第8話 求愛行為

 ユキの切れ長の目がスウ―ッと細くなる。右手を掲げ、手のひらに青白い光が集まって来る。これは……妖術か!

 待て待て! 本気過ぎるだろ!

 

「ユ、ユキ! 待て待て!」


「夜叉くん、一発喰らっておいた方がいいわよ?」


 ユキは青白い顔に邪悪な笑みを浮かべると、俺に青白い光が集まった手を振り下ろす。

 青白い光は直径十五センチほどの球体となり、俺に襲い掛かって来る! 俺は慌てて身をかがめ頭を両手で抱え込む。

 光弾は髪の毛を掠め、地面に突き刺さる! 俺の真後ろから凍える空気が! 少し光弾に振れただけの髪の毛の先っぽが凍っている!

 

 あんなもんに当たったら全身が凍り付くぞ。やりすぎだってばあ。

 

「ユキ!」


 俺が声をかけても、ユキの暴走は止まらない。俺がしゃがんでいる間に第二弾が準備完了しているじゃないか。

 このままでは、俺はともかく食堂が破壊されてしまう。ダンジョンの壁は俺達の攻撃でもビクともしないくらい頑丈にできているから問題ないけど、家具はそうじゃない。

 冷蔵庫とか高いんだからな。破壊されたらたまったもんじゃない。

 

 どうする。どうする俺。

 クロは? ええと、床に手をついてパンツをまだ見せている。これはダメだ!

 

 うおお。俺はとっさに立ち上がり、ユキに躍りかかる。

 戸惑う彼女の光が集まった方の腕を掴むと、勢いあまって彼女を押し込んでしまう。俺に押された彼女はよろけて転びそうになり、慌てて俺の肩をもう一方の手で掴むが、前のめりになっていた俺は彼女の引っ張りに足を取られる。

 俺はなんとか踏ん張ろうと、後ろに大きく体を逸らそうとしたら、ユキの青い光が集まってきた方の手のひらが俺に当たりそうになり、慌てて体重を元に戻す!

 

 こうなってしまうと重力に任せて俺がユキに覆いかぶさるように、俺を引っ張る彼女と共に倒れ込んだ。

 ユキにとって運が悪い事に、俺の口がちょうど彼女の口と接してしまった……思わぬ形でキスした俺達……これはさらなる怒りのアタックが来るぞ!

 俺は戦々恐々としながら、ユキから口を離すと顔を彼女から離す。しかし、彼女に覆いかぶさったまま体を動かさないようにする。この体勢なら一応彼女の両手を抑えることができるからな……

 

「夜叉くん……」


 顔を真っ赤にして彼女は俺の名前を呼ぶ。

 

「ご、ごめん。妖術の威力が余りに強いから……」


 ユキは氷系統の妖術を使うことが出来る。妖術ってのは……最近冒険者の間では一般的な用語で無くなって来たと聞いている。悲しい話だけど……

 彼らは俺達の妖術のことを魔法や魔術と呼ぶ。魔法と妖術は似たようなものだけど、呼び方って大切なんだよ。俺達妖怪のアイデンティティ的にな。

 

「マスター殿がユキ殿を襲っているでござる! こ、これは!」


 いつの間にか復帰したクロが俺達の様子を見るや、口を押えて驚いている。

 

「ク、クロ……」


 違うんだ! とクロに否定したりする余裕は今の俺には無い。ユキは顔を真っ赤にしてお怒りの様子だから、彼女の氷の妖術へ備えねばならないのだ!

 

「わ、吾輩も混じっていいです?」


 混じるって何にまじるんだ? 俺を攻撃することか! 二人から襲われたらさすがに防ぐことは無理だぞ。


「クロ、私は二人の方がいいの……」


 ユキが意味深なことを呟く。俺と二人がいいのか、クロと二人で襲い掛かるのがいいのか、その言葉だと分からん!

 って、ユキは体に力を入れて上半身を起こすと、俺の手を振りのけて両手を俺の背中に回す。

 

「ユ、ユキ……」


 突然抱きしめられた俺は戸惑うが、まだ警戒を解いてはいない。俺の意識は自身の背中にある彼女の両手に注がれている。

 しかし、俺の想像するユキの感情と実際の彼女の思いはまるで反対だったのだ!

