第18話 戦闘力

「つまり……戦闘が出来るのか心配だと?」


 牛頭の話をまとめると、地下三階までしかない零細ダンジョンで呼び出せるようなモンスターに、うっしーの代わりが務まるのか心配ってことだった。いや、うっしーは戦えないんだよな?

 うちのお掃除役の黒手くろてでも一応戦いはするぞ。うっしーよりマシだろ。

 

「あのうしは戦いとなるとふもふもと言って逃げ出していたが、担当していた階層は十四階なのだ」


「いや、十四階に棲息せいそくしていいモンスターじゃないでしょ……あれ……」


 俺はふもふもと鼻歌を歌っているホルスタインに目を向けるが、あのアホ面……牛頭が言うに逃げ足だけは速いらしい。

 

「奴の代わりをとなると、担当するのは十四階になるが……お前さんの情報によると、ここは三階までしかないという」


「ん。心配ないですよ。妖怪は……強いですから……」


 俺はニヤリと微笑むと、牛頭に自信をもって妖怪を進める。俺が考えている妖怪はラビリンスに相応しい妖怪なのだ。見た目はここにいる牛頭とそれほど変わらない。

 妖怪の名前は牛頭ごず。あ、名前まで被る。しかし、見た目は少し違う。ここにいる牛頭の大男と違い、下半身は毛皮に覆われていて、脚は牛のような蹄になる。牛のような尻尾も生えている。

 性格は獰猛で、好んで冒険者に襲い掛かるという問題児。俺がこいつを呼び出そうと思ったことはこれまで一度たりともない。

 

「失礼だが……お前さんも余り強そうには見えないが……」


 牛頭はなお苦言を呈するけど、俺の実力かあ。そういやしばらく戦っていなかったなあ。戦いたくもないけどな!

 少しだけ目の前にいる牛頭と戦おうと思ったが、無意味なエネルギーを使いたくないとすぐに考えを改めた俺は肩を竦め牛頭に言葉を続ける。

 

「一度、見てみますか? ちょっとポイントが惜しいので、もしお気に召さないとしてもうっしーにポイント分は働いてもらいますけど」


「どれくらいのポイントになるのだ?」


 あー。ユキに聞かないとどれくらいか分からないな。それくらい覚えてないのかとまたユキに突っ込まれそうだけど、覚える気がないんだもの仕方ないじゃないか!

 

「ちょいと調べますんで、ビールでも飲んで待っててください」


 ちょうどクロがやって来たので、俺はクロから缶ビールを受け取ると牛頭に放り投げ、ユキの元へ向かう。

 

 

◇◇◇◇◇



 ユキは食堂で電卓を叩いてウンウンと唸っている……時折両手を銀髪にやり首を左右に振っているじゃないか……あー、余り近寄りたくない雰囲気だけど、仕方ない。

 

「ユキ、少し相談が……」


「あ、うん」


 ユキは電卓から手を離し、ノートをパタンと閉じる。

 俺は彼女の向かいに腰をおろすと、ウッシーの事とラビリンス、牛頭とのやり取りを彼女に説明する。脳みそを使う内容については彼女の耳へ入れておくに限る。

 俺よりよほどいい提案をしてくれるからな。

 

「……というわけなんだ。牛頭ごずに頼もうと思って」


牛頭ごずくんはお行儀が悪いから……呼び出すのはいいけど、ここのダンジョンでは生活させないでね。大丈夫?」


「ん、牛頭ごずが首になってここに戻って来たとしたら、すぐに契約を切って送り返すよ」


「すぐに承諾してくれたらいいけど……大丈夫?」


「ああ。召喚するときにそこは上手く話すから」


 ダンジョンに妖怪を呼び出すにはダンジョンポイントが必要で、妖怪はポイントを消費するだけでは召喚することができない。呼び出される妖怪自身が俺に召喚されることに承諾しないと召喚は叶わない。

 妖怪は普段異界に住んでおり、俺はいつでも彼らとコンタクトを取ることが出来る。召還の厄介な点はさきほどユキが指摘した通り、こちらの都合だけで異界に帰ってもらうことができないことだ。

 妖怪と契約を行い、ダンジョンに呼び出した後、契約を切るにも彼らの承諾が必要なのだ……一方的に強制帰還させることはできない。

 

