IV リュメール

 森にジェルミを追い込んだあと、リュメールは考えた。

 城は相変わらず、暗く、よそよそしい雰囲気だ。闇の王の手下である魔物たちが、暗闇からいつでも様子を窺っている。

(おや、リュメールだ)

(ことりちゃんがきたよ)

(めずらしいもんだ)

 口々にさえずり合っているのをしり目に、ずんずんとエトゥワールの寝所へと進む。

 エトゥワールは寝台でうたた寝をしている。彼女に闇がねっとりと覆いかぶさり、うごめいている。闇の遠慮ない愛撫にエトゥワールはうなされている。

 リュメールは、エトゥワールから目を反らした。

 リュメールこそが、エトゥワールの良心なのだ。寝台で悲痛な声を上げているのは、自分自身なのだ。苦痛と絶望は、すべてエトゥワールが引き受けているのだ。

 寝所の片隅に目をやる。

 エトゥワールの寝所の奥には、魔物たちの吹きだまりがある。そこには魔物たちが拾い集めたガラクタが、山のように積み上げられているのだ。

 リュメールはそこに寄っていき、声をかけた。

「おまえたち、この森で三色の国旗のついた矢を見なかった?」

(みたよ)

(みたみた)

 魔物たちの答えに、リュメールは意気込んだ。

「どこで見た?」

(ここじゃないどこか)

(ひひひひ)

 ふざけるようにわらう、しわがれた声。

 リュメールは苛立ち、低い声で脅す。

「ふざけたことをいってると、エトゥワールにいいつけるよ」

 とたんに、魔物たちはしおらしくなった。

(うそだよ、いいつけないでおくれ)

(しってる、そうだ、いちばんたかい、きのこずえにあった)

(あさひにさらされる、つきのひかりにてらされるから、わしらはこわい)

(いきたくない)

「そう、じゃあ、まだ誰も取りにいってないのね」

(いってない、いってない)

 リュメールは、ほっとした。

 きびすを返し、急いで寝所をでた。

 リュメールは、矢を三つの国のいずれかに持っていこうと決めていた。

 国旗と矢をエトゥワールに渡そうとは思わない。エトゥワールがジェルミの花嫁となったとしても、闇の王の婚姻が取り消されるわけもなく、逃げられるわけでもない。

 いまのジェルミでは、闇の王から彼女を助けだせるはずがない。

 弱虫な王子はかわいらしい姫と一緒になって、幸せに暮らすのが一番なのだ。




 リュメールは中庭を抜けて、ふわりと飛んだ。幻の体が大気の流れに乗り、徐々に浮き上がっていく。樹木の梢につま先立ちして眺めると、はるかかなたに抜きんでて高い木が見つかった。

 リュメールは木のてっぺんにつま先をかけ、ぴょんぴょんと跳ね飛んで、目的の杉のもとへとやってきた。

 杉は、枝を左右に伸ばし、とがった針のような葉をいからせて、まるでリュメールに敵意を向けているように見える。その杉のてっぺんに、白と赤と青の三色の国旗を結わえた矢が引っ掛かっていた。

 リュメールはそれを拾い上げると、手に携え、ここから一番遠い国を目指した。

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