第9話 結局他に頼る

「どうしたクロ?」


 俺は何事もなかったかのようにユキから距離をとり、クロへ向き直る。

 

「二人だけでずるいでござる! 吾輩……独りぼっちは嫌なんです……」


 え、それって……ただの馬鹿な黒猫と思っていたが、俺とユキが恋人になったら自分は放っておかれると思ってさっきから必死だったのか?

 頬を膨らませて耳をピンと立てている姿は子供っぽくて可愛らしい。


「もう、クロを放っておくわけないじゃない」


 ユキは呆れたように肩を竦めると、クロを抱きしめる。抱きしめられたクロは最初戸惑っていたが、「ユキ殿ー!」と叫んでユキの体をギュっと抱きしめている。

 全く、変なところで心配するんだから。

 

 俺はクロの頭を後ろから撫でると彼女へ声をかける。

 

「心配しなくても、今まで通りだよ。クロ」


「マスター殿お!」


 おおっと、今度は俺に抱きついて来た。クロは滂沱の涙を流しながら、俺に頬を寄せる。お互い立った状態でいるので、クロの頭のてっぺんはちょうど俺の肩くらいになる。だから、クロの涙で濡れるのは俺の胸あたり……鼻水を俺の服で!

 何て奴だ……

 

「こら、クロ! 刷りつけるな! そこはティッシュを使えって」


「全く……夜叉くんはデリカシーが無いんだから。そういう時は無言で優しく背中を撫でるものよ」


 ユキが呆れた顔で、俺の肩を叩く。ユキの身長は俺とクロのちょうど中間くらいになる。夜叉族の平均身長は俺よりずっと高いんだけど、俺は背が低いんだ……結構コンプレックスなんだけど、二人は俺より低いので普段は気にならない……せめて百七十くらいあればなあ。

 人間より低いことの方が多いんだ。夜叉は人間より大柄で、女性でも平均身長が百八十を超える。男となると二メートルくらいあるからな……どうして俺だけこんな低いんだよお。

 

 変なことを考えていたら、クロが落ち着いてきた様子だな。


「ユキ、提案がある」


「あ、私も夜叉くんにお願いしたいことがあって……」


「先にどうぞ」


「夜叉くんが先に言ってくれていいよ?」


 お互いに譲り合ってしまったが、俺が先に意見を述べることにする。

 

「ユキ、ある程度ダンジョンが軌道に乗るまでは今まで通りの関係でいたいんだけど、いいかな?」


「うん。私もそれを言おうと思ってたの……」


 変に意識しあって、不和になる可能性だってあるんだ。お互い喧嘩をすることだってあるだろう。クロだっているし、今はダンジョンの危機だからそちらに全力投球したい。

 ユキも同じ考えで良かったよ……

 

「吾輩の為です?」


 俺に縋り付いたままのクロが話を聞いていたみたいでじっと俺を見つめて来る。

 

「いや、クロのためだけってわけじゃないよ」


 俺が答えると、ユキも同意するように頷く。


「吾輩……混ざりたいでござる……三人で……」


 待て! 混ざりたいって確かに言ってた記憶があるな。それって三人であんなことやこんなことをしたいってことかよ! 心配した俺の気持ちを返せ!

 

「クロ……三人はちょっと……」


 俺が苦言を呈すると意外にもユキは嫌そうな顔をしていない。

 

「それもいいかもしれないわね……」


 ユキはボソっと独り言を呟いたつもりだろうけど、しっかり聞こえているからな……いいのかよ……

 

「ま、まあ、ともかくカラオケ以外の手を考えるって話だったんだが……」


 そうだ。ユキが怒り狂う前、カラオケ以外の手を考えようって話をし始めたところだったんだ。クロは四つん這いでパンツ見せていただけだったけど。

 それはいい。とにかくカラオケ作戦がダメとなると、別の手を考えないといけない。

 ユキとクロの体をさっき見たのはそういうわけだ。二人でお色気作戦でもどうかと一瞬考えたけど、彼女らの胸が真っ平だからダメだとかそんなことは問題じゃない。

 クロはまだ分かんないけど、ユキの逆鱗に触れた場合……冒険者は妖術で凍ってしまうだろう。そうなると、俺達の計画が終了してしまう。

 

