VIII リュメール

 ジェルミの妃が臨月を迎えた知らせは、闇の城にも伝わっていた。

 かしましい魔物たちのおしゃべりを、目を覚ましたエトゥワールは苛立ちながら聞いていた。

 眠りに逃避しているあいだに、自分の半身でもあるリュメールが消えてしまった。それだけでもかなりの痛手だというのに、愛してやまないジェルミに子が生まれる。

 あの時、ジェルミを縛ってでも拘束すれば良かった。自分だけのものにして宝物のように閉じ込めてしまえば……、エトゥワールの心中をそんな思いが渦巻いた。

 けれど、もはや遅い。たとえ、そうしていてもジェルミを苦しめるだけのことだろう。

 エトゥワールは体中を這う紋様を見やる。けがれた自分の体。子が生まれる頃には、完全に闇の王のものになる生贄。

 なぜなのか。ここにきた時から、生まれた時から決まっていた約束だと聞いた。

「おまえはわたしのもの。その髪からつま先まですべて」

 闇の王はくちづけのたびにそう囁いた。それは愛の告白ではなく呪いだった。言葉の蔦がいましめのように体中にはびこっている。

 更にリュメールが自分を見捨てた時に、エトゥワールの心は死んだのだ。小鳥は、エトゥワールの良心だったからだ。

 エトゥワールは、おとなしく最期を待った。

 時がきて、見えない侍女たちがエトゥワールを飾り立て始める。黒い羽根飾り。漆黒のドレス。薄絹の黒い足通し。黒く着飾った花嫁は庭にでて、闇の王のまえにひざまずいた。

 どんよりとした闇を背負う王の姿は、夜の中に沈み込み、わずかな明かりに照り返る布地以外に、姿は判然としない。黒い仮面は、闇そのもので形作られたようだ。

 そろそろ、明けの明星のまたたきが激しくなる。夜明けがくるのだ。引き潮のように漆黒の闇夜が引いていく。太陽の最初の光が差し込み始めた。

 夜が明け、エトゥワールの解放の時がきた。それは生からの自由だった。

「産声だ」

 闇の王、オプスキュラがのたまう。城にすまう小さな魔物たちが悲鳴を上げる。

(うぶごえだ!)

(みこがうまれた!)

「こい、エトゥワール」

 漆黒のマントがひらく。

 エトゥワールは無表情でオプスキュラに歩み寄る。死との婚姻が始まる。

 オプスキュラが仮面をずらす。その下の美しい顔が垣間かいま見える。冷たい唇がエトゥワールの唇をはむ。

 エトゥワールとオプスキュラの周囲を、小鳥が激しく鳴きながら飛び交った。

 リュメールだった。

 リュメールはエトゥワールの肩に留まり、生気をすするオプスキュラに向かって鳴きたてた。

 そのあいだにもエトゥワールの顔から、徐々に生気が失われていく。見る間に色あせていく。小鳥も次第に動きを止め、苦しげにさえずった。

 とうとう、エトゥワールの体から命が奪われ、オプスキュラの胸にぬけがらだけが残った。

 新たに一体のアラバスタの像が現れた。その肩には石細工の小鳥が乗せられている。

 エトゥワールとリュメールは、命を奪われ、石にされてしまったのだった。

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