1 ジェルミ
乳母と侍女たちが大きな声をだして探している。
「王子ー、ジェルミさまー」
ジェルミ王子は体をちぢこまらせて、防虫用である薬草の香りがする衣装部屋に隠れていた。唯一の友人であるリュメールも、一緒に息を殺している。
ジェルミは怒っていた。
隣にうずくまるリュメールも腹を立てていた。
最初に隠れようといいだしたのは、リュメールだった。ジェルミも、それに賛成して隠れているはずなのに、早くも心が折れそうになっていた。
「ねぇ、リュヌ、まだ隠れていなければ駄目?」
ジェルミはうまく発音できず、いつの間にかリュメールをリュヌと呼ぶようになった。
「駄目よ、ジェルミは乳母にあんなことをいわれて、簡単に許しちゃうの?」
リュメールの言葉に、ジェルミは押し黙る。
リュメールのことを、幻だ、存在しない、と乳母にいわれた。ジェルミの空想だ、と決めつけられたのだ。
そのことを思いだし、ジェルミは唇を引き結ぶ。
「許さないよ、リュヌはちゃんといるもの」
「でしょ?」
ジェルミの返事に、リュメールは満足そうに笑った。
ジェルミはリュメールを見つめた。
リュメールは、日暮れとともに訪れる。遊んだり話をしたりして、朝、目が覚めるといなくなっている。物心ついた時から、ずっと続いている。
ジェルミが知らないことでも、リュメールなら知っていた。
乳母の恋人のことや、侍女が隠れて食べたお茶菓子のことなど。
そのことをジェルミが乳母に話すと、乳母は一層怖い顔をして、でたらめをいうのは良くない、とジェルミを
リュメールは幽霊のように見えるが、確かにそこにいるのだ。ジェルミとは違う個性を表している。リュメールが存在しないなどとは、ジェルミには到底思えないのだ。
だから、乳母の意地悪に涙がでた。
隣に立って、一部始終を聞いていたリュメールは、ジェルミを嘘つきといわれて憤った。それで、乳母を懲らしめてやろう、と二人で衣装部屋に隠れたのだった。
このまま見つけられなかったら、乳母は王妃から叱られるだろうし、もっとうまくいけば、辞めさせられるかもしれない。
「でも、そこまでしなくてもいいと思うけど……」
「駄目よ、思い知らせないといけない」
リュメールは小さな
結局、ジェルミが見つかったのは、翌朝になってからだった。衣装係が、よく眠る王子を抱きかかえて連れてきた。乳母は王妃に叱られたようだったが、やめさせられなかった。王子が見つかったことが、よほどうれしかったのか、乳母は一日機嫌が良かった。
ジェルミを鏡台のまえに座らせ、その灰色の髪を、乳母がくしで
ジェルミは自分の髪の色が好きではない。リュメールの輝くような銀髪にあこがれていた。
鏡に映るジェルミが、深い紺色の
ジェルミは母のことをよく知らない。母である王妃は、ジェルミを見るといつも悲しそうにため息を
父である、太陽の王のことになると、もっとわからない。
ジェルミは、太陽の王に直接会ったことがない。太陽の塔のテラスにでて国民に手を振る姿を、いつも王妃と一緒に貴賓席から眺めるだけだ。
太陽の国にとって、太陽の王は神そのもの。だから、王妃や王子とともに過ごさないのは当然だった。また、太陽の塔からでてこなくても不思議はないと思われている。
太陽の王のことは、肖像画や立像で知ることができた。その姿は、金色の仮面をつけた金髪の人物だった。城のあちこちに飾られている金色の立像を眺めて、これが自分の父であり、神でもある太陽の王なのだと教えられた。
ジェルミが自分の髪のことを気にすると、年老いた家臣から、太陽の王になれば髪は自然と金色になるのだ、といわれた。
いずれ、ジェルミ自身が太陽の王になる。それは、何ともいえない期待感と、ひとではなくなるという不安感をもたらした。
ジェルミは最高の教育を受けさせられ、未来の太陽の王になる責任を、臣下たちから求められた。
昼のあいだ、
日が沈むと、やっとリュメールがやってくる。彼女はジェルミの剣を手にして、鮮やかに振り回した。
「男の子はいいわね。剣を持たせてもらえるもの。すてきだわ」
「でも、ぼくは苦手だ。好きじゃない」
「きっとこうやって暴れても怒られないんでしょ」
リュメールが模擬剣を乱暴に振り回すのを見て、ジェルミは慌てて止めた。
「やめて、やめてよ! 乳母がやってくるじゃないか。ものが壊れたりしたら、叱られてしまうよ」
リュメールは剣をおくと、にやにやと笑った。
「あら、王子さまがそんなことくらいで慌てては駄目じゃない。太陽の王みたいになれないわよ」
ジェルミはバツが悪くなる。
「太陽の王に会いにいってみようか?」
ジェルミの気持ちを読み取ったのか、リュメールがいいだした。それを聞いたとたん、ジェルミの心は騒ぎだす。怖いような、うれしいような、そんな感情がないまぜになり、胸が高鳴る。しかし、太陽の王に会う勇気がなかった。
「無理だよ、会えるわけがないよ」
「やってみないと、わからないわよ?」
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