II エトゥワール

 エトゥワールは、早くも枯れ果てた老女のように、夢も希望も持っていない。

 鬱屈うっくつとした憤りを胸に秘めていた。

 夜はたった一人きり。そばに小鳥がついているが、夜になるといなくなってしまうため、遊び相手は醜く愚かな魔物だけだった。

 夜に点される緑色の明かりが、黒水晶の壁面に添えつけられたカンテラから漏れる。

 緑色に照らされた黒水晶の城で、エトゥワールの燃え立つ髪は、唯一の明るい色彩だった。

 

 夜がきて、リュメールがジェルミのもとにいってしまうと、エトゥワールが目を覚ます。

 エトゥワールとともに城も目覚め、暗闇にわだかまる小さな魔物たちもうごめきだす。

(エトゥワールがおきたよ)

(おきたおきた)

 小さな魔物たちが、暗闇に白眼だけを光らせてささやき合う。

 起きぬけのエトゥワールは機嫌が悪い。とてもいい夢を見ていたような気がするのに、無理に現実に引き戻されてしまったような……。

 エトゥワールが手招くと、目には見えない侍女たちが彼女の世話をする。黒のドレスを持ってきて着せてくれたり、髪をかしたり。そのたびに真っ赤な髪から稲妻のような静電気が起こる。青白い光がエトゥワールの体にまとわりつく。まるで彼女も幽鬼のようにほのかに光りだす。

 エトゥワールには、何かを忘れてきてしまったような不安感がいつもある。それが何だか思いだせないから苛立っている。

 少し機嫌がいい時は魔物と遊ぶ。小さな魔物のキイキイ声を聞きながら、魔物で人形遊びをする。気に入らなければ、魔物を壁に投げつける。ぐしゃりと音がして、魔物はぐんにゃりと横たわるが、それを気にめたこともない。魔物は死なないとわかっているから、心配などしない。

 エトゥワールにとって、ここは退屈な遊び場だった。




 そのうち彼女たちも次第に成長し、髪は腰に届くほど長くなった。体は丸みを帯び、昔と違ってオプスキュラに畏怖いふと嫌悪を感じるようになった。

 オプスキュラは、エトゥワールのもとに、毎夜訪れるようになった。エトゥワールはおびえた。少女は闇の王に捕まるまいと、夜がくるたびに城の中を逃げた。エトゥワールは悪霊や魔物に見張られていて、城の外にはでられないのだ。

 オプスキュラは漆黒の闇とともにやってくる。月が隠れた暗闇の、更なる影を縫って、音もなく忍び寄り、エトゥワールの首筋に背後からくちづけをする。

 エトゥワールの首筋は総毛立つ。氷が首に当てられたように凍える。闇の王のくちづけや指先は、無遠慮にエトゥワールの体をすべっていく。息が凍りつく。

 エトゥワールの肌には、きめ細やかな紋様がある。それはすべてオプスキュラに愛撫あいぶされた部分。次第に全身が紋様に埋め尽くされていく。

 自分が自分でないものになっていく恐怖。絶望。不安。

 エトゥワールは恐怖と絶望に駆られて、声なき悲鳴を上げる。しかし、何の助けもない。それでも、命の枯れる思いで絶叫する。

 エトゥワールは震え、這いながら、リュメールを探し、鳥籠を抱く。いつしか涙はでなくなった。とうにれたようだ。彼女は籠の中の小鳥だった。オプスキュラにとらわれている。

 エトゥワールの怒りは、あきらめと悲しみにすり替わっていった。

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