第10話 ユキ

――ユキ

 夜叉くんがお風呂に行ってクロが自室に戻った後、私は部屋で今日の事を思い出して顔が火照る。夜叉くん……大胆過ぎて驚いちゃったよお。

 夜叉くんとはこれまで長い付き合いだったけど、男女を意識したことは無かったの。でも、今日私は夜叉くんから求愛を受けちゃったんだ! えええ? まさか夜叉くんが私の事を……

 

 雪女は人間の男の子と結ばれるためにいろいろ努力をするんだけど、人間社会では雪女の評判は酷く悪い……なるべく人間の男の子を大事に扱うつもりでも彼らはすごく脆弱で……すぐ凍って死んじゃうのね。

 雪女は見た目も……特に目が人間と違って猫のような目の色をしているから一目で人間と違うってわかっちゃう。人間の中には雪女の見た目を気に入ってくれる子もいるんだけど……風評被害が酷くてなかなか結ばれないの。

 人間の恋愛事情はもちろん知っているし、私は憧れちゃうけど雪女の事情からすると……人間でいうところの肉食系、それも超肉食系になっちゃうのね。

 雪女は男の子を捕まえるのに必死なわけで。

 

 じゃあ、襲っちゃえばいいんじゃない? って思うんだけど不思議なことに襲っちゃって子種を手に入れても子供ができないの。だから合意の上にエッチをしないとダメなんだ……

 

 雪女は人間の基準で見るときっとみんな美人だと思う、でもモテないんだよね。人間の気持ちは分かるけど。

 でもでも、美しいものにはトゲがあるって言うじゃない? 人間は「愛は何でも克服する」って言うけど、そんなの嘘だよお。

 

 夜叉くんはどうだろう? 彼は夜叉だから私の妖術をまともに喰らっても怪我はするかもしれないけど命に別状はないかな。何度か喰らわせてしまったことがあって、平気そうだったもん。

 人間に比べると彼は遥かに頑丈だ。だから、彼が死んでしまう心配をする必要はない。これだけでも私が夜叉くんを選ばない理由はないのよね。

 夜叉と雪女って結ばれた例がないし、夜叉くんも私のことを恋愛対象と見てる風には見えなかったから、私はこれまで彼のことをそういう対象に見てなかったの。

 

 でも、今日突然夜叉くんが求愛行為をしてきたから、ビックリしちゃった! まさかまさかだよお!

 夜叉くん……性格も悪く無いし、何よりタフだ。すぐに返事をしないとと思ったんだけど、頭が真っ白になってしまったの。

 

 頭の中でいくつもの方程式がグルグル回っていっぱいいっぱいになっちゃった。

 あー、雪女の習慣と夜叉族の習慣ってきっと違うだろうし……とか考えてるとますます混乱してくるう。

 ひょっとしたら、私だけが盛り上がってしまったのかもしれない……夜叉くんははっきりと私とお付き合いするって言ってくれなかったし……

 

 できれば夜叉くんと人間のような恋愛をしてみたい! ああ。考えただけで頬が熱くなってきたよお。

 

「ユキー! クロー! 風呂あがったぞお」


 あ、夜叉くんの声が聞こえる。お風呂に行かなくちゃ。

 私がお風呂に向かおうとすると、クロが私の腰に突然絡みついて来る。

 

「ユキ殿、吾輩が先に入ってもいいです?」


「え? 別に構わないけど……」


 何でクロはこんな必死なんだろうか……お風呂の入る順番にそこまで拘る理由がわからないや。

 

「あ、ありがとうですう」


「そんな必死にならなくても……」


「え? ええ? 吾輩必死じゃないですよお」


 私の腰から手を離し、前に回り込んだクロの瞳が泳いでいる。

 

「そういえば、クロ。今日はごめんね」


「え? 何のことでござるか?」


 クロは不思議そうに大きな瞳でじっと私を見つめて来る。

 この子は少し鈍いところがあるから、ちゃんと説明しないとだ。

 

「ええと、私と夜叉くんのこと。突然でごめんね」


「ああ。吾輩、お二人とも好きなんです! できれば混ざらせて欲しいでござる!」


 吐息が荒いよおクロ。どうしちゃったんだろ。

 

「混ざりたいっていつも一緒にいるじゃない? 私達」


「いつも一緒……ハアハア」


 クロ……何言ってるのか分かんないや。どうしちゃったんだろう。

 クロの吐息が余りに荒くなってきていて、顔も赤いから、私は彼女の額に手を当てると少し熱があるように思う。

 猫の体温ってどれくらいかわからないけど……確か、人間より少し高いくらいだっけ? 

 

「んー」


 私は彼女の額に自分の額をつけ、少し考えてみるけどクロが風邪を引いているかなんてやっぱり分からなかった。

 クロはというと……ますます息が荒くなってきてる。大丈夫かな?

 

「あわあわ……」


 クロは私の手を払いのけて、お風呂へ向かって走っていった。何だったんだろう。

 後で夜叉くんに聞いてみようかな。


 たぶん夜叉くんは食堂でココアを飲んでいるから、私は食堂に向かう。

 あ、いたいた。夜叉くんは私と目が合うと手を振る。私も手を振り返すと彼の向かいに腰かける。

 

「夜叉くん、クロが熱っぽいの」


「ええ。それは大変だな。あいつでも風邪引くのか……」


 夜叉くんは驚きでココアが入ったカップを落としそうになっていた。そこまでビックリしなくてもいいと思うんだけどお。

 クロに失礼じゃない。

 

「夜叉くん、いくらクロが頑丈でも風邪くらい引くと思うんだけど……」


「そ、そうだな。風呂から出てきたら聞いてみるよ」


「うん。氷枕なら任せて!」


「はは。ちょっと冷たすぎるんじゃないかな……」


 夜叉くんは乾いた笑い声をあげる。失礼なあ。私だって加減はできるんだから。全力で妖術を喰らわせるのは夜叉くんだけだよ。


「もう……加減くらいできるわよ」


「そ、そうか。悪い」


 夜叉くんは頭をかいて謝罪してくる。すぐ謝ることはいいことだと思う。私はなかなか素直になれないからなあ。

 計算と違って、人の感情って難しい。

 

 夜叉くんと話をしていると、クロがお風呂から出て来たから私はお風呂に向かう。

 お風呂から出たら、クロとステージで使う衣装の事を相談しようと思ったけど、クロの調子が悪いみたいだから一言声をかけてから自分の部屋で衣装のことを一人で少し考えようかなあ。


※風評被害じゃないと思いますよ! 実害出てますし。

 

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