルサイダーを飲んでいる。アップルサイダーと缶には記載されているけどしっかりと「これはアルコールです」と付記されているな……

 彼女の青白い肌が少しだけ赤みかかっているので、少し酔っているんだろう。普段よりテンションが高い……

 

 いやいやそんなとか俺の強さ談議に花を咲かせている三人にたまに割り込む形で缶ビールを三本ほど開けた頃……俺以外の全員がその場で寝てしまった。

 弱すぎだろ……全員。

 

 俺は仕方なくハルトを抱え上げて、彼の持ってきた寝袋に放り込み、マミはカラオケをお楽しみ中の禿頭に任せて、ユキを抱え上げて三階の居住スペースへと向かう。

 弱いんだったらそんなに飲むなよなあ……俺はユキを彼女の部屋のベッドに寝かせると風呂にゆっくりと入り、暖かいココアを飲んでから自室のソファーベッドに寝転がる。

 

 ベッドでゴロゴロしながら、冒険者の修行をつけるアトラクションを拡大できないものかと思案する。俺一人だと冒険者同士の組手も含めたとして四人くらいまでなら問題なく稽古をつけることが可能だ。

 必要な施設は冒険者用の宿舎と食料か。風呂とキッチンは広場にあるものを使ってもらうとして、宿舎はプレハブかアパートのどっちかかなあ。できれば各部屋にトイレは欲しいな。

 

 一人当たり一日十二ポイント入るから、一か月で三百六十ポイント。うん、先行投資で四人分作ったとしても、一人でも住み込みをしてくれたら元が取れそうだ。

 ハルトと組んでいた冒険者グループやマミたちに声をかけてみるかな。ハルトが来るまで考えてもいなかったけど、この案は素晴らしいぞ。

 人数が増えそうなら、牛鬼に戻ってきて修行を手伝って欲しいなあ。もしそうなったらジェネラルに相談するか。


 考え事をしているうちに、俺の意識は遠のいていく……


※キラーン

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