第17話 うっしー
面倒になってきたし、ダンジョンで暴れる様子もなかったから俺はうっしーというホルスタインのような女を放っておいて居住スペースに帰ろうとすると、クロに肩を掴まれる。
「マスター殿、モンスターを放置するなんていけませぬぞ」
クロは大きな猫のような目で俺をしかと見つめてくるけど、うっしーはそのうちあきて出ていくだろうし構わないと思うんだよなあ。
「クロ、こいつ放置しておいたら勝手に帰るんじゃない?」
「そうかもしれませぬ。しかし、しかしですぞ! マスター殿」
「えらい必死だな。どうしたんだ?」
「他のダンジョンのモンスターの襲撃を受けて黙って帰すなぞ……我がダンジョンの名折れ……」
何かカッコいい事をいっているけど、真意はどこにあるんだ? うっしーに侵入されたことは確かに事実だけど、別に倒す必要なんてないじゃないか。居座られても俺のダンジョンに害があるってわけでもない。
何より……こいつと会話しても疲れるし……
「面倒だし、勝手に帰るだろ……」
「あんなホルスタイン、放置できませぬぞ! マスター殿の目線も釘付けじゃないですか」
あー。そういうことね。胸は見てもいなかったんだけど、ホルスタインのように揺れるアレが気に入らないんだな……全く。
「俺は気にしてないから、あいつと話をしても会話が成立しないからもういいかなと」
放置されたうっしーはというと……勝手に自分の鞄をあけて中から牛乳瓶を取り出してる。マイペース過ぎるだろ!
「ふんふんふんもー」
ご機嫌な鼻歌まで歌いやがって! クロの鼻息が荒いってのに。
「ええと、うっしー?」
「うっしーの牛乳飲むふも?」
ダメだ。こいつは話が進まねえ!
「牛乳は要らないから! 何しにここに来たんだ?」
「ふもふも」
「ワザと答えてないのか? いい加減にしないとそのホルスタインを下から上にペロンとするぞ! それも両手で」
「どうぞどうぞ!」
うっしーは立ち上がり、俺に向きなおると両手をお尻の方へ回して背を反らす。胸がツンとこちらに強調されるようなポーズだ。
俺の肩をまだ掴んでいるクロの手に力が入る。痛いって。
「どうぞじゃねえ! このうしがあ!」
「ふんもおおお!」
やはり、ダメだ。帰ろう……
「もういいや、帰るわ……」
「待つふも。うっしーはいい話を持ってきたんだふも」
えー。胡散臭いって……俺はうっしーが言う「いい話」に心が惹かれることもなく、そのままクロを引きずって立ち去ろうと歩き出すと、彼女が俺の前に回り込んで両手を広げて道をふさいでくる。
「うっしー、ゆっくりしていっていいからな。じゃあな」
「待つって言ってるふも。うっしーはラビリンスから来たって言ったふも?」
「そういやそうだったな。あの人気ダンジョンだよな」
「ラビリンスと提携したくないふも? 人気爆発ふもふも」
さっきラビリンスとは関係ないって言ってたじゃないか。何言ってんだよこいつ……
「胡散臭いな……ラビリンスにメリットがないじゃないか」
そう言いつつも俺は椅子に腰かけると、うっしーも俺の向かいに座る。クロはずっと俺の後ろに張り付いてうっしーを睨んだままだ。
「夜叉、うっしーは人間の街でお店をやってるふも。新鮮な牛乳を出す喫茶店なんだけど、大人気ふも」
「ほう。そこで俺のダンジョンの宣伝でもしてくれるのか?」
俺の発言にうっしーはパアっと笑顔になり、うんうんと頷く。あ、怪しすぎるぞ……
「そうふも。うっしーのお店で宣伝したら、このダンジョンに人がわんさかふも!」
「冒険者じゃなくて一般人かな?」
「そうふも?」
いや、俺のダンジョンは一般人でも大歓迎なんだけど、普通のダンジョンは違う。ダンジョンとは普通、冒険者とモンスターが凌ぎを削る熱い戦いが行われるものなんだ。
うっしーの所属するラビリンスだって同じだろう。これは何かある。しかし、宣伝はして欲しい。
「クロ、お客様にドリンクとお菓子を」
俺はポイントになると判断し、途端にうっしーに対する態度を豹変させる。クロは突然変わった俺の態度に驚いていたけど、俺の言う事ならばと居住スペースにドリンクとお菓子を取りに行ってくれた。
「よかったふも。じゃあうっしーはこれで……」
お菓子を持って来ると言ってるのにうっしーはそそくさと立ち上がろうとする。何だ、何があるんだ? 俺たちに何か厄介ごとを押し付ける気が見て取れるけど。
その時だった。
――牛頭に人間の体をした筋骨隆々の大男が広場に姿を現したのは……
牛頭は俺に目もくれずズガズカと大股で広場に入って来ると、うっしーを睨みつける。睨まれたうっしーは「ふもふも」叫んでいるが……あのモンスターはラビリンスのモンスターかな?
