VI エトゥワール

 庭のどこからか、再び小鳥のさえずりが聞こえるようになった。

 そのさえずりも、いまのエトゥワールには無意味なものだった。

 ジェルミが去った痛手は大きかった。リュメールだけでなく、エトゥワールもジェルミが何ものか知っていた。

 飽きることがあろうかと思っていた。この手でなぶることがあろうかと。

 闇の王の印した紋様をジェルミが口付けていくたびに、心は燃え上がり、体は震えんばかりに愉悦を感じた。

 はっきりと愛しているといえたらどんなに良かっただろう。闇の王を恐れずに、ジェルミがエトゥワールを奪い去ってくれたらどんなに幸せだったろう。

 リュメールが矢を持って、ジェルミとともに闇の城を去ったことは、エトゥワールにとって絶望にひとしかった。それは唯一の希望や喜びをなくすことだった。

 闇の城に絶望と孤独だけが残された。

 死が、情夫のようにエトゥワールの褥に横たわる。

 涙も涸れた。

 声もでない。

 夜がくる。

 暗闇が広がる。

 エトゥワールの傍らに、漆黒のひと影が寄り添う。

 怖気の走るくちづけ。生贄いけにえの日が近い。

 エトゥワールは、眠りの中に逃げることで正気を保った。

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