第7話 演目
食堂で昨日のカレーの残りを食べながら、俺達三人はステージで何をすべきか考えることにしたんだが……何かできたっけ俺達?
ステージは作った。しかし、何をするんだ? ダンス? 歌? 楽器も無いし、歌を歌えるとは思えない。
あー、カレーうめえ。毎日カレーでもいいな。うん。カレー食べたら風呂に入ってココア飲むんだ。甘くして……
ハッ! やべえ、現実逃避してた。
俺は隣に座っているユキと向かいに座り黒耳をぴこぴこ動かしているクロへ順に目をやる。
うん、黙々と食べている。ユキが言うと思ったけど、俺が言うのを待ってるのか……言うぞ、言ってしまうぞ!
「食べながらでいいから聞いてくれ」
俺の言葉に二人は一度カレーを食べる手を止め……クロは一心不乱に食べてるな。まあいい。
「ステージは作ったが、どうやって冒険者を二時間もあの場所へ留めるのか、考えないといけないんだ」
「もぐもぐ」
口で言わなくても、食べてるのは分かるから。口の中に思いっきりカレー入ってるぞ……クロ。
「んー、楽器もないけどカラオケセットでも出す?」
「え? そんな都合のいいものがあるのか?」
「そんなわけないじゃない! これを見て」
ユキはどこから取り出したのか、ノートを俺に差し出してくる。
<ゆきちゃんのすてきなリスト>
カラオケセット テレビとマイク二本付き 百五十ポイント
べっこう飴 百個 一ポイント
氷苺 二十個 一ポイント
カラオケセットは百五十ポイントだとお! た、高いな……さりげなく甘いものが入っているけど、氷苺を食べるならイチゴ味のアイスがいいな。
「ユキ……氷苺じゃなくアイスのイチゴ味がいいな」
「え? ええ?」
ユキは顔を真っ赤にして焦った様子だけど、分かってて見せてきたんだろ? まさか最初に突っ込みが入るとは思ってなかったんだろうか。
恥ずかしがっているが彼女はそそくさとノートに何か書き込みをしている……
ええと、イチゴ味のアイス……十個で一ポイントか。
「アイスを頼む」
「う、うん……私も食べたいな……」
「もちろんだとも!」
何か怪しい口調になってしまったが、ユキは冷たい甘い食べ物に目が無いんだろうか? 俺も嫌いじゃないぜ。
む、ユキ! 今すぐ出すのは辞めろ! カレーの上に落ちたら嫌すぎる。
「ま、待てユキ! カレーを食べてからだ」
「そ、そうね」
動揺し過ぎだろう。ユキは上に掲げていた手を元の位置に戻す。切れ長の目が泳いでいるが見なかったことにしよう。
「……まあ、食べ物はこれくらいにして……カラオケセットを出してもポイントは大丈夫そうか?」
「うーん、五百ポイント以上は残るかな?」
ええと確か、千ポイントあったんだっけか。大丈夫じゃないかな?
「よし、出してしまおうか。カラオケセット」
「分かったわ!」
俺達はカレーを食べ終わった後、ユキにアイスを出してもらって三人で一個ずつ食べる。あーアイスがうめえ。
そしてカラオケセットを出してもらって……
俺達はステージの上にカラオケセットを置くと、一度試してみようとテレビの電源を入れる。
「マスター殿、最初に歌ってみるでござる」
クロが俺にマイクを手渡してくる……しかしここで問題が! 俺は……歌は全く分からなない!
「クロ……歌とか全く分からんぞ俺……」
「な、なんですと! で、ではユキ殿?」
クロはワナワナと震え、目を見開きユキに助けを求める。
すると、ユキは無言で頷きを返し、何かの曲を入力したようだ。
ユキはマイクを握りしめ、テレビをじっと見つめる。テレビには着物姿の女子が出て来て、画面下には歌詞のテロップが流れはじめる。
ユキが歌い始めると、俺は聞き惚れてしまう。うーん、何だろう。ユキの純白の着物に似合った曲と言えばいいんだろうか、拳が聞いていい曲だ。俺の感覚だけどユキの歌は相当うまいと思うぞ!
これはいけるんじゃないか?
