第23話 ラビリンスに行きます
俺のダンジョンからラビリンスまでは、俺とクロの足ならものの数時間で来ることができた。人間の足だと数日かかるだろうなあ……でも今は人間も乗り物があるから俺とクロの速度とそんなに変わらないかもしれないな。
ラビリンスの中は真っ暗闇だけど、俺やクロのような妖怪は暗闇でも全く問題ない。ラビリンスのモンスターも同じだけど、ダンジョンに棲息する生き物は全て暗視能力があり、暗い場所でも明るいところと変わらない視力を持っているんだ。
俺の服装はいつものジーンズにTシャツ姿だが、今は鉄パイプを手に持っている。俺は鉄パイプなんて無くても、自分の手の甲から出し入れ可能なかぎ爪や、拳を使ってモンスターを打ち倒すことができるけど、俺の肉体を使うと殺傷能力が高くなるので鉄パイプにしたってわけなんだよ。
クロは猫のプリントが入った紺色のワンピースに、頭へは頭頂部で一つに髪をまとめるためにシュシュが付いている。足は裸足のままでここまでやって来た。猫の姿になったら服は全部脱げちゃうから、服装は何でもいいってことでダンジョンにいたときのそのままの恰好ってわけだ。
「クロ、頼んだぞ」
「了解でござる!」
クロは久しぶりの隠密仕事にウキウキした様子で猫耳をピコピコ揺らしている。
「クロ、ライル少年を発見しても接触するなよ。叫ばれたりすると大変だから」
「把握したです。モンスターに襲われそうになった時には護衛するでござる」
「完璧だ。頼んだぞ!」
クロは謎の軍人ぽい敬礼ポーズを取ると、体から白い煙が立ち始め、煙が晴れると一匹の黒猫に変身していた。服やシュシュはその場に落ちている。
ライル少年が生きていてくれたらいいけど……クロと下手に接触してまた謎の強気を出して走り回られても困るからな。クロはライル少年に気が付かれないようにするほうが無難だと思って彼女にそう頼んだんだ。
彼女の隠密能力ならば、ライル少年のすぐ隣にいても彼に気が付かれることはないだろうからその点安心だけど……
待つこと一時間ほど……ジーンズのポケットに入れた「遠話の護符」からクロの声が発せられる。
『見つけたでござる』
『おお。生きていたか!』
『どうやら、落とし穴にはまって落ちた衝撃で気絶しているようでござる』
『おお。怪我はなさそうか?』
『たぶんたいした怪我をしていないと思うです。落ちた衝撃で気絶はしているでござるが、落ちた後転がって、岩と岩の間にちょうど挟まったみたいです』
『ほうほう』
『それゆえ、モンスターに気が付かれなかったと思うです。幸運でしたな』
『了解だ! 場所はどの辺だ?』
『地下十二階です』
『えええええ! どんな落とし穴なんだよ!』
『やたら深いですが、衝撃を緩和する魔法がかけられているようですな。トラップで即死はラビリンスらしくないですから』
『全く、それなら十二階まで一気に落ちるトラップを作るなよな……』
『その通りです……では待ってるです』
『クロ、これからそっちに行くからそこまでの道を覚えているか?』
『もちろんですぞ! 全てナビゲートするでござる』
ううむ。面倒なトラップを作りやがって……きっとライル少年は一階で逃げ回り、落とし穴のトラップに引っかかった。落とし穴のトラップは十二階まで一気に落ちるやつで彼は真っ逆さまに落ちてしまった。
これは想像だけど、マリコはライル少年がラビリンスに入る前か入った直後に俺に助けを求めに来たんじゃないだろうか? 「助けてください」と言っていたから、一緒に入ってモンスターに襲われるとか彼とはぐれてしまったとか思ったけど、彼女は最初からライル少年だとラビリンスから脱出できないと思ったのかな?