「じゃあ、これがポイントリストになるわよ」


 俺が考え事をしている間にもユキはノートにリストを作ってくれたみたいだ。どれどれ……

 

<ゆきちゃんの素敵な妖怪リスト>

牛頭ごず 百ポイント

・牛鬼 百ポイント

餓鬼がき 五ポイント

・ガシャドクロ 五十ポイント

・カラス天狗 五百ポイント

ぬえ 千百ポイント

・妖狐 五百ポイント


 後ろの三人はユキの希望だろう……どれも知性が高く、穏やかな奴が多い。あー、ぬえのじいさんとかいたら、楽になりそうなんだよなあ。いいアイデアを一杯出してくれそう。

 千百ポイントか、そのうち……

 

「ん、ユキ……牛鬼のことを忘れていたよ」


「あ、やっぱり忘れていたのね……牛鬼さん可哀そう」


「牛鬼なら戻って来てもいいな。彼は武人だからしっかりとやることはやってくれるだろう」


「うん。牛鬼さんなら私も大歓迎よ」


 よおし、牛鬼と交渉することにしよう。彼は武人だが戦闘狂ってわけではない。必要があれば戦うし、普段はとても穏やかで禅や書道を愛する好感が持てる人なんだ。

 ラビリンス側が気に入らなかったとしても、牛鬼ならこのダンジョンにもマッチするだろう。俺のダンジョンは食費を抑えるために人員は最低限なんだが、ポイントの獲得状況も上向きだし牛鬼が戻って来ても大丈夫だろ。

 

「じゃあ、ユキ。今から牛鬼と交渉してみるよ」


「うん」 


 俺は地面にあぐらをかき、リラックスできる状態で目をつぶる。集中力を高め、目と耳に体の中の妖気を集めていく。牛鬼、牛鬼とつないでくれと心の中で念じると声が帰って来る。

 

『夜叉殿か。何用だ?』


 どうやら牛鬼につながったようだ。武人然とした低い落ち着いた声が俺の頭の中に響き渡る。

 

『牛鬼、少し野暮用があってさ、引き受けてくれないかな?』


『いかがいたした?』


 俺は牛鬼にラビリンスのことを説明する。他のダンジョンに行って暴れてきて欲しいという俺の依頼に牛鬼は悪く無い反応を返してくれる。

 

『……というわけなんだよ』


『なるほど。相分かった! 妖怪の底力をラビリンスの牛型モンスターに見せつけてやりますぞ!』


『ありがとう。助かるよ。さっそく来てもらっていいかな?』


『然り』


 牛鬼はどうやら他のダンジョン……ラビリンスのモンスターに妖怪の強さを見せつけるという解釈をしたようで、矜持きょうじとか誇りって言葉が大好きな牛鬼の心に俺の依頼がクリーンヒットしたようだ。

 牛鬼の呼び出しを念じ、ダンジョンポイントを消費すると俺の目の前に白い煙がもくもくと湧き上がる。

 

 煙が晴れると大きな人型が悠然と立っている。

 身長は二メートル五十程度、牛の顔に古風な武者鎧、腰に四本の刀をはぎ、背中からは蜘蛛のような足が八本生えた異形の大男……牛鬼だ。

 

 牛鬼は俺の姿を見とめると、軽く会釈を行い片膝をつき、右手を顔の前で横に倒す。仰々しいんだよな……牛鬼は。

 

「来てくれてありがとう」


「いえ、拙者こそこのような過分なお話有難く」


「さっそく、広場に行こうか」


 俺は牛鬼とユキを引き連れて広場に向かう。牛鬼は見た目からして強そうだし、実際に戦闘能力も高い。妖怪は総じて戦闘能力が高いのだ。ポイントは低くてもね……

 もっと戦闘能力が低くても構わないから「魅力」が欲しい。冒険者を惹き付けてやまない「魅力」を。ゴブリンとかずるいだろ本当に。あいつらの魅力は突き抜けてるからなあ。

 ゴブリンが出て来るだけで、冒険者のテンションがあがるっていうんだから羨ましすぎて何度歯ぎしりしたことか。オークはさらに魅力が高いそうだ……雲の上を見ても仕方ないんだけどな。

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