第26話 クロのお礼
ミノタウロスメイジを殴り飛ばし、立っている者が俺だけになると倒れたミノタウロスチーフとミノタウロスメイジの体が透け始め、彼らの存在が希薄になっていくとついに消失してしまった。
この広い空間に残されたのは俺一人……ボスって奴がこの後出ると髭面から聞いているけど、どうなる?
『よくぞ打ち倒した! 儂自ら貴様らの相手をしてやろう! ヒャッハー』
酷いメッセージだよ……こんなんで冒険者のテンションが上がるのか? わ、分からん。
俺はラビリンスのノリについていけず頭を抱えていると、ダンジョンの中央の床に白い光が浮かび上がる。
六芒星の魔法陣を描いた光はダンジョンの天井まで伸びる派手なエフェクトと共に、勇壮な音楽が鳴り響きはじめる……
現れたのは、男女の牛頭だった。ええとミノタウロスジェネラルにミノタウロスレディか。
何故俺が名前を分かるのかって? 簡単だよ。奴らの頭上に白い光で描かれた文字があるからだよ。なんという無駄なポイントを使っているんだ。頭痛がしてきた。
二人は俺へと向き直ると、顎を左右に振り何かをしゃべろうとしている。
名乗りやらはに興味が無い俺は、隙だらけのミノタウロスジェネラルへ一息で迫ると見事なアッパーカットを決める。彼らの「お約束」を守らない俺にミノタウロスレディは驚きで固まっている。
無防備過ぎるだろ! 俺はミノタウロスレディに膝蹴りをかますと彼女は派手に吹き飛ぶ。
俺の攻撃で不意をつかれた二人は床に倒れ伏すと、体が薄く透明になっていき、間もなく姿を消失させたのだった。
ハハハ。勝ったぞ。
俺は高笑いを上げながら、周囲をぐるりと見渡すと床から宝箱がニョキニョキと生えて来た。つづらではなく、宝箱だ。ちくしょう、悔しい……
俺は宝箱を恨めしそうに睨みながら、十一階への階段を降りる。
俺が悠々と怪我一つなく帰還したというのに、待っていた冒険者たちの顔は浮かないぞ。何かあったのか?
俺は冒険者たちの輪の中心に居た髭面の冒険者を見とめると彼に手を振る。すると彼はぎこちない動きで俺に目くばせする。何だってんだよもう……
「全て倒して来たぞ」
「あ、ああ……」
「一体どうしたんだ?」
「いや、あんたの鬼神のような強さにみんな逆に引いてしまったようだぜ」
「……鬼神かあ。間違ってはいないけど」
髭面はどこか納得した様子だったが、俺の戦いっぷりに引くとは何という事だ。俺を恐れてダンジョンに来てくれなくなるとかまずい事態だぞ。
「鬼か何かなのか? あんた? 道理で強いわけだぜ」
夜叉族は大きな括りでいうと鬼の一族の一つなんだ。鬼って名前が付く妖怪は大量にいるから、俺達は鬼族って言い方はしない。
「そうですぞ! マスターは強いんです。普段は情けない様子だけど、戦うとカッコいいんですぞ!」
いつの間にか俺の背後に居たクロが俺の背から肩に飛び乗り、興奮した様子で割り込んで来た。
クロ……情けないってどういうことだよ! 俺は平和主義者なんだ。
「何言ってんだ。俺は平和主義者なんだ。無駄な戦いはしたくない」
俺がクロに抗議すると、クロも言い返してくる。
「マスター殿、マスター殿はポイントになるかならないかで動いているだけです。平和主義者なんじゃなく、めんどくさがり屋なんです」
ぐうう。間違ってはいない……ポイントのためなら、俺は労力を惜しまない。激しい運動だろうが、力作業だろうがやってやるよ。
クロが割り込んで来たせいで髭面との話を中断してしまったじゃないか。俺はまだ何か憎まれ口を叩こうとしている猫の姿をしたクロの口を手のひらで押さえつけると、髭面へ向き直る。
「ボスを倒して宝箱が出たことを確認してきた。持って帰ってくれ」
「お、おう。しかしいいのか? 今回のモンスターパニックは特別だったからきっと報酬もいつもよりいいと思うぞ」
「俺には必要ないからな。武器も金塊も必要ない」
「かなり気が引けるんだが……」
