第6話 ステージを作るのだ

――翌朝

 昨日拡張した広場に集合した俺とユキとクロの三人は、さっそく作業を始めようとしている。

 

「ユキ、つづらと光ゴケを頼む」


「夜叉くんがアイテムを出した方がいいんじゃない? ダンジョンマスターだし……」


 ユキは不思議そうな顔で俺に呟くけど、分かってて言ってるのか? 

 いや、そうじゃないな。この顔は。きっとバレていないはずだ。俺が昨日のユキの話を全く理解していなかったことは……

 俺はクロに目をやると、彼女も俺がアイテムを出さない理由を分かってない様子だった。クロなら分かってくれると思ったんだけどなあ。


 うん。つづらと光ゴケを何個出したらいいか分からないし、広場のサイズを計算しながら、出す数の微調整とか無理だから! 余分に出して余ったら勿体無いからな。


「ユキ、俺はつづらを並べていく。クロは天井に光ゴケを張る。ユキはアイテムを出しながら俺たちに指示。これが一番早いと思う」


 俺の完璧な役割分担にユキも手を叩き納得した様子だ。ふう。誤魔化せたぞ。下手に広場の計算とかの話になると、取り繕う自信が全くないんだ……


「分かったわ。夜叉くん」

「マスター殿、了解したです」


 二人は俺に同意してくれたので、作業に入るとしますか!

 いや、待て。クロ……昨日と同じ紺色のワンピースを着ているじゃないか。

 

「クロ、天井に張り付くんだぞ? 光ゴケを天井に張り付けるわけだから」


「吾輩、天井に張り付くくらい余裕でござる!」


 自信満々に平な胸を逸らすが、そうじゃない。そうじゃないんだ。クロ。

 クロの身体能力だと、天井にでも壁にでも張り付くことは余裕だと俺だって知ってる。しかしだな。

 

「クロ、ワンピースで天井に張り付くとパンツ見えるぞ」


 ただでさえクロの着ているワンピースはちょうどお尻とパンツが隠れるくらいの裾しかないんだ。それで天井に張り付こうものなら、余裕でパンツが見える。

 

「見えても構いませんぞ。だってマスター殿とユキ殿しかいないわけですし」


 クロは不思議そうな顔で首をかたむけるける。

 この際俺に見えてもいいってのは置いておこう。

 

「冒険者に見られてもいいのか?」


 ハゲやモヒカン姿の脂っぽい冒険者達……クロのパンツを見てニヤニヤする姿を見たくねえ。絵面的に最悪だろ……

 「ヒャッハー、猫のパンツが見えるぜえ」とか言ってたらもうね。

 

「心配しなくても、来ないでござる。毎日冒険者が来るとでも?」


「……来るかもしれないじゃないか……」


「吾輩、二日連続で冒険者を見たことが無いですよ?」


「……そうか……まあいい……パンツ見えて、冒険者がもう一度来てくれるならもうけものだな」


「そこまで闇に落ちたくないでござる……」


 俺だって分かっていたさ。そんなハッキリ言わなくていいじゃないかあ! そ、そのうち連日冒険者で大盛況になるんだからな。

 今日がその第一歩なんだ。

 

「夜叉くん、クロ、しゃべってる間にアイテムを出しておいたわ」


 ユキの言葉に俺とクロが振り返ると、つづらが大量に積み上げられ、光ゴケが山になっていた。

 

「よおし、やるか!」


 俺はつづらを片手で掴み上げると、ユキの指示にしたがって次々と運んでいく。夜叉族は人間と比べ物にならないくらい腕力があるんだぜ。

 俺にかかればつづらなぞ、鉛筆を持つのと変わらんよ。ハハハ!