ふとクロに目を移すと、また床に手をついてうなだれているんだが……どうしたんだ? これでもまだ足りないというのか?
ま、まさか……クロはもっとおじょうずなのか? しかし、クロは四つん這いのポーズが好きだよなあ。俺にお尻を向けているからパンツが丸見えだけどな。
ユキの歌が終わると、俺は拍手で彼女を称える。
「ユキ! うまいじゃないか!」
「そ、そう。ありがとう」
ユキは頬を赤らめているが、俺の誉め言葉にまんざらでもない様子だ。
俺はユキの頭を撫でて、昨日出した氷飴を彼女の口に一つ入れてやる。喉飴代わりだな。
俺とユキがハイタッチをしようとすると……
「ダメでござる! 演歌じゃあダメですう!」
クロが突然立ち上がって、両手と髪を振り乱し割って入る。
「演歌? 今ユキが歌った曲だよな?」
俺は首を傾ける。何が悪いんだ?
「ダメです! 演歌は一部の人にしか受けません! 若い人が多い冒険者達には、もっとポップな曲がいいんです!」
「ポップ? ビールがいいのか。俺はビールよりココアの方がいいな」
「突っ込みませんぞ。突っ込みませんぞお。マイクを貸すでござる」
そう言ってクロは俺からマイクをむしり取ると、曲を入力する。
お、何やらテレビ画面に若い人間の女の子がいっぱい出て来たぞ。可愛らしい服を着ているが……
曲が始まり、クロが大きく息を吸い込み歌い始める――
――何だよ! この騒音は!
あまりに酷い騒音だったから、俺はテレビの電源を落とす。ユキも耳を塞いでガクガク体を震わせているじゃないか。
「クロ、終わりだ! 歌をやめるんだ!」
俺はクロの口を無理やりふさいで、彼女から取り上げる。
「酷いです……せっかく歌おうとしたでござるよ……」
しゅんとして悲しそうな声を出しているが、二度と俺はクロに歌を歌わせることはないだろう。これは酷い、酷すぎる!
「クロ……自覚が無いんだな……」
「……そんなに酷いでござるか?」
「うん……」
クロは床に両手をつき首を下げる。だからなんで、わざわざ俺にお尻を向けるんだよ。パンツ見えてるから。色は白だな。
って今はそんなことどうでもいい!
ユキは歌がうまいけど、彼女の選曲は、クロ曰く万人受けするものではないそうだ。クロは騒音だし、俺は歌を知らない。
これは詰んだんじゃ?
「ユキ……カラオケ……どうしよう?」
俺はまだパンツを見せているクロをほっておいて、俺が手に持った氷飴の入った袋をじーっと見つめているユキに問いかけた。
ユキの反応が無かったので、氷飴を彼女の口に入れるとようやく彼女が動き出した。
「え、ええと……冒険者に歌ってもらう?」
「そ、それでもいいけど、冒険するつもりでダンジョンに来て、光ゴケで明るくなった道を進むとステージにトイレにカラオケセット……ユキが冒険者だったらどう思う?」
「罠にしか思えないわね。無人だったらなおさら……」
「かといって、俺達が冒険者にどうぞどうぞ歌ってくださいってのは余計怪しいと思うんだ」
「こちらがパフォーマンスをしているならともかく……それは怪しすぎるわね」
「俺が頭の角を隠したら人間に見えると思うけど、ステージ前に一人で立ってたら……怪しすぎるだろ?」
「そうね……」
ううむ。何かいい手はないか? 目線をクロにやると、まだパンツ見せてる。そろそろ再起動してもらいたいんだけど。
パンツ、パンツか。
クロのパンツでも見せたらどうだろう? サービスになるか?
でもなあ、クロもユキも……俺はクロのパンツから目を離すと次はユキの全身を上から下まで眺めた。
「ど、どうしたの? 夜叉くん」
見られているのがわかったのか、ユキは自身の身体を抱くように腕を回す。
うん、真っ平だよな……クロもユキも。これじゃあ色気が……
「いや、何でもない」
俺はここで目線をユキの胸から逸らすべきだったのだ。
「ん。まさかお色気で攻めるとか考えてた?」
「いや……お色気は……」
ユキは俺が胸を見て何か判断したと感づいてしまった! こ、これはヤバいぞ。
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