0 少女

 少女を心配する男がいた。

 少女が働く酒場の店長だった。

 最初、少女には、店長がなぜ自分に優しくするのか、わからなかった。体が目当てなのだろうと思った。だから、ちょくちょく裸になって、あられもない格好で店長を誘惑しようとした。

 そうすれば、金に困らないし、寝泊まりする場所が手に入る。

 しかし、そのたびに店長は悲しそうにほほえむだけで、少女に手をださなかった。挙げ句に自分の服を脱いで肩にかけてくれる始末だった。

「あんたさ、あたしとやりたいんだろ? 金をくれたら、どんなことでもしてやるよ」

 少女はすれっからしのようにいい放った。

 店長は首を振った。

「もっと自分を大事にしろ」

 それだけいうと、自分の仕事に戻ってしまった。

 少女にとって、それは初めての肩すかしだった。なぜか、とてつもなく悲しくなっただけだった。

 薬や酒のせいで無理のたたった少女の体は、しょっちゅう高熱をだしたり、禁断症状に苦しんだりした。

 少女が体調を壊すと、店長は何くれと世話を焼いてくれた。

 最初、父親ほども年の離れた男に反発を感じた。見せつけるように酒場で男と絡み合ったりした。そうすれば、店長も本性を現すだろうと思ったのだ。

 けれど、少女が何をやっても、店長の態度は変わらなかった。そんな店長に少女は心をひらいた。相変わらず、何人もの男とは寝たが、だんだんとそのことを後ろめたく感じるようになっていった。

 そんな思いを払拭ふっしょくするように、店休日には店の仕入れや雑務を進んで手伝うようにした。いままでしようとも思っていなかったことだった。

 それまでは、夜になると様々な男のもとに転がり込んでいたが、これからは店のソファで寝泊まりさせてくれないか、と店長に頼んでみた。

 少女は自分を少しでも変えたかった。店長の悲しそうな笑顔を見たくなかった。

 店長に対して、いつしか親しみを感じるようになっていた。

 店長に特別な感情を抱くようになった。

 初めて、自分から酒や薬をやめようと思いたった。パパに襲われる悪夢を見たり、禁断症状に苛まれたりすると、少女はのたうち回って苦しんだ。少女のそばには、常に店長がいてくれた。苦しんでもがき、泣きわめく少女を、店長は優しく抱き締めて、一晩中そうしてくれた。

 少女は店長を男として愛し始めていた。

 そんな矢先、少女は妊娠していることに気付いた。既に三か月に入っていた。

 しかし、誰の子供かもわからない。

 少女は、目のまえが真っ暗になる思いがした。子供ができたこと、にではない。自分のそれまでの行為、にだった。

 自暴自棄になった少女を、店長は辛抱強く支え続けてくれた。

 少女の恐れは、パパとの子供かもしれないというものだった。それは実際、時期的にあり得なかったが、禁断症状で混乱した少女の思考では、まともな判断ができなかった。

 しかも、薬や酒の中毒で健康な子供が生まれる確率も低く、産むとなると少女の命も危うかった。

 少女は心も体もどん底にあった。店長の手にすがりながら、辛うじて立っているにすぎなかった。

 そんな時に、店長が少女に結婚したいと申しでた。もっと少女を身近で支えたい。守りたいといってくれた。

 しかし、少女は自分を恥じた。

 店長——愛する男に釣り合わないと思い込んで逃げだした。

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