 だから、お色気作戦は無しだ。

 

「吾輩のパンツではダメでござるか?」


 クロは俺が先日言ったことを覚えていたんだろう……「冒険者にパンツ見られるぞ」と。


「パンツはもういい……」


 もし何かあって冒険者を攻撃したら困るしさ……無いと思うが欲情した冒険者がクロに……ほんとうに無いなそのシチュエーションは。そうなったとしても、クロが妖術と体術で冒険者を倒してしまうだろうけど。

 うーん。俺達が悩んでいると、お掃除部隊が座敷童を先頭にして並んでやって来た。

 

 座敷童の後ろには黒手くろてが十本並んでいる。黒手は文字通り、人間の腕のうち肘から先の部分といった見た目をしており、空中浮遊できることを活かして掃除に大活躍してくれている。

 黒手十本を統率するのが座敷童で、彼の見た目は十歳くらいの少年で、女性もののモンペ姿で市松人形のような髪型をしていて、髪の長さは肩口くらいまでになっている。少年ではあるが、見た目は少女に近い。彼は市松人形のイメージどおり顔も人形のように整っているから彼を知らない人が見たら少女と思うだろう。


 しかし……統制のとれた動きでまるでダンスを踊っているかのように黒手たちは動く。座敷童の指導がいいんだろうな。

 

 ん、「ダンスのように動く」か。これは……使えるかもしれないぞ!

 

 俺が座敷童たちをじーっと見ていることに気が付いたユキが俺に問いかける。

 

「夜叉くん、何か思いついたの?」


「ああ。座敷童たちにダンスショーをしてもらったらどうだろう?」


「なるほど……ただ、見た目から冒険者たちに恐怖感を与えるかもしれないわね。何しろ人間の手だもの」


「長めの手袋をはめてもらって、鬼火……みたいなもので装飾したらどうだ?」


「それなら、コミカルに映るかもしれないわね」


 俺は座敷童へ向き直り、彼に黒手たちとステージでショーをやってくれないか頼んでみると、彼らは快く引き受けてくれたので俺は彼らの衣装を考えることにした。


「座敷童は声を出してしゃべることが苦手みたいだから、俺かユキが司会を行おう。見た目的に角を隠せば人間に見える俺がやる方がいいか」


 ユキは見た目こそ人間そのままだけど、銀色の髪や青色の瞳は人間離れしているから一目見ると人間と違うと思われそうだ。あ、銀髪に染めている人間とかもいるか。

 いやでも……ユキは人間の白目に見える部分がアイスブルーなんだよな……コンタクトしてます! とは言えない。猫とかフクロウとかの瞳を想像すると分かりやすい。

 一方、クロはたまたま白目に黒い瞳だ。これは猫又が全てその色の組み合わせってわけじゃない。固体によって色は様々だけど、クロがそうだったにすぎない。

 でも彼女は猫耳と尻尾があり、人間だと誤魔化すのは不可能じゃないかな……

 

 座敷童なら何もしなくても人間と見た目がそっくりだから問題ないけど、彼はしゃべることが苦手だ。

 

「そうね。夜叉くんなら頭の角を帽子で隠せば問題ないわね」


 ユキも俺の意見に同意してくれた。

 

「ユキ、クロ。二人に黒手のコーディネートは任す。あ、できれば俺の帽子も見繕っておいて欲しいな……」


「分かったわ。任せて」

「了解したでござる」


 二人が同意したことを確認した俺は彼女らに司会で何をしゃべるか考えて来ると告げて、風呂に向かうことにした。

 風呂に浸かりながら考えるとするか!

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