第3話

 チャオシーケンはもう鼻を鳴らしながら、自分をさがして地面をはいずりまわっている。

 彼女は肌寒く感じて、自分の裸身を抱きしめる。

 ふいにかれが尻にしがみついてきた。足首をつかまれ、ズルズルと引きずられていきそうになる。

 彼女は驚いて彼の頭をひどく殴ったが、闇の中からうれしそうな鼻音だけが返ってくる。

 彼女はあらがうのをやめて、耳をすます。

 家畜の声がしたのだ。

 そして、視野のすみにポツと明かりが灯されるのを見た。

 彼女は彼がのしかかって動かしにくい両足をつっぱらせ、体ごとその明かりのそばに寄っていった。

 明かりは両こぶしが入るくらいの穴から漏れていた。

 にわとりの時知らせの声が小さく聞こえてくる。

 ここは城外の農園のどこかなのだと、彼女は思った。 

 光がうっすらと彼女の手元を照らし、自分のうえにのしかかっている醜い男の顔も照らし出した。

 恍惚としただらしのない顔が、青っぱなを唇までたらしてカハーカハーと息をしていた。

 彼女は顔をそむけ、穴から何が見えるだろうとにじり寄る。

 小さな空が見えた。

 牧畜犬の声がする。

 サクサクと草を踏み分ける音がする。

 そして、穴が何かにふさがれ、あっと思った瞬間、顔のうえに何かが落ちてきた。

 彼女は悲鳴をあげる。

 顔のうえに落ちてきたものを払いのける。汚らしいものではなかったようだ。 

 目をまた穴に向けると、だれかが穴を覗いていた。

「シーファ姉さん……?」

 彼女の一番末の妹の声にそっくりだった。

「シェング? 本当にシェングなの?」

 シーファはたまらず叫んだ。

 妹の顔は日にかげって見えなかったが、

 一年前よりも大きくなっているのはわかった。

「こんなところで何をしてるの? 何を落としたの?」

「食べ物。皇帝が崩御なされて、姉さんが生きたまま副葬されたって聞いたから、あたし、来たの」

 シーファの瞳に涙がにじんだ。

「そんなことすれば、あんたはお役人に捕まるのよ?」

「大丈夫よ、全然。こんなみすぼらしいお墓に埋めちまうくらいなんだもの。それに新しい皇帝が玉座につかれたらしいし、こんなところにかまってる暇なんかないと思うの」

 シェングは夕方にまたくると、去ってしまった。

 シーファはチャオシーケンを突き飛ばすと、まんじゅうを手に取り、立ち上がる。

 狭い石室を眺め、石台のしたに散乱する自分の服を着た。運のいいことに、厚地のガウンを着たまま埋葬してくれたらしい。夜は凍えずにすむと、彼女はホッとする。

 死ぬ運命なのに、凍えずにすむと安堵するなんて。彼女はおかしく思う。

 石台に腰掛け、まんじゅうの包みを開き、大きなまんじゅうをひとつほおばる。

 ひもじそうにチャオシーケンが彼女を見つめている。

 彼女はかれに残りのひとつを手渡した。

 かれがえさを漁る豚のようにして食べてしまうのを、彼女は顔をしかめて眺めた。

 いつになるかはわからないけれど、死ぬまでこの人と一緒なのだ。彼女はわびしい思いがした。

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