第33話 師匠
最近ユキに夕飯の料理をまかせっきりだったから、今日は俺が作ることにしたんだけど……食材が殆どない。ええと、残っているのはひき肉に玉ねぎ、ワンタン、もやし、コーンか。バラバラだけど、これならまあ何とかなるか。
ユキに卵だけ出してもらって、ハンバーグにワンタンもやしスープにすることにした。玉ねぎを切って、ひき肉と混ぜて小麦粉に卵を入れて捏ねる。フライパンに幾つかに分けたハンバーグのタネを置いて火を入れる。
焼き目がついたら、醤油、みりん、水と隠し味に辛子みそを入れて溶いた液体をフライパンに入れて落し蓋をする。十分くらい中火で放置して、落とし蓋を開けてハンバーグをひっくり返して後は弱火でじっくりと蒸らす。
ハンバーグを蒸らしている間に、鍋に水を張って沸騰させた後、中華だしとごま油を少し入れてワンタンを煮込み、弱火にしてもやしを入れる。
簡単だけどこれで完成だ。できればサラダも欲しいけど、食材が無い! 欲しければレタスでも出してくれ。
食事が出来たらユキに取り分けてもらって、クロがご飯をお茶碗に入れてくれる。
「わー。夜叉くんのハンバーグ。久しぶり」
ユキはウキウキした様子でテーブルに座り、手を合わせる。
クロはすでに口からだらしなくよだれが出ていて、今にも食べ始めそうだ。
「いただきます」
俺達三人の声が重なり、一斉に食べ始める。
必死に食べていて会話が通じないクロを放っておいて、俺はユキに新設する風呂場について相談を持ち掛ける。
「ユキ、風呂場なんだけど、どんな感じのアイテムを選んでいるんだ?」
「ん。女子向けかも?」
ユキは首を
女子向けかあ。それなら問題ないか。ポイント的に男女別で風呂場を作ることができないから、時間制にして男女入れ替える予定だ。
女子が入るにあたって問題なければ、まあ大丈夫だろ。
「了解。どんなのを選んでいるのか楽しみだよ」
「事前にパンフレットを見る?」
「いや、いいよ。出てからのお楽しみにするさ」
「うん」
ユキは嬉しそうに頷くと、またハンバーグを食べ始めた。
「あ、夜叉くん」
しばらく無言で食事を食べていたら、ユキが思い出したように俺の名を呼ぶ。
「ん?」
「トレーラーハウスを一つ出さない? 百ポイントだし」
「あ、それはいいけど。トレーラーハウスって六人くらいまでしか寝れないよな?」
「寝るのは別にして、着替えとかにつかえるじゃない。お風呂場の脱衣場でもいいけど、時間制にするんでしょ?」
「あ、ああ。なるほどな。確かにあると便利だよな。女性の着替えの為だよな?」
「うん!」
さすがユキだ。男の俺だと気が付かないところに気が付いてくれる。百ポイントなら問題なく作ることが出来るからな。
一応六人までなら、トレーラーハウスで泊ることもできるしあって損はない設備だと思う。
そうだ。もう一つ、二階に迷宮を作ろうと思っていたんだよな。これもポイントは大丈夫なはず。
「ユキ、迷宮を作ってみようと思うんだけど、他に優先した方がいい施設はあるかな?」
「そうねえ。遊びより滞在するのに快適になる設備の方がいいかも?」
お互い疑問形になってしまった。ユキは俺の意見である迷宮について考えてくれているようだから、俺はユキの言う「快適になる設備」を少し考察してみるかな。
トレーラーハウスを行き渡らせるのなら、あと三つ……三百ポイント必要だからポイントが足りない。足りる分だけ作るってのもありだけど、中途半端になってしまうから後回しでいいかなあ。
となると……キッチン、冷蔵庫、電子レンジ、オーブントースター辺りかなあ? 洗濯機はさすがに要らないだろうし。
「夜叉くん、少し考えたんだけど、迷宮より冷蔵庫を先にしないかな?」
俺が考えをまとめる頃ちょうどユキが話かけてきた。
「俺は迷宮の前にキッチンかなあと思ったんだけど、ああ、食材が保管できれば、夜に作っておけば次の日の昼に食べれるか」
なるほど、長居しやすくなるのか。ポイントに直結するいい案だと思う。
「待って、夜叉くん、キッチンの方がいいかも? ただ、コンロの数は多めに必要かな」
ユキはキッチンがあれば、翌日の昼でも火を起こさず手軽に食事が作れると自身の考えを述べる。うーん、どっちも捨てがたい。
「ユキ、冷蔵庫を三つほどとキッチンのコンロ八個付きでポイントはいくつくらいになる?」
「んーそうね。合計で百ポイントくらいと思うよ」
「お、それならキッチンと冷蔵庫の両方を作ろうじゃないか。迷宮は後回しにしよう」
「分かったわ。お風呂の後に出したらいいかな?」
「ああ」
話がまとまったところで、夕食の残りを食べ終わると、食器を洗ってお風呂に……今日は一人で入る。入るんだ……
◇◇◇◇◇
朝起きると、寒くて暑い。矛盾しているかもしれないけど、矛盾していない。右にユキが絡まり、左にクロが乗っかっているからな……ユキは冷たくて、クロは俺より体温が高いから暑いというわけだ。
昨日寝た時は一人だったんだけどなあ……いつの間にやって来たんだろ?
俺はそっと二人から抜け出し、起き上がるとユキが「ううーん」と少し悩ましい声を出して俺の背中に抱きついて来る。
「夜叉くん、誰か来たみたい……」
寝ぼけていてもポイントのチェックは怠らない! どこでチェックしてるんだろ? 聞けば教えてくれるけど、聞くほどのことじゃないかあ。
「分かった。見て来るよ」
俺はクローゼットからジーパンと白のTシャツを取り出すと、その場で着替えてスニーカーを履きダンジョンの入口へ向かう。
落とし穴を登って、広場に出るとすでに人が多数集まっていた。あれは、髭面とマミのグループだな。前回来てくれた時より人が多くなっている。
目視でざっと数えただけだけど、二十人以上いそうだぞ。これは、朝からテンションが上がるぜ!
「やっほー」
マミは俺を目に留めると片手をブンブン振って挨拶をする。俺も同じようにマミへ手を振り返し彼女の元へ歩いて行く。
「また来てくれたんだな。ありがとう」
「うん。この前の練習が好評だったから、来たいって人を連れて来たんだー」
「あれからいろいろ作ったんだよ。遊んで行ってくれると嬉しい」
「おおー。じゃあ、さっそく見て回るね」
マミはウキウキした様子でビリヤード台が置いてある区画の方へと向かって行く。喜んでくれるといいんだけど。
彼女らのグループが昨日作った風呂場とトレーラーハウスの初めての利用者になりそうだ。使った後、感想を聞きたいな。
マミが行ってしまったので、俺は髭面とキャンプ施設の使い勝手や欲しい設備について話合っていると……いつの間にか広場に来ていたユキから肩を叩かれる。
「夜叉くん、誰か来たわよ。一人かな?」
「おお。見に行くか!」
一人の冒険者は稀にいるけど、冒険者ってたいがい数名のパーティを組んでダンジョンに潜る。一人だと休憩するのも大変だからな……一般的なダンジョンだと。
俺のダンジョンなら、そのまま寝てくれても安全だから気にせず寝てくれていい。
俺が動こうとした時、遠くから大きな叫び声が響き渡る。
「夜叉師匠!」
え? 誰だろ……俺のことを師匠って呼ぶ冒険者なんていなかったはずだけど……
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