髭面は殊勝なことを言ってくれるが、俺は拳で充分だから武器はいらないし、金塊があってもポイントにならないから必要ないってのは本当のことなんだよな。
価値基準が冒険者と俺だと違うから、勿体ないとも思わないんだよな……
「お礼というなら、ビラのダンジョンに何度か来てくれると嬉しいよ。俺はそのビラのダンジョンに住んでるからさ」
「そこのしゃべる猫と一緒にか? あんたはモンスターなのか? その割に襲ってこようともしないが……」
「ああ。俺は妖怪だからな。モンスターとは違うよ。人間とは仲良くやっていきたいんだ。だから、キャンプが出来る施設をダンジョンにつくったんだ」
「にわかには信じられないが……助けてくれたのは事実だ。契約と約束を守るのが冒険者ってもんだ。必ずそっちに行くから安心してくれ」
「そうか! 嬉しいよ」
俺は髭面と固い握手を交わすと、まだ腰を抜かしているライル少年の元へにじり寄る。ライル少年は床にお尻をつけたままの恰好で器用に後ろへと下がっていくが、問答無用で彼の首に手刀を入れて気絶させ、彼を肩に抱え上げた。
「じゃあ、待ってるよ。俺達は帰るから。後は好きにしてくれ」
笑顔で冒険者たちに手を振ると、彼らも硬いながらも手をあげて応じてくれた。
さて、戻るか……
◇◇◇◇◇
幸いラビリンスの十階から地上に出るまでに二度ほど牛頭を殴り飛ばす程度で済んだ。地上に出ると猫の姿のクロは俺の肩から降りると、何を考えたのか彼女から白い煙が!
待て! クロ! 俺の目の前で変化するんじゃねえ!
「クロ! 人型になったら素っ裸だろ!」
「目の前に服があるから大丈夫でござる」
「せめて、変化する前に俺に言えよ」
俺は文句を言いながらも、彼女から背を向け足元にある彼女のワンピースを背中越しでクロに手渡す。
が、一向に手に持つワンピースに触れる気配がない。
「マスター殿」
ワンピースを持つ手に集中していたから気が付かなかったけど、いつのまにか俺の正面に回っていたクロが俺の名を呼ぶと抱きついて来た! すっぽんぽんで。
「クロ。服を先に着ろよ」
「吾輩、そもそも服を着る習慣なんてなかったんですぞ。さっきまで裸でしたし?」
「た、確かに猫の姿の時も裸だったよな……でもな、人型になると服を着ないといけないんだよ! 妖怪でもな! 契約の時そう話しただろう?」
「おかしいです。マスター殿の様子が……」
「俺の様子はいつもどおりだって。クロが裸ってのがおかしいんだよ!」
「いや、そういう意味では……男の子は裸の女の子に抱きつかれると……って読んだんですぞ」
そういう意味かよ! 俺の反応を見て楽しもうとでも思っていたのか! 残念ながらここは外だし、ライル少年を抱えたままで興奮なんてするわけないだろ。
だいたいクロだしさ……全く。
「ありがとうな。クロ。今回は助かったよ」
俺はクロの頭を撫でながら彼女にお礼を言うと、彼女は目を細め気持ち良さそうにしながら俺を抱きしめる腕にギュっと力を込める。
「違うんです。マスター殿。吾輩、マスター殿にお礼がしたかったんです……」
「ん? お礼を言うのは俺の方だよ」
「吾輩、分かっているです! マスター殿が吾輩を気遣って誘ってくれたって」
クロはカラオケや冒険者たちの接待で活躍できなかったことを気にしていたようで、ダンジョンのために何かしたかったみたいだ。それは俺も分かっていたから、彼女にいずれ整備しようと思っている売店を任せようと思っていた。
何もできないで沈んでいたクロに俺がラビリンス行きを誘って、ラビリンスで偵察を行いライル少年を発見してくれた。彼女にはそれが嬉しかったみたいだ。
だから、さっきは俺が喜ぶと思って素っ裸で抱きついて来たってわけか。
俺は少し微笑ましい気分になり、クロの頭を再びゆっくりと撫でる。
「ありがとうな。クロ。戻ろうか」
「はいです!」
クロがワンピースを着た後、俺達は帰路につくのだった。
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