第15話 バカップル登場

 翌日のことだった。ベッドでスヤスヤと眠っていると、体が重い……

 そして、何やら途切れ途切れに声が聞こえるのだ。俺が人間なら金縛りだの心霊現象だの騒ぐかもしれないが……俺は夜叉。妖怪ならそんなことでは動じない。


 多少体に重みを感じる程度だ。声だって目覚まし時計よりは音量が小さい。

 うん、問題ない。気にしないことにしてもう少し眠ろう。


 俺が再び眠りにつこうとすると、重みはそのままに次は息が苦しい。口を柔らかい冷たい何かに塞がれている!


 我慢出来なくなって、目を開くと至近距離に目をつぶったユキの顔が!

 何だこれ。何が起こったんだ。


 俺の口を塞いでいたのは、ユキの冷たい唇だったようだ。計らずともユキからキスをされていたのか。

 おいしい状況だけど、どうせするなら起きてる時に俺からしたかったよ。


 俺の目が覚めた事に気がついたのか、ユキはパチリと目を開き俺と目が合う。

 彼女は小さな悲鳴をあげて俺からのけぞり顔を離すが、俺の上に乗っかったままだ。

 少し顔を上げて様子を見てみると、ユキは俺の腹のあたりに股を開いてベッドに両膝をつく形で座っているようだ。

 純白の着物の間から、赤色のパンツがチラリと見えた。


「見た?」


 見たってどっちだ? キスするところか、それとも赤いパンツか?


「何を見たのか判断がつかない」


「何をって、あ!」


 ユキは俺が彼女のパンツを見た事に気がついた様子で、カーッと頰が赤くなると慌てて俺から飛び退いた。


「もう! 夜叉くん!」


 風呂で俺の前で裸になることは恥ずかしくないのに、パンツが見える事が恥ずかしいとはどういう事だ……見た俺も悪いんだけどさ。


「ごめん、ごめん」


 俺が両手を合わせて謝ると、ユキは「もう」とため息をついた後に腰に手をやる。


「夜叉くんを起こしに来たけど起きないから……」


「ふむ……起きないといけないような事件が起こっているのか?」


「うん。冒険者がダンジョンに入って来たの」


「おお! それは急いで出迎えないと!」


 俺はジーンズにTシャツといつもの姿だったのでそのまま部屋を出ようとしたら、ユキからダボダボのニット帽を手渡される。

 彼女は気を利かせて、ニット帽を持って来てくれていたのだ。


「ありがとう! ユキ」


「うん、頑張ってね」


 俺はユキの頭を軽く撫でると、彼女は気持ち良さそうに切れ長の目を細める。ユキの頭から手を離すと、俺はすぐにダンジョンの入り口へ向かう。道中は落とし穴のショートカットを使う事にした。これは良いな! ダンジョンの入口までの到達時間がおよそ半分くらいになる!

 バンジージャンプはできなかったけど……



◇◇◇◇◇



 ユキが俺を起こすまでにかかった時間と俺がダンジョン入口まで移動する時間を考慮すると、冒険者は既に入口に居ないだろうなと思っていたが、入口の宝箱の前に人影が二つある……俺は人影に気が付かれないよう息を潜めて彼らを観察することに決めた。

 少しずつ彼らに近寄っていくと、二人の様子がはっきりと見て取れる距離まで気がつかれずに接近することができた。どうやら冒険者の男女のようで二人とも若いな。十代後半ってところか。

 少年の方は小柄で気が弱そうな少年。少女は黒髪ロングの眼鏡をかけた長身で、ここはダンジョンだというのに紺色のブレザーにスカート、そしてパンプスかよ。

 何やら会話をしているようだな。どれどれ……

 

「マリコさんは僕が守るから、安心して……」

「ライル君……」


 小柄な少年は眼鏡の少女を励ましているようだけど、足がガクガクしているぞ……大丈夫かよこいつら……

 ここが俺のダンジョンで良かったな。しばらく観察していたけど、彼らは宝箱の前から動こうとしなかった。「僕が守る」んじゃなかったのかよ! 少年!

