IX エトゥワール

 エトゥワールは、漆黒の軍勢を引き連れ、丘陵を黒に染め上げて、太陽の国を目指した。

 暗雲のような軍勢を見て、ひとびとは逃げだした。

 闇の王がとうとう攻めてきたのだ、と口々に叫んだ。

 その言葉を耳にして、エトゥワールは嘲笑あざわらった。

 既に魔物に支配され呪われた太陽の国に、いまさら何の救いがあろうかと。

 エトゥワールの魂となったジェルミは涙した。

 失われてしまった自分の妹。かつて共に過ごした自分の片割れ。彼女たちの復讐ふくしゅうを果たす時がきたのだ。

 奪われた自由や意思を取り戻せはしないが、確かにここにいたのだという主張を、悪魔に知らしめるのだ。

 太陽の塔のまえにある階段に降り立つと、黒いドレスを翻し、声を高らかに呼ばわった。

「太陽の王、それとも闇の王と呼ぼうか! いまこそ、素顔を隠した仮面をたたき割り、この国にかけられた悪魔の呪いを解いてやる!」


 宮殿のひとびとは阿鼻叫喚あびきょうかんの中、逃げまどった。テラスから外を見たアーキシェルは、幼い王子を抱いて、立ちすくんだ。宮殿の西翼からも、魔物たちの黒い靄のような大群が、太陽の塔を取り巻いているのが見える。

 

 エトゥワールは、両手で思い切り金の扉を押しひらいた。

 凄まじい音とともに門はひらく。中は漆黒の闇。しかし、闇に慣れたエトゥワールにとっては我が住みに戻ってきたようなものだった。

 魔物を引き連れ、塔内部の螺旋らせん階段を上り詰めていく。

 その最上階の部屋に、金の仮面をかぶった太陽の王がたたずんでいた。

「何をしにきた、屍人しびとよ」

「屍人ではない、自分の体を取り戻しにきたのだ」

 金の仮面から嗤う声が漏れる。

「何をいう、もはやおまえに体が必要だろうか」

 ジェルミは怒りに目がくらむ。

「わたしは何も手放しはしない。だが、見返りを求める繁栄や栄光はいらぬ。欲しいのは自分自身だ」

 エトゥワールは叫びながら太陽の王に飛びかかり、その仮面を手近にあった鈍器で殴った。

 鈍い音がして、床に仮面が落ちる。二つに割れた仮面には、闇がこびりついていた。

 仮面の下に、もう一つ黒くゆがんだ面が現れた。

「愚かもの、愚かもの。これでこの国は終わりだ。何もかも終わりだ」

 闇のように黒い顔はそういうと、かすむように消えてしまった。

 ジェルミの体は戻らなかった。

 太陽の王であり、闇の王でもあった悪魔は退散した。しかし、まだ息を潜めてエトゥワールの行動を見張っているかもしれない。

 エトゥワールは肩で息をした。憮然ぶぜんとした面持ちで、床に落ちた仮面を睨みつける。

 気付けば、辺りは薄闇に包まれている。引き連れていた魔物の姿もない。

 徐々に暗くなっていく世界に、エトゥワールは銀色の光を見た。

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