第22話 報酬は体で払ってもらおうか

「ダンジョンはそこまで……」


 俺の言葉を遮ってマリコは必至の形相で、俺にすがるように声を絞り出す。

 

「ダンジョンはラビリンスなんです!」


「ラビリンスだとお! よりによって何てところに行ってるんだよ!」


 ラビリンス……ダンジョンマスターであるミノタウロスが率いる牛型モンスターが跋扈ばっこするダンジョンなのだが、このダンジョンは昔ながらの硬派が売りで冒険者を追い返すことはしない。

 全力で冒険者を殺しにかかる今時珍しい方針のダンジョンなんだよ! 先日、牛鬼とうっしーをトレードしたけど、ここに訪ねて来た牛頭も武闘派だった。

 ラビリンスは冒険者を大切にする方針に変わっていった他のダンジョンをよそに、徹底して冒険者との真剣勝負に拘っている。所謂いわゆる「硬派」なダンジョンは今時流行らなくて、どんどん衰退していったけどラビリンスは違う。

 人気は衰えるどころか、伸びているんだ。手に入る宝箱の質が格段にいいと評判なのと、冒険者の中には少数だが危険と真剣勝負を望む者もいる。

 他が衰退したからこそ、「硬派」なダンジョンはある意味希少価値が出ているんだよな。それもラビリンスが高い人気を誇る要因の一つだ。

 

 厄介なダンジョンだからといっても、俺はマリコを助けることにやぶさかではないと思っている。ただし! あくまで俺の利益になるからだ。そうじゃないと、ライル少年を助ける意味がないからな。


「マリコ、助けるには条件がある」


「何でしょうか?」


 俺の「条件」というキーワードに反応して彼女の表情が強張る。

 なあに、取って食おうってわけじゃない。簡単なことだ。


「体を貸してくれるならいい。少年が助かった場合には、友達を五人ほど連れきて欲しい」


「体……私にはライルくんが……」


 マリコは自分を抱きしめるようにギュと両腕に力が入り、ヘナヘナとその場にペタンと崩れ落ちる。

 勘違いさせるように言ったんだけど、俺は彼女をどうこうするつもりなんて毛頭ない。


「少年の救出に対する交換条件は、君がこのダンジョンに十二時間以上留まることだ。そういう意味での体を貸すだ」


「何もしないの?」


 マリコは敬語を使うことも忘れ、俺を疑いのこもった目で見つめてくる。

 ただ働きなんてもってのほかだ! マリコが俺のダンジョンにいてくれればポイントが入る。


「ああ。奥に広場があるから適当に過ごしてくれ。残念ながらベッドはないが、食事と寝袋は提供しよう」


「あ、ありがとうございます!」


 俺はマリコをダンジョンの奥に案内し、広場まで辿り着くとユキと座敷童に後を任す。

 マリコも出てきた二人に男が居なかったので、安心した様子だった。いや、座敷童は少年だけど、知らなければ市松人形みたいな可愛らしい少女に見える。着てる着物も少女用だしさ。


 何より子供という見た目が、マリコを安心させたようだな。もっともユキの目と髪の色には眉をひそめていたけどね。


 俺はマリコにライル少年を連れ帰ることに成功したら、五人の友達を連れてここでカラオケでもして十二時間過ごすことを改めてお願いした。

 彼女は「そんなことなら」と了承してくれたので、いよいよミッションスタートだ。


 行き先はラビリンス。本気で戦うことを信条とする武闘派ダンジョンだ。

 目標はライル少年の救出。恐らく彼は弱い。冒険者として格段に……一般人より戦えないかもしれない。


 ラビリンスは例え妖怪やモンスターであっても、接触すると襲いかかってくる。ラビリンスのダンジョンマスターであるミノタウロスは、他のダンジョンマスターにそう公言しているからな。

 その代わり、ラビリンスのモンスターを倒しても文句は言わないということだ。根っからの戦闘狂集団ラビリンス……面倒なことこの上ない。

 

 ライル少年を助け出すと言ってもラビリンスの何処にいるのかが分からないから、ダンジョンの中をくまなく探さねばならないんだけど、倒してもいいと公言しているとはいえ同じダンジョンの仲間なんだから、なるべく荒事をしたくない。

 となると……クロに手伝ってもらった方がいいな。クロ! 役に立つ時がきたぞ!