 

 このまま観察していてもらちが明かないと思った俺は、彼らの前に姿を見せることにした。俺は後からこの時俺が取った行動を激しく後悔することになる。

 

「やあ」


 俺は出来得る限り気さくに彼らに挨拶したが……少年は少女の後ろに隠れて膝が笑っているではないか……「守る」んじゃないのかよ! お約束過ぎる動きでため息しかでないよ!

 

「あ、あなた、見たところ人間のようだけど、ダンジョンにそんなラフな格好だと危ないわよ」


 いや……ブレザーにスカートの眼鏡少女にそんなこと言われても困る。自分だって似たようなもんじゃないかよ。

 俺は自身の恰好を一応見る振りをしてから、彼らに向きなおる。

 

「ここは安全なダンジョンだから大丈夫なんだよ。ここにはモンスターがいない。妖怪が住むダンジョンだ」


「安全なダンジョンって……」


 少年が少女の肩の後ろから顔だけ出して俺に応答してくる。な、情けなさ過ぎるぞ、少年。

 

「妖怪は人間を襲わないんだ。俺はここで働いているくらいだしな」


 前回来たハゲ頭と少女の親子に使った設定を今回も使うことにした。

 しかし、この二人の反応はハゲ頭親子と違ったのだ……

 

「そ、そんな嘘にはだまされないぞ! お、おまえはモンスターが化けているんだろ! ぼ、僕はマリコさんをお、おまえから守る!」

「ライル君!」


 ええと、俺は確かに妖怪で人間を装って彼らに話かけたから、間違っていないけど……「守る」なら前に出てこいや! そこの少年!

 彼は少女と抱き合っているが、少女が俺に背を向けているんだよ! 俺、少女、少年という配置になる。守るって守られてるじゃないかよお。

 ダ、ダメだ。頭が痛くなってきた。もう帰ろうかな。この二人がダンジョンに来てくれたことで一応ポイントは獲得しているし。

 

 俺は無言で一歩前に進むと、彼らもそのまま一歩後ろに後ずさる。俺がもう一歩進むと同じように彼らももう一歩後退する。

 なんだかなあ……

 

 俺はげんなりしながらも宝箱の前まで来たので、中からビラを二枚取り出して彼らに見えるようにビラを掲げる。

 

「これはこのダンジョンで作っている広告みたいなもんだ。これを持って出直してくるといい……」


 少年ではなく、少女が恐る恐る俺からビラを受け取ると、ササッと俺から離れ二人でビラを読み始めた。

 そんなにビビっているのに、俺の目の前でビラを読むことに集中するとか……もう突っ込まないぞ俺は!

 

 そんな俺の心の葛藤などお構いなしで、彼らはヒソヒソと何か囁き合っているじゃないか。

 

「妖怪のダンス……」

「キャンプできます……」

「騙されたらダメだよ……マリコさん」

「うん。ライル君……」


 全部聞こえてるからな! ワザとだろお前ら……俺はこれ以上ここにいることが精神衛生上困難になってきたので、ここから立ち去ろうと彼らに背を向ける。

 俺が数歩進むと、途端に強気になったのか少年の勝ち誇った声が聞こえる。

 

「マリコさん、奴は僕に恐れをなして逃げ出したよ!」

「やったわね! ライル君!」


 俺は怒りでプルプルと肩を震わせながらも、彼らを殴り倒すことを我慢する。安全、安全なダンジョンにしようと誓ったじゃないか……俺は心の中でそう独白し怒りに耐える。

 

「やーいやーい! この臆病者め!」


「分かったから、とっとと帰れ!」


 俺は彼らに振り返り強い口調で叫ぶと、少年は悲鳴をあげて尻もちをつく。

 器用なことに少年は尻もちをついた姿勢のまま後ろへカサカサと動く……彼を追う様に少女も後ろへと下がって行く。

 

 ついに少年はダンジョンから外へ出る階段へお尻が当たるまで後ずさり、階段にお尻が当たったことに気が付くと、立ち上がって俺に背を向けて一目散に逃げ去って行った……

 遅れて少女も少年の後を追って行く。

 

 やれやれだよ……来なければよかった……どっと疲れた俺は重い足取りで居住スペースへと戻って行くのだった。 

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