第31話 アレを見せてくれ

 学生たちが作っていた料理は定番中の定番である「カレーライス」だった。ご飯を炊き、カレーの具材を切って大鍋で煮る。最後にカレールーを入れたら完成だ。紙の深皿にスプーンを各自用意して順番にできたてのご飯を持ってから、大鍋のカレーを注ぐ。

 手伝ってくれた俺に俺達もご馳走になり、片付けが終わった後はカラオケしたり、ビリヤードや卓球で遊んだりと各自楽しんでくれたようだ。

 

 中年の教師の指示に従って早めの就寝時間が定められていたらしく、彼らは時間になると寝袋を準備して各自就寝する。

 概ね全員の寝る準備が完了したところで、中年の教師の手が開いたと思った俺は彼をステージ横のテーブルに誘う。


 俺は彼のためにアイスコーヒー缶を手渡し、自分用に暖かいココアを準備しテーブル席に腰かける。

 

「ありがとうございます。ここは安全でダンジョンの中だけに気温、湿度ともに良好でキャンプをするには最高ですね」


 中年の教師は俺達の作ったキャンプ施設を絶賛してくれる。思わぬ高評価に俺の顔も緩むってものだ。

 

「こちらこそ、来ていただけると助かるんですよ。どうぞ、また来てください」


「ぜひ、お願いします。そのうちここは人気が出るでしょうから……予約が必要になりそうですね」


 中年の教師は懸念点を述べるが、予約が必要になるまで俺のダンジョンに人が来るって? そうなったら嬉しくて飛び上がるぜ。問題無い。そこまで人が来る頃にはキャンプ場をいくつも増設してやるから大丈夫だ。

 

「もしそうなれば嬉しいですよ! 拡張は簡単にできるので予約の心配はありませんよ」


 うん、ポイントがあれば拡張なんてすぐだ。すぐ。半日もかからねえぞ。

 

「おお。それは頼もしい」


 中年の教師はカラカラと笑い、コーヒーのプルタブを開けてゴクゴクとコーヒーを飲む。

 この後、俺と中年の教師は俺が考えている迷路やトレーラーハウス、風呂などの案を彼に話をすると、彼は真摯に俺の案を検討してくれて優先順位をつけてくれた。

 客層を考えるのも大切だと彼は言っていた。俺のダンジョンへ人間の街から来るには、少し遠距離のハイキングをしないといけないらしい。一般人でも問題はないだろうけど、大きな荷物をかかえてのハイキングはなかなかタフだと思うと彼は述べる。

 確かにそれは俺も前から懸念していたことだ。しかし、彼の続く説明に俺は目から鱗だった。

 

 タフなハイキングを行ってここに来てくれる人達を想定したキャンプ場造りをしてはどうかと彼は提案してくれたのだ。今回来たような学生グループや冒険者、アウトドア好きの一般人を客層に想定すれば、どのような施設を作るかの目安になるのではってことだな。

 なるほど! 来ることのできる客に絞るか。そして想定客層を満足させる。うん、お陰様で方針が見えて来たぞ。

 その日の風呂は彼らが来ていることもあり、ユキと一緒に風呂に入る約束はお流れになる。彼らをもてなすことが優先だから仕方ない……いや、先延ばしにしても氷風呂は必ずやって来るんだけどな。

 

 翌日の昼頃、マリコたちは帰って行った。俺達は総出で入口まで彼らを見送り、また来てくださいと彼らを送り出す。教師は他のクラスの教師にもこのダンジョンを紹介してくれると言っていたから期待大だな。

 ライル少年を助けたことで思わぬ収穫になった! あの時は親切心から……いや、正直に言おう。あの時からポイントのためにライル少年を助けに行った。欲望のままに行動したら、事態が好転するなんてこんなこともあるもんなんだなあ。

 

 彼らを見送った後、居住スペースの食堂に戻りユキにどれくらいのポイントが入ったのか尋ねてみると、なんと百六十ポイントオーバーのポイントを入手した!

