第17話

 そのすべての部屋の前を行き過ぎ、奥まった上等の欄間の飾られた部屋に連れて来られた。

 部屋には、かつては美しかっただろう太った中年女と若い男、そしてカイヨウがいすに座っていた。

 遊女の連れた見違えるように美しくなったシェングを見とめ、思わずカイヨウは立ち上がった。

「おやまぁ、これがおまえさんの云う犬のつがいの片割れかえ?」

 女楼主はぶざまな見世物女という期待をそがれ、侮蔑を込めた目で彼女をにらんだ。

 彼女は無表情に女に目をやった。

「愛想もないんじゃえ」

 女楼主は手元のきせるを口もとにもっていき、食わえた。

 女の若いツバメは好奇心に目を光らせ、値踏みでもするように彼女をねめまわしている。

 カイヨウがその視線をまたぎ、彼女の手を取った。力強く浅黒い手が彼女の手を握り締めた。

 かれはいたわるようにそっと彼女の肩に手を置き、いすへと導いた。

 彼女がいすに座ると、女楼主が薄笑いを浮かべて、彼女を見やった。

「ここまでされて礼さえ云えないとはの」

「口がきけないんだ」

 かれはすかさず口をはさんだ。そして、安心させるつもりなのか、ギュッとシェングの小さな手を自分の手で包み込んだ。

「こんなきれいな女が犬の相手をするなんて、いったいどういうわけなんだろうな」

 若い情夫の言葉を聞いて、女はケラケラと笑った。女はかれがこっそり自分に黙って、都でうわさになった犬のつがいの見世物を見にいったのを知っていた。おかげで密やかな夜の娯しみがひとつ増えたのだった。

「おおかた、口車に乗せられてだまされたんじゃわいな」

 カイヨウはシェングの反応を見た。

 彼女はうつむいたまま黙っていた。

「そうかも知れんな……」

 かれはあやふやにつぶやくと、戸口にたたずむ遊女に、

「食い物と酒だ」

と云いつけた。

「おかみ、今日は助かった。この都にくるたびにあんたには世話になりっぱなしだ」

 かれは口もとで笑みを作って云った。

 まだ自分の船ももっていなかったころ、かれは女楼主と少しばかりねんごろになったことがあった。その心安さが女楼主の懐を広くさせていた。

 卓を囲む人間の顔が、酒を口もとに運ぶごとにほんのりと赤く染まっていく。かれらはおおいに食べ、語り、笑った。

 カイヨウは相好を崩した顔を始終シェングに向けていた。

 飲み食いもせず、彼女は押し黙ったままだった。一度だけ、つつかれたように顔を上げた。どこかで子どもの泣きじゃくる声が聞こえたと思ったのだ。それともそれは犬の遠吠えだったのか。

 それもすぐに笑い声と陶器のぶつかる音、くちゃくちゃとものを飲み食いする音にかき消された。

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