第32話 うっしーが来たふも
俺の心は燃えてきたんだけど、体は冷え切っている……そう、ユキと一緒に風呂へ入っているのだ……彼女はもちろん裸で俺の背中を流してくれて頭まで洗ってくれた。
そこまでは良かった。彼女の体に少し見とれていたりと甘い空気だったんだけど、石鹸とシャンプーの泡を落とす時から寒中水泳が始まってしまう。
冷たい! まるで山の湧水のような冷水を頭にかけられ、次に体にもかけられる。それで一気に冷えてしまった体を暖めようと風呂に入るが、風呂の氷水はもっと冷たい!
どうしろってんだよ! ユキは風呂椅子にちょこんと腰かけ何かを待っている。うん、俺に洗って欲しいんだよな。分かる、分かるよ。
でも、手がかじかんで上手く洗えそうにないんだけどな……
俺はユキの髪を洗おうと彼女の後ろにしゃがみシャンプーの入った容器を手に取る。
ゆ、指が震えてなかなかシャンプーを取り出せないが、頑張って容器をプッシュすると中から液体が出てきて、手のひらで受け止めようとするけど、ドバーッと出てしまった。
手のひらからポタポタとシャンプーを垂らしながらも、ユキに冷水をかけてから彼女の髪を洗い始める。
ユ、ユキの頭皮は冷水並みに冷たい……なるほど。彼女の体温から推し量るに手がかじかむ程の冷水でちょうどいい塩梅なんだろうな……
続いてユキの背中をゴシゴシと洗って、冷水をかけて完了だ。良くやったぞ。俺!
「ユキ、終わったぞー」
俺は冷水を彼女の肩からかけながら、洗い終わったことを告げる。
「夜叉くん、前も洗う?」
ちょ! 吹きそうになった。前を洗うのはとても嬉しいけど、割に俺の体は限界なのだ。温水を、俺に温水を与えてくれ。なら、喜んでユキの胸を洗おうじゃないか。
今はもう指先が震えて、触れた感覚を味わえない……
「あ、い、いや……」
「夜叉くん、恥ずかしがってるの?」
ユキは無邪気に俺をからかってくるけど、俺が寒さで震えていることなんて思ってもみないだろう。
「夜叉くんたら、可愛いところもあるんだね」
ユキは立ち上がって、後ろを振り向き俺の方へ一歩踏み出すが、そこは……俺の落としたシャンプーが!
ユキはあまりにお約束過ぎる動きで、シャンプーに滑って転ぶ。
俺は慌てて彼女を受け止めようと動くが、足がうまく動かない。
俺はユキに押し倒されるような形で仰向けに床へすっ転んだ。その上からユキが俺に密着するように覆い被さる。
俺の肩辺りにユキの顔が!
彼女の胸が俺の胸の下あたりに当たってる。残念ながら、彼女の胸はマシュマロみたいじゃなかったけど、少しだけ柔らかいおっぱいの感触が。
「ユキ……」
「夜叉くん……」
俺とユキは見つめ合い、自然と顔が近づき……俺の意識も遠のいていく……もう寒さの限界だ……
◇◇◇◇◇
目覚めると自室のソファーベッドで寝かされていた。俺の体は人間と違い、凍傷になることは無いし寝れば回復する。
あちゃー、ユキには悪いことをしてしまったなあ。
ソファーベッドのそばにはユキとクロが心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
「ユキ、ごめん」
「いいのいいの。無事でよかったよお。夜叉くん、ずっと頑張ってたから疲れていたんだよね」
「あ、ああ……」
いい具合に勘違いしてくれたけど、ちらりと横目で見えたクロの表情は固まり、ふるふると首を振っている。
彼女はユキと風呂に入るとはどういうことか分かっているからな……
その時、部屋の扉が開く――
――扉から姿を現したのは、ホルスタイン柄のパーカーにボディコン衣装のうっしーだった。
「うっしーが来たふも。あ、お取込み中? さ、三人でとはなかなかやるふも……」
うっしーは勘違いしたまま扉を閉めようとしたから、俺はすぐに突っ込みを入れる。
「取り込んでないから! どうしたうっしー?」
「お客さん、連れて来たふも」
意外なことにうっしーがお客さんをダンジョンに連れて来てくれただと、役に立たないかもと思っていたからビックリしたよ。
「何だって! ユキ、ポイントは入ってるのかな?」
俺がユキに確認すると、彼女は「う、うん」と頷く。
「夜叉くん、十ポイント入ってるわね」
「十人も! うっしー、やるじゃないか!」
「道が険しくて、引率しないとだったふも……十人が限界も?」
うっしーは少なくてすまないといった風だけど、ここはラビリンスと違うんだぞ。十人来れば、団体様だよ!
「そ、そうか……ハイキングに慣れてないと辛いってあの教師も言ってたな……」
こればっかりは仕方ないよなあ。
うっしーの連れて来たお客さんたち十人は一般人らしく、若い女性が多かった。彼女が言っていたお店の常連客なんだろうな。
お客さんたちはうっしーと親し気にしゃべっていて、テーブル席でしばらく談笑すると帰って行った。事前にうっしーに二時間は粘れと申し付けていたから、きっちり二時間滞在していってくれたのがありがたかったな!
うっしー……ふざけたしゃべり方をするから、当てにしてなかったけどやってくれるじゃないか。
俺は拳をギュっと握りしめ、後片付けをするかとテーブル席に置いてあるグラス類に目をやると、ユキとクロの微妙な表情が目に入る。
「あのホルスタイン、おっぱいだけじゃなかったでござる……」
「そうね……」
何やら不穏なことを二人が囁きあっているけど、そんなにうっしーのおっぱいが気になるのかよ。たしかに奴のおっぱいのサイズはホルスタインだったけど……そこまで目の敵にするもんでもないと思うんだけどなあ。
この日は冒険者の二人組がダンジョンにやって来たので、ビラを渡してお帰りいただいた。また来てくれよなあ。
翌日の夕方にラビリンスで俺が救助した冒険者の一行が尋ねて来てくれた! その数二十五人。おお。あの時こんなに人数がいなかったけど、仲間もついでに連れて来てくれたんだな。
彼らは俺に格闘指南をして欲しいってことだったんで、希望者に夜まで組手をしながら、その後宴会となる。みんなで飲めや歌えの大騒ぎをした後、冒険者それぞれから「ラビリンスの宝箱」について礼を言われた。
俺にとって価値のあるものじゃなかったから、少し気が引けたけどお礼を言われるのは悪い気がしない。いやあ、お礼というなら二日くらい泊っていってくれるといいなーと思ったけど、口では「また来てくれ」とアピールするに留めておいた。
余りがっつき過ぎて、来なくなったら嫌だからなー。
彼らは翌日の日が暮れる頃に帰って行った。外は夜になって大丈夫なのかと尋ねたら、暗闇での行軍に慣れるためにワザと夜に動くんだそうだ。なるほど、人間たちは暗闇だと何も見えないからなあ。
明かりをつけて進むんだろうけど、ダンジョンも真っ暗なところが多いし、練習としては悪く無いのか。
夕方まで居てくれたから、ポイントがもうガッポガッポだぜ! 行って良かったラビリンス。素晴らしい。今回の冒険者だけで三百ポイントだよ! もう笑いが止まらねえぞお!
これで風呂が作れるぞ。さっそくユキとクロに相談しようかな。
俺はウキウキしながら、食堂に向かうのだった。
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