0 少女

 少女はキッチンで食べものをあさっていた。

 音を立てないようにして、流しや調理台の下にある引きだしの中を調べた。

 朝の五時。

 パパもママも眠っている。

 流しの下には、ママのお酒の瓶がぎっしり詰め込まれていた。

 瓶を一本一本だして、缶詰めがないか探してみる。

 少女の努力は徒労に終わり、嘆息して瓶をもとに戻していく。

 瓶がぶつかってカチリと音がするたびに、心臓が止まりそうになった。

 少しでも音を立てたら、ママがやってくるだろう。

 パパまで起きてきたら、立てなくなるくらい殴られるかもしれない。

 胸の動悸どうきが静まるのを待って、少女は再び瓶をしまっていった。

 ここに缶詰めはなかった。

 今度は引きだしを開けていく。

 以前、高いところの扉を開けて食べものを探していたら、誤ってシリアルの箱を落としてしまった。

 その音を聞きつけたママがやってきて、さんざん平手打ちをされたばかりか、結局御飯を食べさせてもらえなかった。

 だから、今度は失敗しないように、低い場所だけを探すことにしたのだ。

 幾つか引きだしを開けていき、やっと、クールミントの口臭消しを見つけた。

 昨日の朝から水しか飲んでない。口臭消しのタブレットでも、少女にとって唯一の食べものだった。

 スカートのポケットに、さっとタブレットの容器を押し込んだ。

 食べものは、ママが機嫌のいい時にもらえる。それ以外で食べものを口にしているのを見られたら、きっとママは激しく怒るだろう。

 こっそり隠れて食べなくてはいけなかった。

 少女は人形を胸に抱いて、ママが納戸と呼んでいる、姿見のある部屋に入った。

 タンスや使わないソファのあいだに潜り込み、じっと聞き耳を立てる。

 まだ誰も起きだしてこないようだ。

 ポケットから容器を取りだした。白いタブレットが透明の容器の中に数粒ある。

 ふたを開けて手のひらにタブレットを載せた。

 さわやかなクールミントの香りが漂う。

 少女は、一瞬戸惑った。

 これを食べたらママにばれてしまわないか、と。

 何も食べていない胃袋が、少女の恐れを無視して鳴りだした。

 急激な空腹に我慢できなくなり、手のひらのタブレットを口の中にほうり込んだ。

 清涼感のある香気が鼻を抜けていく。

 ミントの刺激で唾液だえきあふれてくる。

 あめ玉のように、少女は夢中でタブレットをしゃぶった。

 何ておいしいんだろう、とため息をいた。

 タブレットを二粒だけなめたあと、少女は容器をソファの陰に隠して、のそのそと隙間すきまからいだした。

 姿見のまえに、人形と一緒に座り、鏡の中をのぞき込む。

 たちまち、少女の目のまえに物語の世界が広がりだす。

 物語の世界はまだ完璧かんぺきではなかった。

 少女はここで少し考えた。

 男の子のママは、お酒を飲まない代わりに、男の子に興味がないことにしよう。たたいたり、怒鳴ったりもしないけれど、あんまり優しくない。

 男の子には昼のパパがいることにしよう。

 昼のパパは、いつもどこかへいっていて、男の子のそばにはいない。

 少女のパパもそうだ。昼間は仕事でいつもいない。たまに少女を連れて外にでることがあると、気持ち悪いくらい優しかった。昼間のパパに会うひとは、必ずパパを尊敬した。夜の時と余りにも違うので、少女は時折、パパが二人いるのではないかと本気で疑うほどだった。

 だから、昼のパパがいるのなら、夜のパパもいるだろうと考えた。

 二人の女の子たちには、夜のパパがいる。

 夜のパパは、少女のパパのように怪物なのだ。

 真っ黒くて、大きくて、酒臭くて、乱暴。

 昼間のパパと違って、少女がしてほしくないことをする。

 きっと、夜のパパは黒いマントを身につけていて、真っ黒くて顔もわからない。多分、夜のパパはやみの世界の王なのだ。

 横暴で、いやなことばかりする。もしかすると、男の子の国や、闇の国の住人にも、いやなことをしているかもしれない。

 女の子たちにも、少女と同じいやなことをしているかもしれない。

 きっと、そうだ。

 少女はたちまち闇の王のことが嫌いになった。

 二人の女の子も、闇の王のことが嫌うだろう。

 男の子はどうだろう。

 男の子は闇の王のことをよく知らないから、お化けのように恐ろしがるかもしれない。

 真っ暗な闇を嫌うように、忌むだろう。

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