 

 ユキは俺に顔を近づけるとそのまま俺の唇に唇を重ねて来る。あれ? 何これ?


「夜叉くん、まさか君が私を思っててくれたなんて驚いたわ」


 え? ええ? 何? 俺が何をしたってんだよお。誰か説明して欲しい。

 

「な、何かな……」


「キスしてくれたんだもの。雪女と夜叉は子供できるのかしら……知ってる? 夜叉くん?」


 ええええ。キスって、あの不可抗力か? まさか偶然のキスでこんなことになるって、俺は騙されてるのか? 一目ぼれなんて霞むほど、非現実的な状況に俺は戸惑いを隠せない。

 雪女って確か人間の男となら子供を残すことができたと思う。人間達の童話でも雪女と農家の男が結婚する話がある。生まれた少女も雪女で……とかいう話だったと思う。

 俺の種族である夜叉は人間との間に子供を残すことはできない。一応性行為は可能なんだけど不毛だよな。雪女とはどうなんだろう……

 

「ちょっと待つでござる! 吾輩も構って欲しいです!」


 俺とユキが至近距離で見つめ合っていると、クロが俺とユキの頭をそれぞれの手で押して引き離す。

 何だよ。この突然のハーレム展開は……今まで二人ともそんな雰囲気は微塵も感じさせなかったじゃないか。何だってんだ突然。

 

「俺がちょっと待てと言いたいんだが、どうなってんだ一体?」


 俺はとりあえず、ユキの肩の下に手をやりそのまま掴み上げると、俺もそのまま立ち上がる。俺は彼女を掴んだまま椅子に座らせる。

 猫はハアハア興奮しはじめていて少しアレだったんで放置しておくか。

 

「え、だって……夜叉くんが大胆で少し動転したけど、夜叉くんなら別にいいかなって思って」


 ようやく理性が戻って来たらしいユキはまともに応答をし始める。彼女は着物の合わせ目に手を突っ込むと、ノートを懐から出してくる。

 ノートを読むと……何々……

 

<ゆきちゃんの恋ついて>

 雪女は名前のとおり女しかいないの。結婚相手は人間の男の子か人間に近い種族の男の子になるわ。

 産まれた子供が女の子なら雪女に、男の子なら結婚相手……通常は人間になるのね。

 求婚はね……キャ!

 

 待て! ここで終わりなのかよ! キャ! ってなんだよお。

 ちゃんと説明してくれよ。

 

「キャ! で終わってるんだけど……」


「あ、うん。恥ずかしくて書けなかったの……」


 想像するに、俺からのキスが雪女にとっての求愛行為なんだろうか……求愛された雪女はキスを返すことで応じる?

 

「ええと、俺からキスをするのが求愛行為? でおっけーならユキからキスをする?」


「……うん」


 彼女は途端に顔が真っ赤になって顔を伏せる。俺は知らず知らずのうちに彼女へ求愛行為をしていたらしい。

 種族によって習慣が違うから不可抗力とはいえ……知らぬ存ぜぬを通すわけにもいかないよな。しかし、俺のどこがいいのか分からないけど……

 

「俺なんかでいいのか……子供が出来るかも分からないぞ」


「……うん。知らない人間の男の子より夜叉くんのほうが……」


 消え入りそうな声でユキが言葉を返してくる。た、確かにそれなりに長い付き合いだけど、このダンジョンに訪れる若い男の冒険者ってわずかだよな。

 ダンジョンは戦闘行為を行うところって認識が冒険者にあるから、出会ってお見合いってわけにはいかない。

 俺のダンジョンは方針を変えて、戦う場所からテーマパーク化して冒険者を楽しませる場所にするつもりだから、そうなると出会いもありそうなんだけど……

 

「いいのか? 今後上手くいったらダンジョンで冒険者と交流できるようになると思うんだけど」


「いいの……」


「そうか……」


 俺とユキは見つめ合い、お互いの距離が近くなって行き……

 

「待つでござる!」


 あ、猫が復活した。


※お色気路線にするつもりなかったのに、どうしてこうなった。

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