第2話 ダンジョンには何も無い
俺が先ほどまで居た生活スペースは地下三階の一番奥にあるわけだが、クロと一緒にダンジョンの入口まで向かうとすぐに到着した。零細ダンジョンだから、地下三階までしか深さが無い……テーマパークで一山当てたらきっと立派なダンジョンになるんだよ!
一階には特に目を引く物がなく……いくつかの部屋と二階に続く蚊取り線香のようにグルグルした通路があるだけなんだ。宝箱はかなり昔に作った記憶が……
「しかし……何もないよな……」
俺は入口からダンジョンを見渡しため息をつく。
「そんなことはないでござるよ! 宝箱が一つ置いてるです」
「えええ? まだ残ってたのか?」
「そうです。日夜宝箱を巡って冒険者と戦いを繰り広げてるのですぞ!」
クロは平坦な胸を張り腰に手を当てて自慢げだが、宝箱なあ……いつ頃作った奴だっけ?
ダンジョンでは冒険者の気を引くために宝箱が置かれているんだけど、一階の宝箱ってのは冒険者にとってサービス品の意味合いが強い。入口に近いお宝で冒険者を惹き付けることで、彼らの宣伝になるってことなんだ。
一階に魅力的で倒しやすいモンスターとレア度は低くありふれているけど、誰にでも使えるお手軽な……薬草といったアイテムが手に入る宝箱を設置しておくのが理想だな。
一階にある宝箱を必死で死守するってのは良くない行為で、一階の宝箱さえ満足に獲得できないダンジョンとなると……冒険者の食指が動かない。
しかし……俺のダンジョンの宝箱は残っているという。宝箱が手に入らない渋いダンジョンと思われてるんじゃないかなあ。クロ……必死で守らなくてもいいんだけど……
「そんな必死で守らなくていいよ……一階の宝箱はボーナスチャンスなわけだしさ」
「……必死で守っているわけではござらんのです……」
急にしょんぼりするクロ……何やら様子がおかしいな。
俺はクロに手を引かれ、少しダンジョンを進むと……あったあった。宝箱だ。
俺のダンジョンはモンスターではなく妖怪が
大きさも横に一メートルほどもある立派なものなのだ。
「本当だな……宝箱が残ってる……誰も開けてないのかな?」
「そうではないのです。吾輩たちとて、冒険者たちにおいしい思いをしてもらおうと、宝箱に冒険者を追い込んだこともござった……」
遠い目をしているクロ……一体どうしたってんだ。
「宝箱って開けたら消えるはずだよな」
俺は疑問に思い、クロに尋ねる。
そうなんだよ。宝箱は中にアイテムが入っていて開けたら消える。しかし、この宝箱は開けられたというのにここに在る。はて?
俺の様子を見て取ったのか、クロは黒い猫耳をピコピコさせながら宝箱に手をかけると一息に開く。
――中には何もない!
「クロ……中に何もないのに宝箱があるってどうなってるんだろ?」
「……マスター殿。よく見るでござる」
んん? 俺は宝箱の中を手で触れながらじっくり観察していく……あ、何か転がってるな。ゴミかなこれ?
宝箱の隅に長さ三センチほどの針がある!
ユキに目録を見せてもらったらすぐ分かるが、針……針かあ。そういえばその昔……
「クロ、これって
「吾輩、アイテムの名前までは知らないでござる。ユキ殿に聞くといいと思うです」
「ま、まさか……宝箱がまだあるのって……」
「マスター殿のご想像の通りでござるよ……」
クロは両手両膝を地につき、うなだれる……黒い尻尾まで同じようにペタンと地面についている。
なるほど、宝箱がまだここにある理由は、「余りに中身がへぼ過ぎて誰も持っていかない」からか!