それならそうと最初から止めろよ……ああ、彼なら止めても隙を見てラビリンスに行きそうだな……ならば、まだ入る時間を把握しておいた方がマシか。なるほど。理解した。もちろん全部推測だけど。
しかし、十二階かあ。大量のモンスターと遭遇しなきゃいいんだけど。
俺はその場で屈伸を二度行い、続いて脚と腕を伸ばすストレッチをする。運動の前には体をほぐしておかないとな!
次にゆっくりと深呼吸、スーハ―……息を整えたら一気に空気を吸い込み、息を止める。
膝を少し屈めて前傾姿勢を取ると足先に力を溜めて一気に解放する!
ラビリンスへ突入した俺はチーターより速い速度で一気に駆け抜ける。クロのナビゲートのお陰で最短距離を俺は駆け抜けていく。
途中モンスターに遭遇するが、俺の速度に追いつけるモンスターはいなかった。
そのまま二階へ駆け下り、そこで息を整えるとまた一気に加速して次は三階へ向かう……
順調に深い階へ潜っていく俺だったが、十階の階段を降り、十一階の入口へ辿り着いた時に立ち止まざるを得なくなる。
どうやら、待ち伏せされたみたいだな。俺が階段を降りた時に息を整えるためにしばらく休むことに気が付いたモンスターが俺を待ち伏せするように他のモンスターに知らせたのだろう。
待ち伏せしていたのは牛頭に筋骨隆々とした成人男性の肉体を持つ二メートルほどのモンスターが四体。上半身は裸で腰に動物の毛皮でできた腰巻をしているが、それ以外には何も身に着けていない。
手に持つの武器がそれぞれ違う。二人はこん棒で、残りの二人は大きな戦斧だ。
「夜叉。久しぶりだな」
戦斧を持った牛頭の一人が俺に声をかけてきた。俺に声をかけるとしたら……あの牛頭しかいないな。
「ええと、この前うっしーを迎えに来た方ですか?」
「いかにも。貴殿と死合うことができて嬉しいぞ」
やはり、この前俺のダンジョンに来た牛頭か。会話が成立するなら、戦いを避けることができないかなあ……
「俺は戦いたくないんですけど……そういうわけにもいかないんですよね?」
「その通りだ。分かっているじゃないか。戦うことがラビリンスのルールだからな」
やっぱりダメか! 仕方ない戦うしかない。
「時間も余りかけたくないんで、誠に遺憾ですがやり合いますか」
俺はやる気なく、肩を竦めるが向こうはそうじゃない。こん棒を持った二人が一歩前に出ると、俺に話しかけて来た牛頭ともう一人の戦斧を持った者は後ろに下がる。
「いざ尋常に!」
果し合いを望んでいるようだけど、二対一かよ! こん棒の牛頭は実力で戦斧の牛頭に劣るんだろうか。まあいい、時間もかけたくないからすぐに落としてやる!
俺は鉄パイプを中段に構えると、足先に力を集中し一気に加速する!
そのまま鉄パイプを振りぬくと、俺から見て右側の牛頭の腹へ命中し、加速力を乗せた鉄パイプの一撃に大きく吹き飛ばされる。
俺は足を止めることなく、後ろで控える戦斧を持った二人へ肉迫すると彼らは俺の速度についていけてないようで、未だに戦斧を構えることさえできていない。
これはチャンスだ!
――俺はそのまま戦斧を持った二人の隙間を縫うように駆け抜ける!
よし、見事なスルーだぜ。俺! 牛頭たちと違って俺は彼らと戦う理由は無い。俺の鉄パイプの一撃に全く反応できてなかったから、牛頭たちはスピードで俺にかなり劣ると踏んだんだ。
俺の読みは正しく、俺はそのまま彼らの裏をかき駆け抜けることができたってわけだ。速度だけでなく、俺がまさかそのまま逃げだすと思っていなくて虚を突かれたってのもあってここまであっさり事が運んだんだろう。
俺は唖然とする牛頭たちに目もくれずクロのナビゲートに従って十一階の降りる階段まで到着し、十二階へと歩を進める。
ライル少年の元まではあと少しだ。俺は大きく息を吸い込む……
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