第24話 モンスターパニック

 十二階でも俺のスピードについてこれるモンスターはいなかったようで、俺は無事ライル少年の目前まで到着しクロと合流することができた。クロは俺の肩の上に乗るとライル少年の方を前足で示す。

 彼女の示す方向を見ると、いたいた、岩と岩の隙間に挟まってかなり発見し辛いが、ライル少年らしき姿を俺は確認することができた。

 

「クロ。問題は帰りなんだが……」


 俺は肩の上にちょこんと座るクロを横目で見ながら囁く。

 

「帰りは襲い掛かるモンスターを全滅させるです!」


「いやに好戦的だな……あまり戦いたくないんだけど……」


「妖怪の強さを見せつける時ですぞ!」


「いや、やるの俺だろ……」


 ライル少年を抱えて走るとなると、スピードがそれなりに落ちてしまうから行きのように駆け抜けることは難しいだろう。持ってきた鉄パイプ程度じゃ、三体くらい叩いたら使い物にならなくなってしまう。

 手加減して素手で叩くこともできるけど、気が進まないんだよなあ。戦っても何の利益にもならないことが一番大きな理由だけど、同じダンジョンの生物同士戦う理由もないだろ。

 いや、ラビリンスにはあるか。とにかく奴らは好戦的で戦い大好き! なんだよな。彼らを喜ばせるのもしゃくに障るしさ。

 

 俺は気絶したままのライル少年を背負うと、クロを肩に乗せたまま元来た道を走り始める。

 十二階から十一階へ上る階段までモンスターに出会うことなく到着することができたが、その時……大きな声が響き渡る。

 

『十階でモンスターパニックが勃発したぜ! ヒャッハー!』


 俺はクロと顔を見合わせる。モンスターパニックって何だろう。

 

「クロ、何のことか分かるか?」


「吾輩が分かるとでも?」


「聞いた俺が悪かったよ……」


 クロは自信満々に答えるけど、そこは普通に分からないと言えよ! 名前から察するに嫌な予感しかしねえよ……モンスターが大量発生してヒャッハー! 状態になってるとか。まさかな……

 とにかく今は進むしかない。

 

 俺達は十一階でもモンスターの姿を見る事が無く、十階に登る階段まで難なく到着する。


「クロ、俺が先にどうなってるのか様子を見て来るよ」


「分かったでござる」


 俺はライル少年を降ろすと、クロとライル少年を残し十階へ続く階段を登り顔だけ十階に出し様子を伺う……

 

 十階は俺の予想を遥かに超える戦場となっていた!

 

 十階にあった壁は全て取り払われ、十階全体が冒険者への配慮か天井が明るくなっている。そして……入り乱れるモンスターと冒険者たち!

 冒険者の数はどれくらいいるか分からないけど、モンスターはびっしりとひしめいている……これは……戦わずに抜けることは不可能だな。

 

 何だよ! この造りは!

 

 この設備にどんだけポイントを投入しているのか分からないけど、「モンスターパニック」が発生した階層は壁が取り払われて、階層全体が明るくなる。

 そして、モンスターが大量発生するのか……発生といったら語弊があるな。この階層に上下階からモンスターが集まって来てるんだろう。俺は発見していないけど、どこかにエレベーターみたいなものがあって、どんどんモンスターが集合してるってところかな。

 何故なら、俺は十二階から十階まで階段を登ったわけだけど、モンスターには一切遭遇しなかったし、道中にもモンスターがいなかった。ひょっとしたらエレベータではなく、「転移」を使ったのかもしれない。

 「転移」だとしたら、どんだけポイントを無駄使いしてるのかと思うと頭がクラクラしてきたぞ。

 

「クロ……上はモンスターで一杯過ぎて、移動するのも困難なくらいだ……」


 戻った俺は疲れた声でクロに状況を報告する。すると黒猫の姿のクロは目を輝かせて俺のジーンズの裾を引っ張る。


「吾輩、暴れたいでござる!」


「猫の姿のままだと戦えないだろ?」


「戻ればいいんです!」


 クロは猫の姿からいつもの猫耳ぺったん少女の姿に戻ろうとするが、俺は慌てて彼女を手で制する。

 

「待て! 今は服が無い! 素っ裸で戦うつもりかよ」


「別に構わないです! 誰も見てないですし」


「いや、明るいから! 冒険者もいるしモンスターもいるだろ?」


「全て抹殺すれば問題ないですゆえ」


「待て待て! モンスターはともかく冒険者を抹殺するのはやめてくれ! 潜在顧客が減る!」


「ラビリンスに来るような冒険者がうちに来るとでも?」


「……とにかくダメだ!」


 図星を突かれてつい熱くなって怒鳴ってしまい、クロの耳がペタンとなってしまった。

 やたら暴れたがってるけど、クロが怪我する可能性もあるわけで、例え裸じゃなかったとしても彼女に行かせたくないのが本音だ。

 

「……すまん。怒鳴るつもりはなかったんだよ」


「いいんです。吾輩の為に言ってくれてるくらいは理解できますゆえ」


 猫の姿のクロは俺の足に頭をすりつけ、大丈夫と態度で示してくれた。しかし、どうするかな。この状況。

 あ、そうか。

 

「クロ、いい手を思いついたぞ!」


「おお! さすがマスター殿です。してどんな手を?」


「ここで待っておけば、そのうち『モンスターパニック』とやらのイベントが終わるだろう。終わった直後ならモンスター達は移動中のはずだからその隙に一気に上まで抜ける」


「……少し情けない手な気がするんですが……」


「いいんだよ。安全確実が一番だ。ライル少年もいるしさ」


「ああ……そういえば彼を救出しに来たんでした」


 忘れてたのかよ! クロがライル少年を探してくれたんだろうに……

 そんなわけで、イベントが終わるのを待つことに決めた俺達は階段に腰かけ、待つことにした。

 

 俺の膝の上にクロが乗ろうとした時に、彼女は階段から降りて来る気配に気が付いたようで、俺に目くばせをする。

 ヤレヤレ……俺はクロを肩に乗せて立ち上がると、後ろを振り返る。

 

 まだ若いツンツン頭の青年と、髭面の長身の三十くらいの男が階段から降りて来る。若い方が足に怪我をしているようで、髭面の長身の男が肩を貸しているみたいだな。

 二人はすぐに俺達に気が付いたようで、髭面の方が緊張した面持ちで俺たちへ警戒するような声を出す。

 

「あんたは冒険者か?」


 違うんだけど……どうしたもんかな。

 

「俺は彼を助けにここまで来たんだよ。一階で落とし穴にはまったみたいでね」


 俺は自身が冒険者かどうかには答えず、顎で階下に寝かしているライル少年を指すと、彼ら二人は少し安心したようにホッと息を吐き出す。しかし、警戒はまだ解いていない様子だな。

 

「あのあからさまな落とし穴にはまる奴がいたとはなあ……本当の話なのか?」


「事実落ちたんだよ! 俺に言われても困る」


「怪我人を抱えているなら、このまま待ったほうがいい。上は酷いことになっているからな……」


 髭面は若い男を床に降ろしながら、顎で上を示す。

 

「モンスターパニックだっけ?」


「ああ。しかし、今回は様相が違うんだ。そのせいで、俺達は……」


「詳しく聞かせてもらってもいいか?」


「ああ……」


 髭面は俺にモンスターパニックと今十階で起こっていることについて語り始める。

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