第16話

 台車がふいに止まった。

「さぁ、ご婦人を出して差し上げろ」

 カイヨウの声がし、小屋を縛り付けていた縄が解かれていく。

 シェングはすっかり目を覚まし、感覚を研ぎすませて次に何が起こるのか待った。

 静かに引き戸が開かれ、彼女は身を堅くさせた。引き戸から小さな女の手がヒラヒラとなびいた。

 遊女風に髪を結った少女が緊張した面持ちで顔を覗かせ、シェングを見つけた。

 戸惑った様子でしばらく黙っていたが、

「こっちのほうがそこよりずっと具合がいいよ」

と、話しかけた。

 シェングは比較的きれいなワラをかき集めて肌を隠しながら引き戸に近寄ると、少女が両腕を大きく広げて羽織りで彼女を被ってくれた。

 羽織りに体を包み込み、彼女はよろよろと遊女屋へ少女に伴われて入っていった。

 台車はわざわざ裏口に止められたのだ。

 カイヨウとその部下以外に彼女の姿を見るものはいなかった。

 彼女は羽織りと少女のなんとも云えない香りをかいだ。

 不潔な自分に触れるか触れないかで体を寄り添わせる、少女の真剣な顔つきを横目で見た。

 シェングは生まれてこのかた、化粧をしたことがなく、ましてや香水も美しく髪を結い上げることもしたことはなかった。

 もしも、あのころ、自分がこの少女に会っていたならばどれほど妬ましく思ったろうか。今となってはどんな感情も沸き起こらなかった。

 彼女はさっそく風呂に入れられた。

 世話を云い付けられた少女は文句も云わず、シェングの体のすみずみをへちまでこすり、傷口の汚れは絹で洗い流した。

「あんた、どこでそんな傷つくったのさ? 折檻でもされたの?」

 シェングはその問いに対して物憂げに顔を上げただけであった。

「かわいそうね……あたしのほうがよっぽどましだ」

 少女はしみじみとつぶやいた。

 シェングは遊女というものをあまり知らなかった。

 老いた父は女で遊ぶような金はもっていなかったし、夫は女と遊ぶには根が真面目すぎた。

 しかし、自分が化粧され、髪を当世風に結われ、きれいな服を着せられ、少女について楼のなかを歩いて初めて、遊女がどんなものか理解できた。

 酔っ払った男が、嬌声を上げて笑う遊女のしどけなくはだけた懐に片手をつっこみ、欄干にもたれかかって戯れている。

 着物の裾がほとんどめくれ、あらわになった白いももの間で手をまさぐり、片方の腕で遊女を抱え込み、部屋のなかへ今にも連れ込もうとする男がいる。

 吹き抜けを囲むように並ぶふすまの奥からは男女の笑い声が絶えず、突然それが静かになる。時折責め事の戯れの言葉が聞こえてくるだけ。

 彼女たちと自分に強いられる行為に大差はない。あるとすれば、彼女たちは金に縛られ、自分は男という生き物に縛られている。

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