#106 あいどる

「お前に用があるのです」

 

 ハカセに突然そう言われて、私はログハウスにお邪魔した。

 部屋のソファには、1人のフレンズが強気な表情で座っていた。一目見て、ペンギンのフレンズだって事が分かったわ。

 

「ロイヤルペンギン、連れてきたのです」

 ハカセが声をかけると、その子はゆっくりと顔を上げた。そして私と目を合わせた瞬間、小さく微笑んで、

「初めまして! 私はロイヤルペンギンよ。わざわざ来てくれてありがとう」

 と、言いながら、私と強引に握手してきたの。

 

 可愛いと評判のペンギンのフレンズと直接話すのは、これが初めてだったわ。

「私に用って…何かしら?」

 慣れない口調で聞くと、ロイヤルペンギンは私を向かいのソファに座らせ、机の上にある1冊の本を開いたの。

 その本には、何枚かの写真が載っていたわ。お洒落な格好をしたヒトらしき女の子が、ステージの上で踊ったり歌ったりしているようだった。

 

「これは…何かしら?」

「アイドルよ!」

「あいどる…?」

「そう! お客さんの前で歌ったり踊ったりして、みんなを楽しませるの」

「…そんなものがあるのね……」

 アイドルという存在を、その時初めて知ったわ。

 私も昔から歌ったり踊ったりするのが大好きで、フレンズの前で披露して見せたりはしてたけど、まさかステージで、しかも大人数でやるだなんてことは思いつかなかったわ。

 

 ロイヤルペンギンは、声を弾ませた。

 

「これを、私達もやりたいの!」

「…え?」

「フレンズだって、歌ったり踊ったりできるでしょう? だから、他のペンギンのフレンズを集めて、アイドルを作りたいの」

 

 返す言葉を考えていると、後ろにいたハカセが真顔でこう言ってきた。

「…話だけでも聞いてやるのです」

「酷いわよハカセ! 私は本気なのよ!?」

 ロイヤルペンギンがむすっとした表情を浮かべた。

 

「ペンギンの子でやるのに、何で私を呼んだの?」

 一番の疑問をぶつける。

 すると、プリンセスさんは両手を机に置いて、乗り出してきた。

「オオフラミンゴ、あなた、歌ったり踊ったりするのが得意なんでしょう? フレンズ達がみんなして言ってたわよ。オオフラミンゴは凄いって!」

 そんな噂が広まっていたなんて……少し驚いたけど、嬉しかったわ。

「だから、あなたに手伝ってもらいたいの! 私達は、歌い方も踊り方も全然分からないから。あなたなら、そういう事全部教えてくれるでしょう?」

「…え? 私で良いのかしら?」

「遠慮しないで! お願いよ、先生!」

 

 

 

 

 

 

 


「半分強引にやらされて、最初は嫌々協力してたの。でも、アスカにもちゃんと許可を貰って、メンバーもだんだん集まってきて、みんなでたまに喧嘩しながらも練習して…。私も、自信を持って教えられるようになったわ。私の教え方が良かったからかは分からないけど、いつの間にか、今みたいになってしまったのよね」

 

 オオフラミンゴさんはそう話し終えると、じゃぱりまんを頬張った。

「そんなことがあったんだ…」

 メンバー達が最初に休んでいた木陰で、私は体育座りをしながら頷いた。

 夕日が傾き、影が赤みを帯びてきた。4時くらいだろうか。

「そう。それで、何回目かのステージを見て、私もメンバーを集めてこういうアイドルをやってみたいって思うようになったの。それで、今のメンバーを集めて練習を始めたのよ。もちろん、PPPにはきちんと訳を言って離れたわ。でも、その後ヒトはいなくなって、それっきり。PPPは、悲しい時こそみんなを励まさなくちゃって立ち直ったみたいだけど、こっちはそうは行かなかったわ」

「………」

 私は、黙ってオオフラミンゴさんの話を聞くことにした。

 今まで心の中にしまっていた不満を、この一瞬で全部話そうとしている様子だったからだ。これは、引き止めずに最後まで聞いてあげた方が彼女のためだろう。

「アスカはいない、雰囲気も暗い、お客さんもフレンズしかいない…。そんな中で、みんなもう諦めかけてたの。それを私が何とか持ち上げて、今までやってきていたわ。だから、今回のフェスティバルの話が来た時は、みんな揃って喜んだのよ」

 オオフラミンゴさんは続けた。

「練習も息が合ってきて、これなら良いステージにできるだろうって言ってたところに、PPPの話が入ってきたの。それからは、あの通りよ」

 

 オオフラミンゴさんはため息をつき、また一口、じゃぱりまんを頬張った。

 私も、もらったじゃぱりまんをいただく。

 しばらく沈黙が続いた後、オオフラミンゴさんはまた話し始めた。

 

「…何か目標を持つのは大事だと思って、いつもPPPの名前を出してみんなを励ましていたの。でも、励まし方が間違っていたようね…」

 

 彼女の話は、そこで終わったようだった。

 

「フーカ、私はこれからどうすれば良いのかしら?」

 

 私と目を合わせながら聞いてきた彼女の顔は、無表情だった。でも、どこか悲しげのある弱気な感情が、僅かながら伝わってきた。

 

 

 

 私は、言葉を失った。

 


 オオフラミンゴさんに同情して、言葉に詰まったのではない。

 


 

 私にとっての「先生」が、オオフラミンゴさんと被って見えたのだ。

 


 

 「先生」も、彼女と同じ悩みを抱えていたのだろうか。

 

 

 私のせいで──

 

 

 

 

 

「……私の話もして良い?」

 

「え?」


 突然の話に、オオフラミンゴさんは目をぱちくりさせた。

 

「私も昔、ステージの上で披露してたんだ」

 

「何の披露かしら?」

 

「楽器」

 

「がっき…? あぁ、イワシャコのギターみたいなものね」

 

「そうそう。でも、ギターじゃない」

 

「あら、違うの?」

 

「うん」

 

 

 私は、夕日から目をそらした。

 

 

 

 



 

 

 

「『ピアノ』って、知ってる?」

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