3 ジェルミ

「もう、わたし、ここにこられないわ」

 リュメールがそういったのは、ジェルミが成人する儀式の前日だった。

「なぜ?」

 ジェルミは驚いてたずねる。

「あなたが大人になってしまったから。わたしも、もう大人になるから」

「大人になると、なぜ、こなくなるの」

「子供みたいなことをいって、困らせても駄目。こないんじゃなくて、わたしはきたくても、きっとこられなくなるから」

 ジェルミは明日で成人を迎える。その日にジェルミは儀式を行う。太陽の国の国旗をつけた矢を放ち、その矢が落ちた国の姫を妻に迎えねばならない。

「妃がきたら会いにこられないの?」

「違うわ」

「じゃあ、会いにいく」

「とても怖いところにいるのよ、弱虫なくせに会いにこられるの?」

 リュメールはいつものように意地悪い。けれど、優しい笑顔で、ジェルミを見つめる。

「さようなら、弱虫さん」




 儀式の当日、ジェルミは正装して、物見ものみの塔に上っていった。

 太陽の塔に比べればはるかに低いが、それでも十分な高さを誇る塔である。

 ジェルミが手にした矢と国旗は真新しい。矢は白木。国旗は繁栄の白、血統の赤、そして婚姻の色である青の三色。リボン状になった国旗を羽根の部分に結わえている。

 ジェルミは頂上で、やじりかぶらになっている矢をぎりぎりと弓弦ゆづるにつがえると、天に向かって放った。

 矢は高い音色を響かせながら、雲間に消えていった。

 矢がなぜ離れた国に落ちるのか、誰にもわからない。

 太陽の王の力だというものもある。中には、闇の王が関係しているのではと勘ぐるものもいる。ひねくれたものなどは、王子が最初から用意していたのさ、といい放った。

 飛んでいった矢は、いままで、必ず三つの国のいずれかで見つかってきたのだ。

 北には闇の森。

 西の国には美しい姫。

 東の国には英知ある姫。

 南の国には歌楽の巧みな姫。

 闇の森以外の国は、太陽の国に忠誠を誓っていた。

 矢が落ちた国の姫は、意思とは関係なく、太陽の国の王子と結婚しなければならない。

 そうすることで、その国は太陽の国の恩恵を受けられることになっている。

 きさきになる姫は、その国旗と矢を持って、王子とともに太陽の国を訪れることになっている。

 それほど時間のかかることではない、と年を取った家臣が、以前ジェルミに教えてくれた。必ず矢は見つかるのだ、と。ジェルミの父王は、それは簡単に矢を見つけてみせた。妃になる姫を連れて、国に戻ってきた。だから、ジェルミもそれほど苦労することはないだろう。家臣は決めつけるようにいった。

 それを聞いて、ジェルミは成人の儀式のことを、単純な試練だと侮っていた。連れていく従者も一人だけにした。矢を放ったその日のうちに、ジェルミは意気揚々と国を旅立った。




 リュメールがもうこないなど、ジェルミには信じられなかった。当然、夜になればいつも通りやってくるものと思っていた。

 き火のそばに寝転がり、夜空を眺める。炎の明かりで星は見えづらく、月の光も乏しい。

 宿のある土地を訪ねている日は、寝台で眠ることができた。けれど、いつもとは限らない。今晩のように野宿になることが多かった。

 ジェルミは自分が従者から侮られていることに気付いていた。夜になると目に見えないものと話す王子のことを、ほかの人間が何といっているのか、ジェルミは知っている。知った上で、ジェルミはリュメールを待った。

 別れの言葉の通り、リュメールは訪れなかった。

 一人の夜がさびしかった。初めて過ごす孤独。どれほどリュメールの存在が大きかったのか、会えなくなってしまってから気付いた。

 リュメールは友であり、姉であり、妹でもあった。唯一、ジェルミのさびしさを埋めることのできる存在だった。

 恋をしているのとは違う。家族を失ったような思いだった。

 胸のうちが苦しく、切なく、えぐれていくようだった。

 悶々もんもんとした様子を、従者に見られたくなかった。

 ジェルミは従者に背を向け、まるくなって眠りについた。

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