「ふもおおおお!」
「ようやく見つけたぞ! うっしー。連れて帰ってお仕置きだ!」
牛頭がうっしーの首根っこを掴もうと踏み出すが、あろうことかうっしーは俺の後ろに隠れやがった!
「夜叉、さっき約束したふも?」
「約束なんて何もしてません。どうぞお引き取りを。クロ、お客様がお帰りだ」
ってまだクロは戻って来てないのか。仕方ない。俺は後ろに隠れるうっしーを差し出そうと牛頭の方へ向き直るが、うっしーが何か俺に呟いているな。
「うっしーのお店は毎日百人以上のお客さんが……宣伝したら毎日人がこっちに来るふも……」
「牛頭さん、どうやらこのうしは俺のお客様のようだ。話を聞こうじゃないか」
そうだな。うっしーとは約束したんだったよ。ははは。俺としたことが忘れていたよ。
牛頭はイライラした様子で俺にめんどくさそうに口を開く。
「こいつを連れ戻さないと俺の顔がたたん。悪いが連れて帰る」
「そもそも、うっしーは役に立ってるんですか?」
あ、地雷を踏んでしまったか、牛頭が固まってしまい、うっしーは四つん這いになって頭をさげている……
「残念ながら……うっしーは戦いがあんまりだ……」
「正直いらないんじゃないですか?」
「武闘派ダンジョンのラビリンスが落伍者を出したとか風評が悪いだろう?」
牛頭はラビリンスについて簡単に俺へ教えてくれる。ラビリンスは出来得る限り侵入した冒険者を抹殺することを至上とする硬派なダンジョンで、最近の軟弱なダンジョンに苦言を呈しているらしい。
ダンジョンに来た冒険者は叩き出すのが現在のトレンドなんだよな。だって、殺してしまったら、もう二度とその冒険者からポイントを取得できないだろ?
冒険者の数が減ってしまうことは痛手だからな。だから、最近のダンジョンは冒険者を気絶させ外に放りだすのが主流だ。冒険者にとっても俺達にとっても優しい仕様ってわけだよ。
しかし、ラビリンスは違う。昔ながらの伝統を守り、接敵確殺を狙う武闘派なダンジョンなのだ。それでも人気なのはラビリンスがそれだけ魅力的なダンジョンなんだろう。
ええと、うっしーのノンビリした感じには合わないと思うんだけどなあ。ラビリンスのダンジョンマスターは何でこんなやつ呼び出したんだろ?
「うちの妖怪とうっしーをトレードしたことにしますか?」
「ほう。話を聞こうじゃないか」
牛頭は俺の話に興味を持ってくれたようで、ドカッとその場に腰をおろす。うん、豪快で男らしい座り方で好感がもてる。
「ええとですね。うっしーの代わりにうちの妖怪を一体ラビリンスに送りますんで、そいつをうっしーの代わりとしたらどうですか? 武闘派を送りますよ」
ポイントは非常にもったいないが、うっしーのお店とやらが集客力があるのなら消費ポイント以上に稼げるはずだ。うっしーのお店とやらは一般客しか来ないらしいから、ラビリンスにとっては何の益にもならない。
むしろ……今までの話から推測するにうっしーは勝手にラビリンスから逃げ出して人間の街でお店を開いていたんだろう……ダメな奴だぜ。
「なるほど。悪い話ではないな。だが一つ問題がある」
牛頭は悪く無いといった風に頷きを返すが、指を立て俺に問題点を語り始めるのだった。
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