#105 せんせい

「せんせーーーい」

 気の抜けた声が、広場に響いた。

 

「? また何かあったのかしら?」

 木陰でじゃぱりまんを食べていた彼女は、振り返る。

 

「コウテイが、たったの5人相手に気絶しちゃったー」

 

「え、えぇ…?」

 

「全く…アレが治らないと、踊るどころかステージに立つのも無理よ…。」

 

「せっかくアスカさんに頼んで、グループを作って頂いたのに…」

 

「このままじゃ、ミュージックフェスティバルには到底間に合わねぇぜ?」

 

「仕方ないわね…。コウテイはどこ?」

 

「あっちの噴水広場にいるぜ!」

 

「でも、緊張しない方法とかってあるのー?」


「あるわよ!」

 

「あるんですか!? 私達にも教えて下さい!」

 

「そんなの簡単よ。自信を持てば良いの!」

 

「…自信?」

 

「それって〜、私はできるー、ってこと〜?」

 

「そう。自信を持てば、絶対に緊張しないわ」

 

「へぇ〜」

  

「フルルに『緊張』って言葉は似合わないわね…」

 

「もう一つは、目的を持つことね!」

 

「目的?」

 

「今日は成功させようとか、あの人に近づきたいとか、何でも良いのよ。目的が行動になれば、それは自信に繋がるわ!」

 

「なるほど…! 先生、流石です!」

 

「分かった所で、コウテイの所に行くわよ! 私が、華麗な踊りを教えてあげる!」

 

 

 ありがとうございます、先生────!

 

 

─────

───

──

 


「…さん…? ……ゴさん?」

 

 

「オオフラミンゴさん?」

 

「!!」

 

 クジャクさんの声に、オオフラミンゴさんは我に返ったようだった。

 

 練習を終え、またカフェに戻り休息していたのだが、オオフラミンゴさんがぼんやりと窓の外を眺めていたので、クジャクさんが心配して声を掛けていたのだ。

 

「…あ、ご、ごめんなさいね! 何かしら?」

 

「お茶、どうなさいますか…?」

 

 ティーバッグの入った箱を差し出され、オオフラミンゴさんは慌てて選び始めた。

「あ、え、えーっと…これでお願いするわ」

「分かりました」

 にっこりと笑ってカウンターへと戻っていくクジャクさんを見ながら、オオフラミンゴさんはぽかーんと口を開けていた。

 

「どうかしたんでしょうか…?」

 オオフラミンゴさんの様子を、私の前に座っているブラウンキーウィさんが心配そうに見た。

「マーゲイからああ言われてから、少しおかしいわね…」

 ブラウンキーウィさんの隣のオオフウチョウさんも、首を傾げた。それにしても、派手な飾りが動く度に揺れていて、迫力を感じる。

 

 当のマーゲイさんは、私達と一緒にカフェへ来るや否や、先客のフレンズ2人に、PPPにまつわる話を豪語していた。

 

「…そして3人のハンターの手によって、ステージを襲うセルリアンは倒されたのよ!」

 マーゲイの話を聞いていた2人は、ぱちぱちと拍手をした。

「凄いでう! 格好良いでう!」

「歌声につられて来るセルリアンなんているんですねー!」

「そりゃあ、PPPの歌声は小鳥の囀りのように綺麗なんだから、セルリアンも惚れるに決まってるわよ! まあでも、セルリアンに好かれるのはあまり嬉しくないわね…」

「小鳥の囀りですかー? それって、ウグイスさんの囀りとか、イワシャコさんのギターよりも凄いってことですかー?」

「そうよ!」

「へ〜、パフィンちゃん、初めて知りましたー!」

「流石はPPPだう!」

 

 何か、自慢の方向が間違っているような気がしないでもないが…。

 

 マーゲイさんの話やメンバー達の雑談を聞いている内に、クジャクさんがお茶を持ってきてくれた。

 …さて、今回はどんな味がするのだろうか。

 

「…あ、甘い!」

 

 私がカップに口をあてた瞬間、隣のアキちゃんが歓喜の声を上げた。どうやら、今回は当たりを引いたようだ。

「良かったね」

 

 じゃあ、私も頂くことに…

 

「っ!?」

 

 口に入れた瞬間、吹き出しかけた。

 

 何だ…?!

 この、漢方のようなどっしりとした苦味は…!

 

 ま、まぁ、でも…

 飲めなくはない。

 不思議な味である。

 

「あーっ!」

 

 ただでさえ騒がしかったマーゲイさんが、更に大きな声を上げた。

「どうしました…?」

 シロクジャクさんが、困惑した表情を浮かべる。

 

「思い出したわ! オオフラミンゴ先生!」

 

 瞬間、オオフラミンゴさんの肩がぎくっと動いた。

 

「あなた、PPPがまだ出来たての時に、踊りとか歌とか、色々と教えてたでしょ?」

 

「え?」

「そ、そうなの…?」

 メンバー達は、驚きの表情を見せる。アキちゃんは、何が何だかよく分かっていないようで、呆然とその様子を見ていた。

 

「ね? そうでしょう? だって、プリンセスさんが『全部先生のおかげ』って…」

 マーゲイさんは、オオフラミンゴさんの顔を覗き込む。それに続いて、メンバー達も彼女の表情を伺った。

 

「…………」

 

 オオフラミンゴさんは、俯いたまま話さない。

 

 うーん、このパターンを見るのは何度目だろうか…。

 一見平和そうに見えるこの世界でも、裏では色々ないざこざが発生しているのだろう。いくらみんなが優しくても、個性は持っている訳だし、衝突や喧嘩が起きてもおかしくはない。

 

「…今日の練習はここまでよ。明日の朝から、またステージで練習よ」

 

 オオフラミンゴさんは抑揚のない声でそう言うと、立ち上がった。

 

「えっ、ちょっ…」

 

「フーカ」

 

「…へ? 私?」

 突然名指しで呼ばれ、私は自分の顔を指差した。

 

「ついてきて」

 

「え? あ、うん…?」

 

 よく分からないまま、私はオオフラミンゴさんに続いてカフェを出た。

 

 

 

 



 

 

「…………」

 

 2人が出ていったカフェの中は、静まり返っていた。

 

「…私、怒らせちゃったかしら…?」

 最初に口を開いたのは、マーゲイである。

 

「どうかしたんですか?」

 続いて、シロクジャクがカウンターから乗り出した。カップにお湯を注いでいたクジャクも、振り返って客の様子を伺う。

 

「…いや、私が──」

 マーゲイがそう言いかけた瞬間、カフェの扉が音を立ててゆっくりと開いた。

「? 誰でしょう?」

「フーカ達が帰ってきたのかしら?」

「いや、流石にそれは…」

 


 ドアを開けたその人物を見た瞬間、一同は驚愕した。

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