第11話 冒険者来訪

 風呂でステージの前振り司会と座敷童たちのダンスが終わった後に冒険者たちをどう案内するか、などを考えていたら少しのぼせてしまった。

 ユキとクロが風呂の順番を待っているというのに悪い事をしてしまったなあ……

 

 食堂でクロが風邪を引いたかもしれないってユキが言っていたけど、まさかクロが風邪なんて引くはずが……だって何とかは風邪引かないっていうじゃないか。

 いやそれは冗談として、クロがこれまで風邪を引いたことなんて一度も無かった。妖怪は種族によって風邪を引くこともあるみたいだけど、猫又はどうなんだ?

 

 一応確認しておくか……俺は大丈夫と思いつつもクロの部屋の扉を叩く。

 

「クロ―! 大丈夫かー!」


 あれ、返事がない。もう寝たか? まさか本当に寝込んでいるとか? いやいやそんなー。

 

「クロ―!」


 俺は再び扉を叩き、クロに声をかけてみるが……ん、扉の奥から何やらくぐもった声がする。

 ダメだと思いながらも、俺は扉に耳を当て中から聞こえる声に集中する……あ、これは聞いちゃいけない声だった……すまんクロ……

 俺は心の中でクロに謝罪し、このことは聞かなかったことにしようと心に強く誓う。猫だけに発情期があるのか。体が火照っていたってのもそのせいだろう。

 俺は知らなくていいことを知ってしまい、少し陰鬱な気分になるがそっとクロの部屋の前から立ち去ることにした。

 

――翌朝

 いつもの三人で朝食を食べながら、ユキは昨日ステージ用の衣装を考えたと俺達にサンプルを見せてくれた。

 黒手くろて用にシルクの長手袋と青色の鬼火。座敷童にはユキがつくったリストを見てもらい選んでもらうとのことだ。

 

「おお。いいんじゃないか?」


 俺は黒手用のシルクの長手袋を手に取り、しげしげと眺める。

 うん、これなら黒手の体は全て隠れるし、青白い鬼火は視覚的に綺麗だから白も映えていいんじゃないかな。


「ユキ殿、すごいでござる! 吾輩何もしてないです……」


 クロがしゅんとしているが、ユキは彼女の頭を撫でて微笑む。

 

「いいのよ、クロ。昨日は体調が悪そうだったし。これ以外にも衣装を一緒に考えよう?」


「ユキ殿!」


 クロは感動したようにユキにユキを見上げる。

 正直なところ、クロと相談して何か役に立つようには思えないんだけど……クロにはもっと体力を使う方向で何かあれば頼んだほうが良さそうだな。

 また知恵熱を出されたらたまらない。そういう意味では昨日ユキがクロを「体調不良」と勘違いしていて幸いだったのかもしれないな。

 

「ユキ、ベニヤ板と黒色のペンキを出してもらえるか?」


「看板を作るの?」


 さすがユキだ。察しが早い。ダンジョンの入口の宝箱の上に看板を置こうと考えているんだ。真っすぐ進んだ奥に広場があり、そこのステージでダンスしてます。って感じでね。

 後もう一つ、「戦闘行為は行ってません」ってのもアピールしておかないとな。「安全で楽しめるダンジョン」が目指すところだ。冒険者たちもダンジョンへ戦いと宝箱を漁りに来ているわけだから、入口で誤解を解いておいた方がいい。

 冒険者たちは看板を見る事で回れ右して帰ってしまうかもしれないけど、中に入って来てもすぐに帰ってしまうから俺達にも冒険者にも入口で判断してもらった方が無駄にならないはずだ。

 

「うん。そのつもりだよ」


「無駄を省けるし、入口でステージのダンスをアピールすることも出来るから良い案だわ」


 おお、正確に俺の意図を把握している。

 ユキは食事が終わるとさっそく看板作成に必要なアイテムを出してくれた。

 俺が入口に向かおうとすると、俺の背後からユキが俺の手を引く。


「どうした? ユキ」


「これ、持って行って」


 ユキは俺に白色のニット帽を手渡してくれた。頭のてっぺんがゆったりしたタイプのニット帽でちょうど角が隠れるようになっている。

 

