第4話 記憶
いつの頃からだったろうか。
小さな頃から毎年一度か二度は、お互いの家族がどちらかの家に遊びに来るほどの付き合いだった花菱家と宇部家。小さい頃は進一郎と一緒に遊ぶのが楽しみで楽しみでしょうがなかった響香だった。
中学2,3年の頃だったろうか。毎年のようにあるイベントを楽しみにしていた響香は、いつものようにウキウキとしながらその時を待っていた。
そしてその日が訪れ、いつものように最初こそは二人で楽しく遊び、幸せいっぱいだった響香。響香は内心進一郎の事を好きだった。告白はしていないが、進一郎の響香に対する態度も、どことなく彼女に好意を持っているように感じ取っていた響香は、お互いが魅かれ合っているとその時は思っていたのだ。
しかし、進一郎たち家族が帰る少し前、事態は一変した。
『ははははっ、愚息も将来は政治家の道に進むことだろう。我が家系の基盤とカバンがあれば、世襲で簡単に議員になどなれる。そして俺のまだ目の黒い内は、政界への力も存分に効くというものだ。俺が総理大臣にでもなった暁には、その礎も盤石というものだよ。はははははっ!』
『確かにそうですな。数年もすれば総裁選もあるでしょう。派閥も分散化してきていますし、有力議員の派閥ももう老いぼれ議員に付くまでもないと考え他の派閥に移る傾向がありますし、弱体化しています。今こそチャンスではないですか』
『はははははっ、まあそうだな。これも時代の流れさ。それよりもどうだ? うちの息子とお前の娘の結婚の話は?』
『そうですな、まあお互いが好き合っているようですから、何もせずともこのままゆけば問題ないかと思いますが』
『いやいや、それではいかん。俺はお前の所と今後も堅固な関係でありたいと思っているのだ。息子の代になっても花菱とは良い関係でいたいと考えている。ならばお前の娘と俺の息子を結婚させるのが一番じゃないか?』
『そうですね。ならば許嫁としてしまいましょう。あれもお転婆ですが大学を卒業後に結婚させるといった方向でどうでしょう』
『そうだな、その方向で進めよう。よし決定だな。ははははははっ!』
そんな会話を盗み聞いてしまった二人。
その話を聞いた響香は嬉しくてしょうがなかった。
しかし進一郎はそうではなかった。その時から響香に対する態度が一変したのだった。
『響香ちゃん、これは政略結婚と言うんだ。いくら親だろうと僕はこんな横暴は許せない! 人の尊厳を尽く無視したこんなやり方で結婚するなんて、僕は絶対に許さない!!』
『……』
突然進一郎が何を言い出すのか響香には分からなかった。
ただ響香は進一郎と将来結婚できるという喜びで、それ以外の事は考えも浮かんでこなかったのだから、進一郎がなにに対して憤慨しているのかが不明だったのだ。
『響香ちゃん。僕はもう響香ちゃんとは遊ばないよ。響香ちゃんもその方がいいだろ? 望まぬ結婚を強要されるような。そんな響香ちゃんをモノのように扱う結婚なんて……』
『えっ……』
まだ小さかった響香には、この言葉が決別の言葉に捕らえられた。
告白する以前に親公認の結婚が決まったというのに、進一郎はそれを却下した。
進一郎は響香の事が嫌いなのだ。そう思い詰めるのだった。
そしてその後も何度かお互いの家に遊びに行くも、その反動が二人の仲を険悪にしてゆくのだった。顔を合わせれば罵り合いの喧嘩を始める。
けして本意ではないにしろ、響香を冷たく振った進一郎への意趣返しの如く。
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