#86 ともだち
僕は広場を抜け出して、薄暗い森の中に入った。
遠くからヒトのざわめきが少し聴こえるだけで、森の中に人気はない。ヒトが滅多に通らない場所なのだろう。
ヒトがいないならチャンスだ。誰にも怪しまれないし、セルリアンがいる確率も上がるかもしれない。
でも、歩いても歩いても、セルリアンは見つからなかった。
セルリアンは、どんな場所にいるんだろう…?
辺りを見渡しながら歩き続けると、突然、目の前に看板が現れた。
どうやこの看板は、僕とは逆方向に歩いているヒト向けに作られているようだった。
「ご来店、ありがとうございました…?」
僕は看板の字を読んでから、首を傾げる。
来店…? らいてんって何だ?
とにかく、この先にヒトが作った何かがあるのは間違いないようだ。今歩いているこの道は、その何へ続く道なのだろう。
もしかしたら、ヒトがたくさんいるかもしれない…。僕は少し焦り、歩くスピードを下げた。
「きゃーっ!!」
「!!」
五分ほど歩いた所で、僕の耳に誰かの叫び声が響いた。
甲高い、女のヒトの叫び声だ。
まさか、セルリアンが出た…?!
僕は駆け出した。
道の向こうから、光が差し込んでいる。
あの向こうに、僕の友達になれるかもしれない存在が…!!
ヒトがたくさんいるかもしれないという事をすっかり忘れて、僕はいつの間にか必死に走っていた。
友達が欲しい。その一心で──
「…え?」
背後で、何かが跳ねる音がした。
瞬時に振り返ると、そこにいたのは…
「せ、セルリアン!!」
真っ青な体に、大きな一つ目。
そして、ぷにぷにしていそうな形。
大きさは、僕の半分くらいしかない。
くしゃくしゃになったぺらぺらと見比べて、この子はセルリアンだと確信した。
「…え、えっと…」
何から話せば良いか分からず戸惑う僕を、そのセルリアンはじーっと見つめている。
「あの、僕もセルリアンらしいんだけど…」
セルリアンは何も話さない。
というか、このセルリアンに口があるのかすら分からなかった。
「君、話はできるの?」
ただその場に立って、僕を見ている。
「…参ったな…。喋れないの…?」
でもきっと、僕と通じる何かがあるはずだ。
「……あ、あの!」
僕は思い切って、声を張り上げた。
セルリアンは、少しだけ体を揺らす。
「僕と、友達に……」
少しずつ、セルリアンとの距離を縮めながら。
「友達に、なってほしいんだ!!」
そう叫ぶと、今度はセルリアンの方から僕に近づいてきてくれた。
「…! 良いの!?」
歓喜の声を上げた、その瞬間。
セルリアンが、僕に向かって飛びかかってきた。
これは…友達の証ってこと…?!
僕は嬉しくなって、セルリアンを両手で受け止め──
られなかった。
「痛っ!!」
セルリアンは、僕に体当たりをしてきた。
それも、力のこもった一撃。
でも、その一撃に悪意は感じられなかった。
僕の身体は弾かれて、尻餅をつく。
立ち上がってから、僕はセルリアンと目を合わせた。
「悪意は…ないんだよね…?」
セルリアンは、ギョロリと僕を見た。
僕は顔を歪ませる。
「友達になっても…良いんだよね?」
君がなってくれなかったら、僕は──
ずっとずっと、ひとりぼっちだ。
何も悪いことをしてないのに。
僕に罪はないのに。
いや、セルリアンに生まれたことが罪なのか?
しかも、こんなに変わったヘンテコなセルリアンに…。
僕は、やっぱり生まれてきちゃ駄目な存在だったのか?
セルリアンが、さっきよりも高くジャンプする。
僕は顔に腕をあてて、目をつぶった。
対抗するつもりは更々ない。
この子にも、罪は無いはずだから…。
そう思ったのに──
「レーッツ…ジャスティース!!」
ぱっかーん!! と、何かが割れる音がした。
目を開けると、さっきまで目の前にいたはずのセルリアンが、バラバラに崩れて消えていっていた。
「…………え」
「危ない所だったわね。でも、もう大丈夫よ!」
さっきの声の持ち主らしき女の子が、僕に向かってそう言った。
頭からは、耳ではなく大きな羽が生えている。
「全く、襲うなら私を襲ってほしいわ。そうすれば一発で倒しちゃうのにね!」
僕の頭は、空っぽになった。
「あ、私はハクトウワシよ。ここを通りかかったら、あなたがセルリアンに襲われてたから助けたの。小さいセルリアンで良かったわ」
……あぁ、そうか…。
やっぱり僕は、生まれちゃいけない存在だったんだ。
空っぽの僕の頭に、怒りの感情が流れ込んできた。
目頭が、どんどんどんどん熱くなる。
「…ありがとう、ございました……」
怒りを抑えながら、僕はハクトウワシさんに礼を言った。
怒ったら駄目だ。ここで怒ったら、僕がセルリアンだとばれてしまう。
「礼には及ばないわ。でもやっぱり、セルリアンがセルリアンに襲いかかることもあるのね」
「…え?」
「共食いってことなのかしらね? まぁ、セルリアンもサンドスターを持っているのだから、有り得なくはないわよね」
ハクトウワシさんは、さっきと全く変わらない調子で話す。
でも、話の流れがどこかおかしいと思った。
「…? 私、何か変なこと言ったかしら?」
「あ、いえ…」
「あなた、セルリアンよね?」
…え?
僕は硬直した。
「ぼ、僕がセルリアン…? 何かの間違いじゃ…」
「あなたが持ってる、その紙。それに発信機が埋め込まれてるの。だから、あなたが何処にいるのかは丸わかりだったわ」
「え、これ…?」
持っていた紙を、目だけ動かして見る。
「みんなで連絡を取り合って、あなたの追跡をしていたの。逃げられると思ったら大間違いよ!」
じゃあ、僕は、とっくに前から追いかけられてたってこと…?
「正義は勝ぁつ! という訳で新手のセルリアン、ここまでよ! 管理センターまで来てもらうわ」
その瞬間、ハクトウワシさんの背後から、数人の女の子が現れた。
ある子は羽を持っていて、空から。
またある子は耳を持っていて、草陰から。
その中には、あのリカオンさんもいた。
「…オーダー、きちんと果たしましたよ」
リカオンさんは、真剣な眼差しで僕を見ながらそう言った。
何もかも裏切られた。
もう、悪気なんて関係ないんだ。
誰が悪いとか、誰が正しいとか。
そうじゃなくて、「誰かが悪い」と言うヒトが多ければ、その誰かは悪者になるんだろう。
セルリアンは、悪者だ。
ヒトは何も悪くない。
自分勝手な世界だ。
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