 

 とか思っているとあっという間につづらの配置が終わった。

 

「じゃあ、夜叉くん、ここにあるコンパネ板をつづらの上面に釘で打ち付けて行ってね。私はクロを見て来るから」


「あいよ!」


 つづらはこのままだと動いてしまからな。床材としてコンパネ板を使う。先に全部つづらの上にコンパネ板を置いてから、ハンマーと釘を持ち打ち付けて行く。

 これで、ステージが完成だ! 後は色を塗るだけだな。

 俺が釘を打ち終わる頃にクロとユキが戻って来る。おお、ちょうどいいタイミングだ。

 

 ここで少し休憩をしようとした時、クロに思わぬことを気づかされる。


「トイレに行ってくるでござる」


 クロは地下三階の居住スペースにそう言って戻って行った。

 そうだよ。トイレが無いとダメじゃないか! いやダンジョンにトイレなんて普通は無いんだけど、ステージの近くで用を足されたら他の冒険者が嫌な顔をするだろう。

 二時間以上拘束することを目標にしているんだから、トイレは必要だと思う。

 

「ユキ、トイレを作らないか?」

 

 俺は床に足を揃えて座っているユキに声をかける。彼女は持ってきたおにぎりをバスケットから出していた。

 

「トイレ……やっぱり必要かな?」


 俺におにぎりを手渡しながら、ユキは思案顔だ。

 ダンジョンは冒険者の排泄物なら時間がたつと吸収してしまう。どんな仕組みか分からないけど、俺達妖怪の汚物は吸収しないのだ……

 ゴミはダンジョンの外から持ち込んだ食べ物などの有機物は吸収するけど、無機物はそのままダンジョンに残る。

 そこで活躍しているのが、座敷童が率いるお掃除部隊なんだけど……余り活躍する機会がないんだよな。

 

 ユキのことだから、もちろんトイレも考慮していただろう。トイレの設置にポイントを消費するし、ダンジョンが勝手に吸収するからいいやと割り切ったのかな。


「すぐに汚物が消えるわけじゃないから、トイレはあった方がいいと思う」


「そうね。トイレ……五十ポイントかかるけど。屋外用の個室タイプで」


「うああ。結構お高いな。トイレそのものとプレハブならどうだろ?」


「プレハブは……確か五十ポイント、トイレ単体だと十ポイントかな」


「た、高いな……差し当たり屋外用のトイレを二つ出すか」


「分かったわ。私達も使えるから便利だし奮発しちゃいましょう」


 ユキはおにぎりを片手で持ったままスックと立ち上がると、もう一方の手で中空に何かを描くと屋外用の個室タイプのトイレが宙から振って来る!

 待て! 食べ終わってから出せよ! いくら新品とはいえトイレだろ。食べながら出すアイテムじゃないって!

 

 やばい。トイレが地面に落ちて来る。よろしくないことにおにぎりの入ったバスケットに直撃しそうなコースだ。

 俺は慌てて片腕を差し伸べると、落ちて来る屋外用個室タイプのトイレを手のひらで受け止める。

 

 見事にトイレを受け止めた俺は、そのままトイレを持ったまま数歩進み、地面に静かに降ろす。


「ユ、ユキ。食べてからにしよう……」


「あ、つい……ごめんね」


 可愛らしく顔を赤らめるユキだったが、やってることは可愛くねえよ!

 

 お、トイレからクロが戻って来た。

 彼女は地面に転がっている屋外用個室タイプのトイレが目に入ったようで、猫のような大きな目を見開いてる。

 ははは。いいだろうこれ? お高かったんだぜ。

 

「マスター殿……これって?」


「うん。トイレだ。今後はここでも用が足せる」


「吾輩が行く前に出して欲しかったでござる……」


「あ、そうだな……まあいいじゃないか。細かいことは」


 口を尖らせてお怒りのクロの口におにぎりを突っ込むと、彼女はすぐに幸せそうな表情に変わる。ふふ。ちょろいやつめ。

 そのおにぎりはクロの好物である鮭が入っている。食べ物ですぐ釣られるのを俺は知っているんだ。

 

「おいしいです……」


 食べながら感想を述べるクロだが、米粒が飛ぶから食べてからしゃべった方がいいぞ……

 

 この後、トイレを設置してペンキを塗る際に色を何色にするかもめたけど、無難な白色にしておいた。

 しかし……ここから問題が発生する。

 

――ステージはあるが、ステージで何をするのか全く思いつかない!


 後で対策会議をしよう……

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