第3話 調査
しばし部屋を調査する二人。
「うーん、窓は無し、空調のダクトが一つあるだけ。監視カメラが多分二つ。照明の中と空調ダクトの中か……」
天井は一般家屋の倍以上の高さがあり、飛び跳ねても手が届きそうにない程に高い。
踏み台になるようなものもなく、部屋にあるものを積み重ねても天井にまでは届かないと推測される。
「テレビもパソコンもない……時計すらないわね……」
部屋は非常に殺風景である。壁の色が若干ピンク色なのは何故だろう。心理的に赤系統は交感神経を刺激するので、体温の上昇、脈拍の上昇を促す効果があるという。心理的にイライラを募らせる効果を狙っているのかもしれない。決して気分を盛り上げる為の演出ではないだろう。
「冷蔵庫はかなりの食糧が保存されているな」
「でも、全部レトルトのような感じね」
真空パックされた総菜がぎっしりと詰まっていた。取り出して数えるのもあれなので数えなかったが、おそらくひと月分ぐらいの食糧はある筈である。
キッチンの引き出しには刃物らしきものは何も入っていなかった。フォークもナイフもない。金属製の物は一切置いていなかった。調理は一切できないようになっている。
故に食事はレトルトのようなものなのだろう。電子レンジでご飯とおかずをチンして食べるようにしているのだ。使うのは紙のお皿と割り箸だけ。それだけだ。
というより金属製の刃物などがあれば、脱出の為に壁を壊したりできるから置いていないのだろうと推測される。最悪自暴自棄になった二人が自殺を図る可能性だってあり得るかもしれない。随分と考えられた拉致監禁計画である。
──ぐううううっ。
と、冷蔵庫の中の食材を見てそんな音が響いた。
「ん、腹が減ったか?」
「……わ、私じゃないわよ!」
「いや、僕じゃないから君しかいないだろう。こんな状況でそんな嘘を吐かなくたっていいよ」
「……」
二人しかいないのでどちらかしかいない。進一郎の言うことが真っ当である。響香は恥ずかしそうに顔を伏せるのだった。
「今の所は危険がなさそうだ。黙っていてもしょうがない。ご飯にしようか」
「う、うん……」
今の所二人を拉致した何者からは、何の連絡も要求もない。
黙っていても疲れが蓄積するだけなので、少し心に余裕を持って行動することにした。
二人で食事の準備をして食べることにする。
レトルトの総菜はバリエーションに富んでおり、毎食違うものを食べられそうな感じで、どこか優遇された監禁生活だ。
かとうのごはんと総菜をレンジでチンし、テーブルに運び食べ始める二人。味噌汁も一人分のパックがありお湯はウォーターサーバーが置いてあるので沸かす必要もなかった。
「う、ちょっと食べづらいな」
「そ、そうね」
進一郎は右利きである。対する響香は左利き。
お互いの利き腕を15センチの鎖で繋がれている為、箸を使うのも往生した。
「君は確か左利きだったな。お互い利き腕を拘束されていたのでは食事もまともに取れないな」
「え、ええ……」
「うん、それじゃあ君から先に食べなよ。僕の右腕は気にしなくていい。僕も邪魔にならないように配慮する」
「わ、分かったわ」
響香は驚いた。自分の利き腕の事を覚えてくれていたことに、何とも言えない気分になる。
そして自分は後でいいからと、レディーファーストを心掛ける真摯さ。進一郎の優しさに、また少し彼を見直す響香だった。
食事も終わり後片付けも済んだ頃、響香は絶体絶命の窮地に立たされた。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「う、ううん、な、なんでもないわ……」
顔を蒼くして何かを我慢しているような響香に、進一郎は不審な表情で訊くが、なんでもないと返って来るばかりだった。
「もしかしてトイレか?」
「──!!」
図星を突かれて我慢していたものが少し緩む。
一層我慢ができなくなる響香。
「う、うん、そうよ! トイレよ!! け、けど……」
そう大声で捲し立てる。
けれども15センチの鎖で繋がれている以上、一人でトイレにゆくわけにもいかない。どうしても進一郎と行動を共にしなければならないのだ。
「そんなに我慢するな。この状況じゃあどうにもならない。諦めて俺と一緒にトイレに行こう」
そうは言われても、うら若き女性が男性を連れてトイレに入るなど死んでも御免だ。そう思う響香。
「で、でも……」
「それじゃあお漏らしするまで我慢するのか? 僕はその方が恥ずかしい思いをすると思うのだが。違うか?」
「……」
そう言われればそうだ。
男性の目の前でお漏らしでもしようものなら、一生の汚点である。トラウマものだ。
それにこの世で一番そんなことを見られたくない奴の前で、そんな粗相をするわけには絶対いかない。
「う、うん、トイレに行きます……」
「よしじゃあ行こう」
響香は引き摺られるようにトイレに連れて行かれ、用を足すことにしたのだった。
「も、もうお嫁にいけない……」
用を足す響香の目の前に背を向けた進一郎が黙って立っており。その背中にそんな言葉が小さく投げかけられた。
(──なら、僕が嫁に貰ってやる……)
そんな呟きが進一郎から発せられたことは、今の響香は聞いていなかったのである。
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