「おお。ありがとう!」


 俺はさっそく、白色のニット帽を頭に被ると調子を確かめる。うん。このダボダボな感じのニット帽なら角で多少膨れ上がっても大丈夫そうだ。


「気に入ってくれてよかったわ」


 俺の笑顔を見て取ったユキが満面の笑みで俺を送り出してくれた。彼女が笑った時、少しだけドキっとしたのは彼女に秘密にしておこう。恥ずかしいし……

 

 

 俺はダンジョンの入口へ移動してから、ステージを作った時に余った白色のペンキとさっきユキに出してもらった黒色のペンキとベニア板を使って、看板の制作を開始する。

 もうすぐ完成しそうな時に、ダンジョンの入口へ繋がる階段から足音が……ひょっとして冒険者か!

 

 ええと、俺の恰好はニット帽をかぶっているから人間に見えなくはない。しかし……ジーンズにTシャツ、ダボタボのニット帽という姿はどう考えても冒険に出る恰好じゃないよな。

 冒険者から見たら不審者そのものだけど、友好的に話しかけようじゃないか。

 

 降りて来たのは二人の冒険者だった。一人は筋骨隆々の背が高い中年の男。頭は禿げ上がり、顎鬚がワイルドな感じで、ハードレザーの鎧に厚手のズボン、腰には剣を装備している。

 もう一人は少女だ。ハゲ頭の中年の娘だろうか。つりあがった瞳に金髪……根元の方が黒色だからきっと金髪に染めているんだな。長い金髪を首の後ろで結んで、胸にハードレザーの鎧をまとい、藍色のフレアスカートと同じ色のシャツを身に着けている。

 

「こ、こんにちは」


 俺は気さくに二人へ話しかけてみる。手には完成したばかりの看板を持った姿で……

 二人は俺を上から下までマジマジと眺めると、男の方が明らかに不審者へかける声で俺に問いかける。

 

「お前、こんなところで何をしているんだ?」


「い、いやあ。看板を作ってまして……」


 うはあ。ますます怪しい者を見る目になっちまったよ。どうする俺……このまま会話を続けるしかないか。

 

「看板? ダンジョンで一体何をしているんだね。君は……危ないからさっさと帰りなさい」


 中年のハゲ頭は子供に言い聞かせるようにゆっくりとした口調で諭すように俺へ言葉を返す。

 そんな生暖かい目で俺を見ないでくれ……ものすごく微妙な気分になってしまうじゃないか。これならまだ怒ってくれた方がマシだよ!

 

「い、いやあ。このダンジョンで働くことになりまして。衣食住完備なんですよ。だからこんな格好なんです」


 俺は武器も持たず、ラフな恰好であることをアピールする。看板を彼らに見せることも忘れない。

 

「ダンジョンで仕事かね? 聞いたことが無いが……モンスター共は出会うと襲い掛かってくるだろう?」


「ええと、ここはモンスターではなくて妖怪が生息しておりまして……彼らはモンスターと違って友好的なんですよ」


「妖怪だって……パパ……帰っていいかな?」


 「妖怪」という言葉を聞いた少女は、踵を返し帰ろうとするが、慌ててハゲ頭が少女を止める。


「ま、まてまて。マミ! 妖怪でも戦闘訓練にはなるから……な!」


 ハゲ頭の声に一応耳を貸した少女は立ち止まって俺へと向き直る。

 

「あなた。このダンジョンで働いてるって言ってたわよね?」


「あ、ああ。妖怪は襲ってこないよ?」


「宝箱もない、モンスターもいないんじゃ、入る価値ないじゃないのよお」


 少女は偉そうにプンスカとお怒りになるが、俺もお怒りになりそうだよ。悪かったな! モンスターじゃなくて! ちくしょうう。

 あ、いいことを思いついた。このハゲ頭はかなり少女に甘そうだな。

 

 俺はハゲ頭の耳元へ囁く……

 

「妖怪だったら、安全に戦闘訓練できるよ。友好的だから怪我もしないように手加減もできる……」


 俺の囁きにハゲ頭は目を見開き、少女の説得へ入る。

 ちょろい親父だぜ! ははは。これで二名様ご案内だー。

 

 あ、戦闘訓練じゃなくてダンスを見て欲しかったんだけど……人が来れば目的が違っててもいいよな?

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