 クロはしばらくダーツで遊んでくると出て行ったので、ここに食堂に残るのは俺とユキの二人になる。

 

「ユキ、飲み物を入れて来るけど何がいい?」


「ええと、ソーダ水にイチゴシロップを入れたのがいいな」


「シロップあったっけか……見てみるよ」


「あるわよ……」


 何故か少し頬を赤らめるユキ……あ、イチゴのシロップを出したんだな。恥ずかしがらなくていいのに。イチゴシロップや氷苺くらいなら気にせずガンガン出してくれていいんだ。

 って先日も同じようなことを言ったから、しつこくなるのが嫌だから口には出さないけどな……

 

 俺はキッチンでソーダ水に赤いイチゴシロップを垂らすと、マドラーで混ぜてユキの元へと持っていく。

 

「ありがとう。夜叉くんはココアじゃないの?」


 ユキは俺がグラスを手に持っていたから、俺がいつも好んで飲む暖かいココアじゃないとすぐに分かったようだ。

 

「いや、これはココアだよ。冷たいココアなんだ」


「夜叉くん、甘い飲み物を割に好きだよね」


「だなあ。ココアが特に好きだけどね」


 俺達はお互いに飲み物へ口をつけると、フウと息を吐く。一仕事終わった後に食堂で飲み物を飲むと落ち着くよな。


「そうだ。ユキ。昨日マリコのクラスの教師と話をしたんだけどさ。次に出すアイテムは風呂にしようと思う」


「やっぱりお風呂からよね。宿泊施設も捨てがたいけど、このダンジョンに来るまでに相当歩くし……テントは持って来れるけど、シャワーは持って来れないもの」


 ユキも人間の街とダンジョンの距離を考慮し、彼女なりに考察を何度もしていてくれたのだろう。俺が施設候補を出すたびにメモを取っていて、それぞれ検討してくれたものなあ。


「夜叉くん、私からも一つあるの。マリコさん達とキャッキャしてたら、いろいろ聞けてね」


 キャッキャって何をしてたんだろう……少し気になるけど女子トークに手を出すとやけどするから突っ込まないでおこう……

 

「おお。どんなことなんだ?」


「うん、スイカ割りとか花火とか出来たら楽しいねって。花火やスイカだったらポイントも一ポイントだし、手軽かなと思ったの」


「なるほど。盛り上がれる遊びって大事だよな。どっちもすぐに出来そうだ。団体が来た時にやるか聞いてみようかな」


「うん、聞いてからでも準備できるから、その方がいいと思うわ」


 スイカ割なら、広場のどこででも出来るし、花火なら広場から少し奥に進むと光ゴケを天井に張り巡らせてないから真っ暗闇だ。そこで花火ができるよな。

 ダンジョンはどういう仕組みか分からないけど、常に新鮮な空気に満ちていてキャンプファイアーなんかをやっても全く問題ない。お、キャンプファイアーか。これもいいな。

 

「キャンプファイアーも良さそうだよな。今思いついたんだけど」


「そうね! それもいいかも。リストを作って団体さんの時に見せるといいかも」


「そうだな!」


 俺とユキはウンウン頷きあい、彼女はノートを開きメモを取っていく。後で座敷童にリストを清書してもらおう。

 

「あ、ユキ、あれをもう一度見せて欲しい」


「あれって……」


 ユキは急にモジモジすると、顔を耳まで真っ赤にしながら純白の着物の襟に手をかける。

 待てえ! 勘違いしてるって。この場で脱げとか言ってないから。

 

「ユ、ユキ。俺の言っているアレってのは、風呂のポイントが書かれた一覧だよ。ユキのノートの」


「あ、そ、そうなの……」


 勘違いしていた恥ずかしさからか耳まで真っ赤にしたユキは顔を伏せ、俺にノートを差し出す。

 俺がノートを覗き込むと、思ったページが開かれていた。

 

<ゆきちゃんのお風呂に必要なアイテムリスト>


・浴室 二十人収容 百ポイント


・檜風呂 十五人収容 百五十ポイント


・シャワーセット 十セット 百ポイント

 

 そうそう、これだよ。全て準備すると三百五十ポイントか。ビリヤード台やらで五十ポイント使って、ここ最近の大きなポイントは合計二百七十ポイントくらいか。

 後一回、団体客が来れば風呂セットを設置することができるぞ。

 

 迷路とかトレーラーハウスとか他に考えていたことは一旦凍結しよう。まずは風呂セットを作る。

 よおし燃えてきたぞ!

 

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