 

 俺はクロをさがし居住スペースを探索すると、食堂でクロを発見した。彼女はいつもの猫のプリントが入ったワンピースに裸足で、椅子から伸びる足をブラブラさせてうどんを食べていた。

 うどんは彼女の黒色の長い髪が邪魔で食べ辛そうだけど、こんな時くらい髪をくくるとかしたらいいのに。

 

 俺はクロに声をかけると、彼女は目線だけ俺に向けてうどんと格闘する手を休めることは無かった。しかし、うどんのお椀に入らないようにいちいち髪を触っていたら進まないだろう。

 俺は彼女の首の上あたりの髪を左右からくしけずると、そのまま手で彼女の髪を支えることにした。

 

「おお。マスター殿。かたじけないでござる!」


 クロは髪の毛が気にならなくなったからか、猛然とうどんを一気に平らげたのだった……いや、髪ゴムとかいろいろ手段はあるだろ……


「クロ、髪ゴムとか持ってないのか?」


「あるですよ?」


 クロはポケットから白と黒のラメが入ったシュシュを取り出すと、俺に手渡す。いや、手渡さなくていいからこれで髪をくくれってば……

 

「クロ、食べる時だけでもいいから、これで髪をくくったらどうだ?」


「マスター殿は残酷です……」


「え?」


「吾輩が不器用なのを知らないでござるか?」


「そ、そうか……」


 お詫びといってはなんだが、俺が結んでやろうじゃないか。俺は彼女の髪を後ろでまとめると、左右の猫耳の間くらいで一つにまとめシュシュを通す。シュシュを通した後にそれを一回転させてズレ落ちてこない程度に二重にしてしっかりと固定する。


「おお。すごいです。マスター殿!」


 クロは振り返って俺に礼を言ってくるが、うどんの残りがまだ口に入っていて、俺に彼女の口の中のモノが飛んでくる……


「実はクロにお願いがあって探していたんだよ」


 ようやく本題に入った俺だったが、クロは何を勘違いしたのか頬を赤らめて太ももをモジモジし始めた。

 

「お願いでござるか……こっちからお願いしたいくらいでござるよ……」


「そ、そうか。クロに活躍してもらいたいんだよ」


「活躍でござるか! 吾輩、お二人に……どちらかというと受けの方が好きでござるが……」


 クロは首まで真っ赤にして頬に手を当てて口からよだれをたらし始めた……何の妄想をしているか全く分からないけど、とっとと本題を話した方がいいな。

 

「ラビリンスに俺と行って欲しいんだよ」


「……ラビリンス? え、あ、う。もちろんですぞ」


 何だ今のは……


「クロの能力を使って、行方不明になった少年を探して欲しいんだ。行く前に少年の救出を依頼した少女が広場にいるから彼の特徴を聞こう」


「分かったでござる! 任せるです」


 クロの能力はいろいろあるが、今回彼女に手伝ってもらうことを考えた理由は彼女の隠遁いんとん能力に他ならない。クロは黒猫に変化することができる上に、足音を立てずに走ることができる忍び足、影に紛れ気配を絶つ「潜伏」と言われる技術も持っている。

 壁に張り付くこともできるし、彼女ならモンスターに一度も発見されずにライル少年を見つけることができるだろう。

 彼女に俺と通信できる「遠話の護符」を持たせて、俺が最短距離でライル少年とクロの元に向かうって作戦だ。俺が行かなくてもクロにライル少年を連れて帰って来てもらえればいいんだけど、彼は大変臆病だから突然走り出したりしかねない。

 念には念を入れてクロにはライル少年の護衛に集中してもらいたいんだ。だから、俺も突っ込む。不幸にもライル少年が骨になっていた場合には、クロに彼の遺品を幾つか持ってきて帰ってもらってミッション完了かな。

 クロだけなら帰り道もモンスターに発見されずに帰還できるから、穏便に済ませることができる。

 

 さて……ライル少年は生存しているのか、できれば生き残っていて欲しいところだけど……俺のポイントのためにな。

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