第16話 招かざる客
俺は浮かない気分のまま居住スペースに戻ると、食堂で氷飴を食べていたユキの向かいへと座る。机の上に氷飴の入った袋が置かれていたけど、残り僅かになっていた。
「ユキ、これこの前出した氷飴かな?」
「うん……」
俺は寂しそうに氷飴の入った袋に目をやるユキを見て、無言で立ち上がると冷蔵庫から俺が出した方の氷飴の入った袋を持って来る。
ユキがリストをくれた時に氷飴を俺の分も出してもらっていたんだけど、欲しいといったがあれから袋を開封していなかった。
俺は机の上に氷飴の入った袋を置くと、封を切り残り僅かな氷飴となった袋へ氷飴を入れて行く。
幸い全部入ったので、ユキの持っていた氷飴の袋は満タンになったぞ。
「夜叉くん……ありがとう」
ユキは顔を真っ赤にして俺にお礼を言ってくる。別に氷飴を食べたからといって恥ずかしがることでもないんだけどなあ。
ポイントを気にするユキだからこそ、おやつへポイントを使う事に後ろめたい気持ちがあるんだろうか。
それを言い出すと、缶ビールとかオレンジジュースなんてもったいないの最たるものだけどな……でもビールくらい飲みたいじゃないか。
「もっと気にせずに嗜好品を食べられるようになればいいんだけどなあ……」
俺は氷飴の入った袋に手をやっては離し、やっぱり手をつけては離すユキを眺めながら呟く。そんなに欲しいなら食べればいいのに……
俺は氷飴を一つつまむと、ユキの口に放り込もうと彼女の口に氷飴を持っていく。ユキは氷飴が口元に迫ってくると、思わず口を開いてしまったようだ。
そのまま、氷飴を彼女の口の中に入れるとものすごい速度で口を閉じられてしまった! まだ指が口の中だって。そのまま俺の指まで舐められてしまった……
「ご、ごめんなさい……つい……」
「いや、いいんだけど……」
そこまで食べたかったのかよ! どんだけ氷飴が好きなんだ……
「夜叉くん、氷飴は確かに好きだけど……それだけじゃないんだけどなあ……舐めたかったのは……」
ユキがボソッと何かつぶやくけど、後半は聞き取れないから良く分からない。
「そうだ、ユキ。さっきの冒険者達でポイントはいくつ入った?」
「え、ええと。四ポイントね。二時間以上は入口にいたようね」
「あいつら……ポイントはありがたいけど、次から見かけても会話はしないからな」
もう二度と来るな! って言えないところが辛いところだ。あんなやつらでも来てくれるとポイントになる。ポイントに
もらえるものなら、どんな奴からのポイントでも貰う。それが俺たちのジャスティスなんだよ!
「今月はここまでで八ポイントね」
「おお。ハゲ頭たちは四時間も滞在していたのか」
「うん。四時間半くらいね。カラオケで盛り上がってくれたし」
おお。そうか、もう八ポイントも入っているのか。これなら月間五十ポイントも突破することは余裕だろう。
この日はこの後さらに冒険者が数名来てくれたが、いずれも俺が入口に到達する前に箱からビラを持って出て行ったらしい。先月の取得ポイントは五十ポイントくらいで、今月は五日を過ぎた時点で十二ポイント。
このペースだと月間百ポイントも夢じゃあないぞ!
◇◇◇◇◇
――三日後
ポイントが枯渇しているから、施設の増設は一旦凍結している。メリーゴーランドくらい作りたかったけどなあ。そうだ、迷路を作ろうか。迷路ならポイントは要らないぜ……
この三日間で、冒険者は何人か訪れ俺が接触に成功したのは一組だけ。接触できた冒険者達にはキャンプ施設とカラオケのことをアピールしておいたんだ。彼らの反応は悪く無かったから今後に期待だな。
順調、順調と思いユキと食堂でポイントの計算をしていると、クロが慌てた様子で駆けこんで来た。
「マスター殿。侵入者でござるよ!」
「ん? ポイントは増えてないから誰も来てないと思うんだけど」
「侵入者が来たのです!」
ん、「侵入者」か。冒険者たちがダンジョンに来るとダンジョンポイントが入る。ポイントが入っていないのに「侵入者」は居る……てことは他のダンジョンのモンスターである可能性が高い。
ダンジョンは世界中に散らばっており、全部でどれほどの数があるのか俺は把握していないが、軽く三桁はあるだろう。お互いのダンジョンは基本「不干渉」なんだ。
他のダンジョンに俺達が行っても、相手のダンジョンにはポイントが入らないし俺達の益にもならない。全部のダンジョンを潰して、ダンジョンに集まる冒険者を独占しようって考える者はいるかもしれないけど……世の中はそううまく行かないのだ。
一つのダンジョンが潰れると、新しくダンジョンが生まれる。つまり……ダンジョンを潰してもダンジョンの数は減らない。
例外はあるにはある。それは、「超人気」ダンジョンを潰すことだ。これならメリットになるだろうな……新しく生まれるダンジョンの方が人気が無いだろうから、自身のダンジョンに冒険者が流れてくるかもしれない。
じゃあ、俺のダンジョンはというと……悔しいが放置しておいた方がメリットが高い。俺のダンジョンより新しく生まれるダンジョンの方が集客力が高いだろうから。
そんなわけで、俺のダンジョンに他のダンジョンのモンスターが来ることは無いはずなんだ。
「それってモンスターか?」
俺がクロに問うと、クロは高速で頷き俺の手を引っ張る。
「行くでござる」
「わ、分かったから、お茶だけ飲ませて」
「そんな悠長な! ダメでござる。急ぎ侵入者を始末するのです」
俺はお茶を手に持ったまま、ズルズルとクロに引っ張られていく。こいつ……見た目に反してものすごい
クロに連れられて広場のステージに行くと……観客席のテーブル席に一人の女? が座っている。ホルスタイン柄のフード付パーカーの下に数十年前に流行したボディコン衣装。ピチピチのラメ入りの黒いシャツに、ピチピチのパンツが見えそうな丈のタイトスカート。
そして何より異質だったのが、ホルスタインのような胸だ……頭からは内側にクルリと巻いたヤギのような角が二本生えているから、こいつがクロの言う「侵入者」だろうな。
「クロ、あいつか?」
「そうでござる! あのホルスタインです」
ホルスタインって……パーカーの柄を見て言ったのか、あの大きな胸を見て言ったのか。まあどっちでもいい。
俺は意を決し、パーカーを着た角の生えた女に話しかける。
「ここに何の用だ?」
すると女は首を傾けて俺に応じる。
「うっしーふも」
「うっしー? 名前か?」
「そうふも、うっしーふも! よろしくも」
待て待て! 誰も名前なんて聞いてないから、「何をしに来たんだ?」って俺は聞いただろ。この前の臆病な冒険者と並ぶほどの酷いことになりそうな予感がビンビンする。
「俺は夜叉だ。うっしーは何をするためににここへ?」
「うっしーはラビリンスから来たふも」
だから、聞いたことに答えろよお。言葉を理解できるんだが、言葉が通じてない。頭が痛い……
しかし、ラビリンスか。ラビリンスと言えば、牛型のダンジョンマスター「ミノタウロス」が差配するダンジョンで割に人気のあるダンジョンだったはず。
そんな人気ダンジョンのモンスターがここに何の用だ?
「そんな人気ダンジョンが俺に何の用だ?」
「ラビリンスは関係ないふも」
関係ないのかよ! あー。話が進まねえ!
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