こ、これは確かに、クロがここまで落ち込む気持ちは分かる。す、すまないクロ……こんなアイテムしか作れなくて。
これなら作らない方が良かったかもしれない……見栄張ってなけなしのポイントをつぎ込んで宝箱を作ったが、逆効果だったとは……
「す、すまん。クロ……長い間宝箱が残っていた理由が分かったよ……」
「この針ってどんな効果があるのです?」
「
「少しだけ頑丈なのはいいことでござるが……その針……糸通しの穴さえ開いてないですよ?」
「……ほんとだ……使えねえな……」
俺とクロはお互いにため息をつきあい、その場に崩れ落ちる。
唯一の宝箱の酷い内容を知ってしまった俺は、存分に心を打ち砕かれこれ以上の探索を取りやめる……三階の生活スペースまで戻るとしようか。
俺はクロと共に足取り重く元来た道を戻って行った……
◇◇◇◇◇
生活スペースに戻ると、食事の準備を終えたユキが俺達を食堂に誘ってくれた。
今日のご飯はカレーライスだったんだけど、具が少ない……あと肉がない。
「肉食べたいです……」
肉の無いカレーライスを口に運びながらクロが呟く。
クロは猫又という種族だけに食性はかなり肉食に寄っている。普通の猫と違って肉だけしか食べれないってわけではないけど、好物は肉なんだよな。
「贅沢いわないの! 食べれるだけありがたいと思ってよ」
うなだれるクロの様子を見やり、ユキは彼女をいさめる。ユキの好物は雪女だけに冷たい食べ物なんだけど、特に凍らせたフルーツが好きと聞いている。
好みの食べ物くらいいつでも食べれるようになりたいなあ……俺は遠い目をしながら二人を眺める。
「マスター殿も肉が好きと聞いたでござる」
クロは食事の手が止まり、遠くを見つめている俺の様子を「肉が無いからだ」と勘違いしたらしい。
そうじゃないんだけどなあ。
「
すかさずユキが突っ込みを入れて来る。
「いや。肉が無いことに不満があるわけじゃないんだよ……好きな物を食べれるくらいには何とかしたいと思っただけだ」
「マスター殿……」
「夜叉くん……」
二人は感動したように立ち上がり、俺達三人は抱き合って頑張ろうと誓い合う。
他人から見たら「食べたいものを食べる」誓いなんて安っぽいものに映るだろう……しかし俺達にとっては切実なのだ!
「ユキ、一階を見て来たけど使えそうなものは無い。宝箱は一つあったけど」
「宝箱? ああ。
ユキは意外といった風に手をポンと打つ。
「誰も持っていかないでござるよ……」
クロの後ろに黒いオーラが見えた気がした。うああ。クロはあれを開けた冒険者が中身を取らずに立ち去った姿を何度も見てるんだろうな。
「ふうん。誰も持っていかないんだ。じゃあ、有効活用しましょう」
ってユキ。あの宝箱は誰からも見向きをされなかったいわくつきの一品だぞ? どうするってんだよ。
「ユキ、あれを持っていく奴なんていないと思うぞ」
俺の言葉にユキは当然といった風に応じる。
「うん。だから、あの宝箱を開けておいて中にメモをいれるといいと思うの。入口に置いておけば来た冒険者の目に入るでしょ?」
「た、確かに、あの宝箱は形だけは立派だから、入って来た冒険者の目には止まるよな。メモ……メッセージが入っているとなると冒険者ってのは必ず見る習性があると聞いている」
なるほど! 消えない宝箱をそんな風に使うとは、やるじゃないかユキ!
「差し当たり……そうね。広告はまだ早いわね。注意書きにしましょうか」
「な、何を書くんだ?」
「そうね。改装中でいいんじゃない?」
改装中か……ある意味効率がいいな。このダンジョンには現在、目を惹くアトラクションは何一つない。
ダンジョンに来た極少数の冒険者が時間を使ってガッカリするより、入口でお知らせした方がまだましだろうし、次に来た時も宝箱に入っているメモを見てくれるかもしれない。
「改装中だけではもったいないな……何か楽しめるものを考えたい」
俺は二人にそう提案する。
※とりあえず二話目まで……
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